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プロフィール
- デンゼル・ワシントンとは
- 幼少期
- 青年期
- 初期のキャリア
- 1990 - 2000年代
- 2000年 - 現在
- 舞台俳優として
- 演技
- 私生活
- 黒人俳優として
- トリビア
- 関連サイト
デンゼル・ワシントン(英語:,本名:デンゼル・ヘイズ・ワシントン・ジュニア、,1954年12月28日-)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州マウント・バーノン出身の俳優。これまでに2回アカデミー賞に輝いているほか、ベルリン国際映画祭でも2度の男優賞を受賞している。アメリカを代表する映画俳優の1人であると同時に映画監督、舞台俳優でもある。官僚、将校、ジャーナリストなど、硬派なインテリで真面目な性格の人物を多く演じている。 スパイク・リーとの3度目のコラボレーション作『ラストゲーム』(HeGotGame)では妻を殺した罪で服役中の元バスケットボールプレイヤーという役柄を演じたが、 ...
幼少期
| デンゼル・ワシントンはニューヨーク州マウント・ヴァーノン(MountVernon,NewYork)で生まれた。 |
| 姉ロリース(Lorice)と弟デイヴィッド(David)がいる。 |
| 母親のレニース(Lennis)は、ジョージア州で生まれてニューヨーク州ハーレムで育ったNickson,Chris(1996).DenzelWashington.St.Martin'sPaperbacks,9-11.ISBN0312960433.。 |
| 母親のレニースは美容師として2つの美容院を経営すると同時に、夫(デンゼルの父)が担当する教会でゴスペル歌手の仕事を行うという、当時(1950年代)としては比較的珍しい職業婦人だった(1950年代のアメリカでは、結婚して子供が生まれてからも働く女性はあまり多くなく、ましてや自分の会社や店を自分で経営する女性は更に少なく、黒人層では皆無に近かった)。 |
| 父親のレヴランド・デンゼル・ワシントン・シニア(ReverendDenzelWashingtonSr.)はヴァージニア州デルウィン生まれで、ペンテコステ派の牧師で二つの教会を担当すると同時に水道局と地元のデパート「S.Klein」でも働いていた。 |
| 人種差別が法の上において事実上認められていた公民権法施行前のアメリカにおいて、夫婦は黒人であるが故に不合理な扱いを受けるという辛酸を舐めてきたため、3人の子供達には可能な限り良質な教育を授けようと必死だった、と後に語っている。 |
| 両親が多忙で家を空けていることが多かったため、デンゼルを含む3人の子供達は学校が終わってから両親が迎えに来るまでの間や週末は、ボーイズ&ガールズクラブ(アメリカの青少年育成団体)に預けられ、デンゼルはそこで多くのスポーツに熱中した。 |
| また、母親が経営する美容院でも多くの時間を過ごし、デンゼルはそこで話を作る面白さを客から学んだ。 |
| デンゼルが14歳の時に両親の関係は悪化したが、デンゼル自身と姉はそれぞれ別の全寮制寄宿学校に入れられていたため両親が離婚した事は暫く後になってから知らされた。 |
| デンゼルはニューヨーク州マウント・ヴァーノンのペニングトン・グリムス小学校(PenningtonGrimesElementary)でグラマー・スクール(grammarschool)に通い、そこで様々なスポーツを嗜んだ。 |
| 反抗期は酷く母親は彼の行いの粗暴さを心配し、デンゼルの数人の友人が少年院に送られたのを見届けた後、デンゼルを更生させるために全寮制の寄宿学校に送った。 |
| 母親がデンゼルの成長期に映画を観る事を禁じていたのも、少しでも暴力的な状況から遠ざけるためであった。 |
| デンゼルの粗暴な振舞いは数人の友人が少年院に送られた事を目の当たりにした事や母親からの教育的指導のおかげで後に改善している。 |
青年期
