| ホークス在籍時、監督の王貞治に「オフに決して太らないように」と言われ、逆に10kg絞ってくるほど真面目な性格。 |
| 投手の配球やクセなど打席で学んだことをベンチに帰った際にメモを取るなど研究熱心でもある。 |
| ベンチで普段は陽気だが、短気が災いして乱闘などでの退場処分が多い。 |
| 2004年3月29日の対西武戦で張誌家からの2打席連続の死球に対し、マウンドへ突進し威嚇行為として退場処分に。 |
| 2004年9月9日の対ロッテ戦でダン・セラフィニからの頭部付近の投球に激怒しマウンドへ。 |
| セラフィニの跳び蹴りとヘッドロックに対し、マウントポジションから頭部を殴りつけ乱闘騒ぎに。 |
| セラフィニとズレータは暴力行為で退場処分に。 |
| 2006年4月16日の対日本ハム戦では金村曉の左腹付近への死球に対し、マウンドへ走り寄って金村に体当たりをした上に殴りつけ退場処分に。 |
| 金村との乱闘ではズレータ自身、日本に来て通算6回目の退場処分となり、王監督も「100%こちらが悪い」とズレータの非を認め、10試合の出場停止と30万円の罰金、球団側からも100万円の罰金、2006年のシーズンオフに奉仕活動をするようズレータ本人に義務付けた。 |
| さらに球団から「次に乱闘をしたら即解雇」と引導を渡され、それ以降は乱闘による退場は無くなった。 |
| この処分は、2005年に中日ドラゴンズのタイロン・ウッズ(東京ヤクルトスワローズ・藤井秀悟の投球に怒り、藤井を殴りつけ退場)に続いて厳しいものとなった。 |
| 被害を受けた金村はこの乱闘が原因で負傷し、一軍登録を抹消されこの年9勝に終わる。 |
| それまで4年連続で二桁勝利を記録していた金村にとっては大きな戦線離脱となった。 |
| また札幌ドームの北海道日本ハム戦ではズレータに対し当然日本ハムファンから大ブーイングが起こり「暴力反対」というプラカード等が応援席を埋め尽くした。 |
| なお、ロッテに移籍した2007年以降、上記のような乱闘による退場は一度も記録していない。 |
| その一方で大の子供好きで慈善活動にも熱心である。 |
| ヤフードーム近くの子ども病院を訪問した際は難病と闘う多くの子ども達を前に「自分達が必ず誰かに必要とされているということに気づいてほしい」と人目をはばからず涙するなどという一面もあった。 |
| また、母国の貧しい子どもたちのために物資を送るなどしている。 |
| 慈善活動は千葉ロッテに移籍しても継続し千葉市内の病院を訪問した。 |
| ヤフードームの近くでファンの子供にサインをねだられ、2時間近くもサインし続ける姿を目撃されている。 |
| 「パナマウンガー」のパフォーマンス(後述)を始めたのも、たまにしか球場に来られない子供たちの、良い思い出になるようにという願いからだと本人が語っている。 |
| 来日当初から相手投手の球種・配球などを事細かにメモを取り統計を出すなどして研究をしており、年を重ねるごとに成績を上げ、ホークス史上最強の助っ人外国人としての呼び声も高かった。 |
| 敬虔なキリスト教徒であり、キリスト教の教えを書いたオリジナルTシャツを自費で製作、チームメートに配った。 |
| 2006年、ソフトバンクが3年連続でプレーオフ第2ステージで敗退した瞬間、マウンドで泣き崩れてしまった投手・斉藤和巳を、三塁を守っていたホルベルト・カブレラと共に抱きかかえてベンチへ下がっていった。 |
| また、ロッテ時代のチームメイトのベニー・アグバヤニとはホークス時代から仲が良かった(上記のセラフィニとの乱闘時、ベニーは乱闘の輪の中に強引に入って、ズレータに激怒していたセラフィニをベンチに連れ戻していた)。 |
| スペイン語、ポルトガル語、フランス語、英語、日本語で会話することが出来る。 |
| ちなみにヒーローインタビューの日本語の発言は、ズレータが言葉の意味・文法を理解した上で(通訳や同僚に教えてもらったわけでなく)本人が考え、喋っている。 |
| 「ヅラがズレータ」など日本語で小ネタのギャグを披露することもよくある。 |
| 2008年のTNCプロ野球中継にゲスト出演した博多華丸は「久しぶりに再会したけど日本語がペラペラになっていた」と語った。 |
| 本塁打を打った後にベンチ前で「チョップ、チョップ、パナマウンガー!」というパフォーマンスをする。 |
| チョップの後に「パナマウンガー!」と絶叫するこのパフォーマンスは、本人曰く「日本のサムライ精神と母国の有名な『パナマ運河』を取り入れたもの」とのこと。 |
| 2006年には「パナマウンガー」の後に博多華丸から教えられたフレーズ、「よかろうもん!」(「いいだろう!」という意味の博多弁)が付け加えられている。 |
| 2006年8月29日の対ロッテ戦で第25号本塁打を打った時は、「パナマウンガー!」「よかろうもん!」「アキラメナイ!」と叫んでいた。 |
| 2007年の千葉ロッテ移籍後は博多由来の「よかろうもん!」に代わり、「幕張ファイヤー!」のフレーズが加えられた。 |
| 2005年10月16日の千葉ロッテとのプレーオフ第4戦で小林宏之から2本の本塁打を放ったが、試合終了後のヒーローインタビューで「絶対にアキラメナイ」と言うべきところを「絶対にアリカメナイ」と言い間違えた。 |
| これはakiramenai(アキラメナイ)のkとrが入れ替わったものであるが、このズレータのインタビューはその不屈の闘争心をファンに深く印象付ける出来事となった。 |
| このことは、フジテレビ系列『とんねるずのみなさんのおかげでした』内のコーナー「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」に出演したお笑い芸人のネタにされている。 |
| ロッテ時代ではチームでただ一人、ヘルメットの耳フラップに頬までカバーするエクステンション(ローリングス製、死球対策)を装着していた。 |