| 1977年はローラーボール・マーク・ロコと抗争し『GスピリッツVol.16』P26(2010年、辰巳出版、ISBN4777808017)、1978年1月にはジム・ブリークスからブリティッシュ・ウェルター級王座を奪取した。 |
| 同年4月にカナダのカルガリーへ渡り、スチュ・ハートのスタンピード・レスリングに定着、7月に英連邦ミッドヘビー級王座の初代王者に認定されている。 |
| 以降ブレット・ハートと同王座を争い、元NWA世界ジュニアヘビー級王者のネルソン・ロイヤルとも対戦したDVD-BOX『国際プロレスクロニクル上巻』DISC.4(2010年、クエスト)。 |
| 1979年7月、「英連邦ジュニアヘビー級王者」として国際プロレスに初来日。 |
| WWU世界ジュニアヘビー級王者の阿修羅・原とラウンド制のダブル・タイトルマッチを行い引き分ける。 |
| 1980年1月からは新日本プロレスに移籍、ジュニアヘビー級戦線にて藤波辰巳や初代タイガーマスクのライバルとなって活躍した。 |
| 1984年1月に新日本マットで開催されたWWFジュニアヘビー級王座決定リーグ戦では、従兄弟のデイビーボーイ・スミスとザ・コブラの3者が同点で並び、三つ巴決定戦を制してチャンピオンに輝いている。 |
| この間、北米ではカルガリーを主戦場にしつつアメリカ本土にも進出。 |
| 1982年8月30日には新日本のブッキングでニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンに初登場し、初代タイガーマスクと対戦している。 |
| 1983年はオレゴン州ポートランドを本拠地とする太平洋岸北西部のPNW(パシフィック・ノースウエスト・レスリング)で活動、9月にカート・ヘニングを破りNWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座を獲得し。 |
| 本拠地のスタンピード・レスリングでは、1984年3月にキラー・カーンを破りメインタイトルの北米ヘビー級王座を獲得している。 |
| 1984年11月、全日本プロレスへデイビーボーイ・スミスと共に移籍。 |
| 新日本のMSGタッグリーグ戦に出場が予定されていたキッド&スミスが全日本の世界最強タッグ決定リーグ戦に参戦するという衝撃的な移籍劇であり、当時新日本と提携していたWWFの総帥ビンス・マクマホン・ジュニアはこの事態を受けて急遽来日、ジャイアント馬場と選手引き抜き問題に関するトップ会談を持った。 |
| キッド&スミスは1985年の最強タッグにも参戦するなど全日本マットでも活躍。 |
| この時期にスミスと共にウエイトアップを図りヘビー級へ転向した。 |
| 当時の公称として108kgまでビルドアップしたとされている。 |
| 1985年にWWFと契約し、スミスとのタッグチーム"ブリティッシュ・ブルドッグス"で活躍。 |
| 1986年4月にはレッスルマニア2のロサンゼルス大会に出場し、ドリーム・チーム(グレッグ・バレンタイン&ブルータス・ビーフケーキ)からWWF世界タッグ王座を奪取した。 |
| シングルでは、1985年11月のPPV"ザ・レスリング・クラシック"で行われた16人参加のワンナイト・トーナメントに出場。 |
| また、ブリティッシュ・ブルドッグスのライバルチームだったルージョー・ブラザーズのジャック・ルージョーとは犬猿の仲で、バックステージでの私闘騒ぎを起こしている。 |
| 1986年12月13日、カナダのハミルトンでのタッグマッチ(ブリティッシュ・ブルドッグスvsカウボーイ・ボブ・オートン&マグニフィセント・ムラコ)において、試合中のアクシデントにより椎間板に重傷を負った。 |
| この負傷は、キッドのその後の選手生命に大きな影響を与えることとなった。 |
| 1988年末にWWFを離脱し、1989年からは再び全日本プロレスへ復帰。 |
| 1990年にデイビーボーイ・スミスとのコンビを解散してからはジョニー・スミスとニュー・ブリティッシュ・ブルドッグスを結成し、アジアタッグ王座を獲得した。 |
| 1991年の世界最強タッグ決定リーグ戦最終日に現役引退を表明したが、1993年7月に復帰。 |
| 1996年10月にはみちのくプロレスの両国国技館大会に来日。 |
| ドス・カラス&小林邦昭とタッグを組み、初代タイガーマスク、ミル・マスカラス、ザ・グレート・サスケ組との対戦で久々に日本のファンの前へ姿を現したが、かつて誇った肉体美は面影もなく、体重も相当に落ちていた。 |
| 全盛期の鍛え上げられた肉体、スピードとパワーを兼ね備えたダイナミックなレスリングスタイルは後世の数多のレスラーらに大きな影響を与えた。 |
| 特にタイガーマスクとの一連の試合を見てレスラーを志した者は多く、WWEや新日本プロレスで活躍したクリス・ベノワもその一人であった。 |
| そして今なお、憧れの、あるいは影響を受けた人物として挙げるレスラーは数多い。 |
| 現役時代に結婚した夫人とはキッドの家庭内暴力を理由に離婚。 |
| 元夫人は自分の喉元へショットガンを突きつけられたと主張しており、キッド本人もこれを認めている。 |
| その一方でキッドは「当時自宅には弾丸が無く、弾が入っていない銃で脅してみせただけ」と弁明しており、真相は明らかになっていない。 |
| 現在は現役時代のステロイド剤を始めとする多種の薬物群の投与や、1986年に負った椎間板の大怪我(上述)等の影響で車椅子生活を余儀なくされている。 |
| クリス・ベノワが死去した2007年には、CNNの取材によってステロイドを中心とした過去の薬物使用体験を語った。 |