| デンゼルは子供の頃、テキサス州の工科大学(TexasTechUniversity)に行きたいと思っていた。 |
| この事についてデンゼルは、「私は子供の頃マウント・ヴァーノンのボーイズクラブで多くの時間を過ごして、レッド・レイダース(RedRaiders)というチームを作った。 |
| だから高校生の時、私が子供の頃所属していたチームと似たようなユニフォームの使っている、レッド・レイダースと呼ばれていたテキサス州ラボック(Lubbock)の大学に行ってみたかったんだ」と語っている。 |
| 高校卒業後デンゼルはオクラホマ州立大学に通ったものの自身の興味をかきたてるものに出会う事が出来ずにすぐに中退し、改めて1977年にニューヨーク州フォーダム大学(FordhamUniversity)のドラマ及びジャーナリズム学部に編入し直すまでベビーシッターを含む様々な職を経験し、その経験は後の俳優人生において役作りに大いに役立った、と語っている。 |
| 大学バスケットボールでは指折りの強豪校であるフォーダム大学でピー・ジェイ・カールシモ(P.J.Carlesimo)コーチ指導の下でバスケットボールにも熱中し、今でも時間を見つけるとバスケットボールを楽しんでいる。 |
| フォーダム大学でサマーキャンプに参加し、そこで寸劇の演出を担当した事から演技に強い関心を寄せ、ジャーナリズムの学位を取得して卒業後、サンフランシスコのアメリカン・コンサバトリー・シアター(AmericanConservatoryTheatre)で1年間演技を学んだ。 |
初期のキャリア
| 最初にプロの俳優として表舞台に立ったのはTV映画『ウィルマ』であり、映画デビューを果たしたのは1981年の『カーボン・コピー』であった。 |
| 彼にとって最初の転機となったのは病院を舞台とした医学ドラマで1982年から1987年まで放送された『セント・エルスウェア』である。 |
| 彼はこのシリーズに6年間出演し、誠実で有能な若い医師役は注目される大きな理由となった。 |
| TVや映画、あるいは舞台でいくつかの端役をこなした後、1987年にリチャード・アッテンボロー監督作の反アパルトヘイト活動家スティーヴ・ビコの人生を描いた伝記映画『遠い夜明け』でタイトル・ロールを演じ、初めてアカデミー助演男優賞にノミネートされた。 |
| 1989年『グローリー』で冷静でありながらも反抗的な元奴隷を演じてアカデミー助演男優賞を授与された。 |
| 同じ年には『女王と祖国のために』で、カリブ海生まれでイギリスの落下傘部隊に戻った男ルーベン・ジェームスを演じた。 |
1990 - 2000年代
| 1990年夏、デンゼルは映画『ミシシッピー・マサラ(MississippiMasala)』でデメトリウス・ウィリアムズ(DemetriusWilliams)を演じた。 |
| 1992年過去最高の批判と絶賛を同時に浴びたスパイク・リー監督の伝記映画『マルコムX』でタイトルロールを演じた。 |
| 彼が演じた攻撃的な黒人解放闘士の役は彼にオスカーノミネーションをもたらした。 |
| この映画は映画批評家のロジャー・エバートからは「人種間の緊張と対立を煽っているだけだ」と強い批判を浴び、一方で映画監督のマーティン・スコセッシからは「1990年代に作られた映画の内最も素晴らしい作品10本に入る」と評された。 |
| 映画『マルコムX』は一夜にして彼のキャリアを大きく変え、アメリカで最も尊敬されるべき俳優にまでのし上げた。 |
| 後に同じような役のオファーを受ける事になるが、型にはまった俳優にはなりたくなかった彼はキング牧師のような役を断っている。 |
| 翌1993年、エイズを扱った映画『フィラデルフィア』で、違う意味で自身のキャリアを危ぶませる役、ゲイ嫌いの弁護士ジョー・ミラーを演じている。 |
| この映画ではトム・ハンクスと共演しており、彼もまたゲイのエイズ患者というリスクの大きい役を演じている。 |
| 評論家は、これまでのキャリアを犠牲にする覚悟で果敢に難役に挑戦したことを絶賛している。 |
| 1990年代初頭から中期にかけては、評価の高かったスリラー映画『ペリカン文書』と『クリムゾン・タイド』、コメディ映画では『から騒ぎ』、そしてロマンティックドラマ映画では『天使の贈り物』などに主演、ハリウッドの先導役という地位を固めていった。 |
| 主役級の人気黒人俳優として予防的に配慮しなければいけない部分もあるようで、1995年の映画『バーチュオシティ』では共演の白人女優ケリー・リンチとのキスシーンを断っている。 |
| インタビューでケリー・リンチは、「異人種間の恋愛シーンに何の問題も無いので、キスシーンに抵抗は無かった」と答えたが、デンゼルは「白人男性をターゲットにした映画で白人女性とキスをすればあっという間に攻撃の対象にされるからしたくない」と答えている。 |
| ケリー・リンチは更に、「それはとても恥ずかしい事で、いつか世界が異人種間の恋愛にこだわらなくなる事を待っている」と答えた。 |
| 似たような状況は映画『ペリカン文書』でジュリア・ロバーツとの間にも起こっている。 |
| ジュリア・ロバーツは「いつこの人とキスが出来るのだろう」と撮影の間中ドキドキしていたが、「ハグと頬へのキスで終わってしまいがっかりした、何の問題もないのに」とインタビューで答えている。 |
| こうした白人女優とのキスを断る姿勢は1989年の映画『刑事クイン/妖術師の島』から始まっている。 |
| この映画では唯一、共演のミミ・ロジャースとキスをしたが、試写で黒人女性からのブーイングを浴びたため編集に頼んでカットしてもらっている。 |
| 後にデンゼルは「ニューズウィーク」誌でのインタビューで、「映画の中で黒人女性とカップルを演じる事は少ない、けれど彼女たちは大切なファンだ」、と答えている。 |
| しかしながら1998年、スパイク・リー監督作『ラストゲーム』ではミラ・ジョヴォヴィッチとのセックスシーンに挑戦している。 |
| 1999年映画『ザ・ハリケーン』で、3つの殺人事件で告発され約20年間獄中で過ごしたボクサールービン・カーターを演じアカデミー主演男優賞にノミネートされた。 |
| この作品については同時に史実との整合性について新聞その他マスコミで論争が巻き起こったものの、2000年のゴールデン・グローブ賞とベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した。 |
| 映画『ロレッタ・クライボーン・ストーリー(TheLorettaClaiborneStory)』の終盤に出演しており、ロレッタ・クライボーン(LorettaClaiborne)に、彼女の勇気を讃えアーサー・アッシュ・イーエスピーアイ(ArthurAsheESPY)賞を授けている。 |
| 近年デンゼルは、肉体美の美しさを讃える作品に出演する機会に多く恵まれ、そこでは端正な顔立ちも賞賛されている。 |
2000年 - 現在
| 2000年ディズニーフィルムの『タイタンズを忘れない』に主演し、この映画はアメリカ国内だけでも1億ドルを叩き出した。 |
| 2001年ロサンゼルス市の汚職警官を熱演した『トレーニング・デイ』で遂にアカデミー主演男優賞を受賞。 |
| この映画ではそれまで作り上げてきた自分自身のイメージを変えようと挑戦しており、悪党を演じている。 |
| 「オスカーを獲得したのは、前作『ザ・ハリケーン』で演じた役柄とは180度違う役でも正々堂々と潔く演じたからだ」と批評家は絶賛した。 |
| 2002年、健康保険の問題を鋭く突いた社会派の映画『ジョンQ-最後の決断-』で主演し、最初の監督作品『アントワン・フィッシャー君の帰る場所』では助演をつとめた。 |
| 2003年から2004年にかけてはスリラー映画『タイムリミット』、『マイ・ボディガード』、『クライシス・オブ・アメリカ』で主演をつとめた。 |
| 2006年3月24日には、立てこもりの銀行強盗犯を描いた『インサイド・マン』が公開され、監督は再びスパイク・リー、共演はジョディ・フォスター、クライヴ・オーウェンである。 |
| 同年11月には『デジャヴ』が公開。 |
| 2007年には『バーチュオシティ』に続いてラッセル・クロウと映画『アメリカン・ギャングスター』で共演、4630万ドルのオープニングセールスを記録し、キャリア史上最高のオープニング成績を残した。 |
| デンゼル・ワシントン監督作第2作目の『グレート・デベーターズ』(邦題未定)では主演もつとめた。 |
| 2009年、地下鉄の保安主任ザック・'Z'・ガーバー(Zach"Z"Garber)を『サブウェイ123激突』(TheTakingofPelham123)で演じた。 |
| この映画は1974年にウォルター・マッソー主演で製作および公開されたスリラー映画『サブウェイ・パニック』のリメイク作品で、敵対する役はジョン・トラボルタ、『デジャヴ』に続いてトニー・スコットがメガホンを執った。 |
| トニー・スコットとデンゼル・ワシントンがタッグを組むのは本作で4本目である。 |
| 最新作のSFアクション映画『ザ・ウォーカー』(TheBookofEli)では、監督アルバート・ヒューズ(AlbertHughes)、敵対する役はゲイリー・オールドマンを迎えて製作された。 |
| 同作品は2009年2月にニューメキシコ州で撮影が開始され、2010年1月15日に全米公開された。 |
| 現在公開待機中及び撮影中、企画段階の作品は、冷戦中のCIA捜査官ブランドン・スコフィールド(BrandonScofield)をスリラー映画『TheMatareseCircle』(邦題未定)で演じる予定であり、2010年には再びトニー・スコットを監督に迎え、アクション映画『アンストッパブル』(Unstoppable)の製作が決定しており、『インサイド・マン2』(InsideMan2,邦題未定)に関しては現在企画段階で、デンゼル・ワシントン、クライブ・オーウェンは出演を快諾しているのだが、ジョディ・フォスターに関しては現在交渉中、と報じられている。 |
演技
| デンゼルはトレーラーハウスでコーヒーを飲み、葉巻を吸う時控え室にいる時は普段の彼だが、一歩外に出ると役者になりきってしまう。 |
| そのため映画『マイ・ボディガード』(manonfire)では最初の頃作品中での役柄が無口な段階、撮影外でデンゼルが運転をし、ダコタ・ファニングが助手席にいても、彼は正面を向き、彼女は台本か新聞を読み、一言も話さなかった。 |
| その時のことを彼女は「『アイ・アム・サム』でのショーンもそうだったから気にしなかった」と語った。 |
私生活
| 1983年、デンゼル・ワシントンは映画『ウィルマ』のセットで出会った女優のポーレッタ・ピアソン(現在はポーレッタ・ワシントン)と結婚。 |
| ワシントン夫婦は4人の子供を授かっており、1984年7月28日生まれの長男ジョン・ディヴィッド・ワシントンは2006年の5月にプロフットボールチーム、セントルイス・ラムズと雇用契約を交わしている。 |
| 彼はモアハウス大学にフットボールの特待生として学費全額免除で通っていた。 |
| 1987年11月28日生まれの長女カティアは名門エール大学に入学した。 |
| オリヴィアは女優志望で、ニューヨーク大学に通っている。 |
| 1995年にワシントン夫妻は、南アフリカでデズモント・ツツ司教同席の中で夫婦の誓いを改めて行った。 |
| 2006年10月、デンゼルは『ハンド・トゥ・ガイド・ミー(HandtoGuideMe)』(邦題『僕が大切にしている人生の知恵を君に伝えよう』)を著し、ベストセラーになった。 |
| デンゼルは俳優を志す前、大学卒業後の進路について迷っていた時期に亡父と同じく牧師になりたいと考えた事もあり、そのため現在でも敬虔なクリスチャンとしても知られている。 |
| また2007年5月20日、モアハウス大学から名誉博士号を授与されている。 |
黒人俳優として
| アメリカにおける人種差別を背景に、黒人俳優は長年「型にはまった知能の低い悪党」という役柄かエンタテイナー、あるいは家族で観られるコメディー映画にしか出演の機会を与えられなかったハリウッドにおいて、デンゼルは極めて独特な地位を築いた事で知られている。 |
| 『エリン・ブロコビッチ』でアカデミー主演女優賞を受賞したジュリア・ロバーツは「ニューズウィーク」誌の取材に対して「デンゼルなら、オスカーを3つもらっても少ないぐらい」と評している。 |
| またデンゼルとは『グローリー』『戦火の勇気』『マーシャル・ロー』と3度タッグを組み、双方とも全幅の信頼を寄せている映画監督のエドワード・ズウィックも同じように「白人俳優を主役に想定した脚本ばかりが映画化される」と同誌のインタビューで答えている。 |
| 「黒人らしい」お定まりの脇役しか演じる機会を与えられないというのがアメリカにおいての黒人俳優の状況・問題でもあるが、その中でもデンゼルは誇り高い黒人、目的を持ち強く冷静に生きていく男の姿を多彩な役柄で演じ分ける事でハリウッドの伝統に抵抗し続けている。 |
| 1984年、デンゼルは第二次世界大戦中の米陸軍における黒人兵士間の対立を描いた映画『ソルジャー・ストーリー』に出演した。 |
| 黒人コメディアンのエディ・マーフィがハリウッドで大受けしていた時代に、デンゼルはコメディーだけが黒人俳優の仕事ではないと主張するため、敢えて人種間の緊張を引きずる作品に出ていたのである。 |
| 1970年代後半、まだ駆け出しの新人俳優だったデンゼルは大先輩で大親友、師匠でもあるシドニー・ポワチエに「君のキャリアは最初の3~4本の出演作で決まる。 |
| 自分がいいと信じる役が来るまで待つべきだ」とアドバイスされ、言われるがままにいくつかの「黒人らしい」役を断った後、社会派の伝記映画『遠い夜明け』のスティーヴ・ビコ役に抜擢され、オスカー俳優のケヴィン・クライン相手に一歩も引けを取らぬ見事な演技を披露し、社会派の黒人俳優だと世間に認識されアカデミー助演男優賞にノミネートされた。 |
| 現在デンゼルは他の多くの黒人俳優のようにコメディアンやエンタテイナー、あるいは名悪役として認知されるのではなく、社会派の名優としての地位を完璧なまでに築いた。 |
トリビア
| バスケットボールチームのロサンゼルス・レイカーズのファンでもあり、特等席のチケットを持っているがマスコミにみつかるといつも素晴らしい試合だった、と答えなければならないため、好きな試合は自宅で観戦する事にしている。 |
| 例を挙げると、スティーヴ・ビコ(遠い夜明け)、マルコムX(マルコムX)、ルービン・カーター(ザ・ハリケーン)、ハーマン・ブーン(タイタンズを忘れない)など。 |
| 2009年8月、映画『サブウェイ123激突』のプロモーションのため来日した際、お台場合衆国を訪れ、そこで生野陽子アナウンサーがデザインしたTシャツを気に入り、娘達へのお土産に選んだ。 |
| 『ザ・ハリケーン』でプロボクサールービン・カーターを演じるために、撮影開始の一年前からロサンゼルスのボクシングジムに通い、テリー・クレイボーン(TerryClayborn)にコーチをしてもらった。 |
| 1995年、デンゼルは映画『クリムゾン・タイド』の撮影現場を訪れたクエンティン・タランティーノについてプレミア誌のインタビュー記事で語っている。 |
| 前述の通り2007年モアハウス大学から名誉博士号を授与され、父親の願い通り「ドクター・デンゼル・ワシントン」になった。 |
| デンゼルは、1992年スパイク・リー監督の超大作『マルコムX』でタイトルロールを演じたが、それ以前にブロードウェイのヘンリー・ストリート・シアターの舞台『WhentheChickensCameHometoRoost』でもマルコムX役を演じている。 |
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デンゼル・ワシントン(英語: , 本名: デンゼ... |
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ニューヨーク州フォーダム大学(Fordham Univ... |
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