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プロフィール
- ブラックマヨネーズとは
- メンバー
- 来歴
- 芸風
- M-1グランプリ
- 評価
- コンビ仲
- その他
- テレビ番組
- 過去の出演番組
ブラックマヨネーズ(BLACKMAYONNAISE)は、 小杉竜一と 吉田敬の2人による日本のお笑いコンビ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。1998年4月結成。2005年M-1グランプリ王者。略称はブラマヨ。
メンバー
| 吉田敬(よしだたかし、1973年6月27日-)ボケ担当。 |
| 立ち位置は向かって右。 |
| 小杉竜一(こすぎりゅういち、1973年7月5日-)ツッコミ担当。 |
| 立ち位置は向かって左。 |
来歴
| 1994年、大阪NSC13期生の同期として出会う。 |
| 在学中から、小杉は「関西キング」、吉田は「ツインテール」という別々のコンビを組んでいたが、小杉の元相方が結婚を期に引退。 |
| それをきっかけに吉田が小杉を誘う形で、1998年にコンビを結成した。 |
| 小杉がコンビを解散してから、小杉の母親が「アンタ、吉田君と組み」ときっかけを作った。 |
| その発言の後、吉田のコンビを組むプロポーズに小杉がOKを出した。 |
| また、2009年に小杉が「やりすぎコージー」で明かしたところによると、当時、吉田とコンビを組んでいた和田義浩が小杉が自分を気遣って、吉田とコンビを組むことを躊躇しているだろうと思い、自ら小杉に吉田とコンビを組むように説得しに来たという。 |
| 番組で小杉がその話をするまで、吉田はそのことをまったく知らなかった。 |
| 和田義浩は現在、放送作家をしており、ブラックマヨネーズを裏方として支えている。 |
| コンビ名は、日本のロックバンド「Mr.Children」のように正反対でアンバランスな意味の単語を組み合わせたもの。 |
| マヨネーズという身近なものの名前を入れることで「マヨネーズを見るたびに自分たちのことを思い出してくれたら」という願いも込められている。 |
| ただし、当初はこの名前を吉本興業に申請した際、「ブラック」はイメージがいまいち良くないとして一時保留扱いとなっていたが、同時期にブラックビスケッツのヒットがあったため、イメージが払拭されて話を通った事を明かしている『ブラマヨとゆかいな仲間たち』2011年6月25日放送。 |
| 2005年、第5回M-1グランプリ決勝に進出し、優勝。 |
| 翌年2006年東京進出する。 |
| 優勝直後、他のM-1優勝コンビに比べて優勝後のメディア出演が少なかった(実は関西ですでに売れ始めていたため、すぐに東京に拠点を移せなかった)。 |
| 2007年頃からはキャラも浸透し始め、少しずつ全国区でのテレビ出演が増え、M-1覇者には珍しい「時間差ブレイク」を果たしたとも言われた。 |
| しかし、メンバーはこれに対してやや否定的であり、「関西での仕事ばかりしていただけ」「自分達では全力疾走してたけど周りからは歩いているようにしか見えてなかったのかも」と振り返っている。 |
| M-1完全読本2001-2010。 |
芸風
| 漫才は吉田のネガティブでやや屈折した世界観を持つ独特のボケに、小杉がツッコミを入れるスタイルの正統派上方漫才。 |
| 松本人志は「どつかない、どつき漫才」と形容したことがある(正確には吉田が小杉をビンタしたことがある)。 |
| ネタ作成は吉田を中心に二人で行っている。 |
| フリートークでのセンスは早くから認められていたものの、漫才やコントのネタになると途端に勢いを失うため、実力を持ちながら売れずに終わることを心配されていた。 |
| しかし2005年頃、「ラジオのフリートークのような漫才がやりたい」という吉田の提案で、吉田が1人でネタを作る方法から2人の前にノートを置き、その場の思いつきを会話形式で書き込んでゆく方法に変更。 |
| その結果、現在のスタイルが確立されていった。 |
| M-1を制した「考えすぎ」のネタも同じ手法で生まれた。 |
| 「ハゲの小杉」「ブツブツの吉田」と、2人の特徴的な風貌はキャッチコピー化している。 |
| ロケ先や雛壇などあらゆる場面で、漫才の延長のような掛け合いのフリートークを展開するのが持ち味。 |
| 同様の例にバナナマンなどがいる。 |
M-1グランプリ
| 2001年から2004年まですべて準決勝敗退に終わっていたが、2005年のM-1グランプリで初めて決勝進出。 |
| 決勝戦で披露した2本のネタは半年以上前の2月ごろに完成できており、ネタの鮮度を保つために封印していた。 |
| 春先の漫才特番で我慢できず、腕試しも兼ねて一度だけ披露したがその後は一度も披露せず、準決勝でも披露しなかった。 |
| 決勝ファーストラウンドでは直前の出番だったチュートリアルが「バーベキュー」のネタで松本人志から絶賛され、吉田は「死ぬほど羨ましかった」という。 |
| 小杉は舞台袖で人のネタを聞くのが嫌いなため、控え室で見ていた。 |
| ブラックマヨネーズは5番手で登場し、「ボウリングの球の扱い方」というネタを披露。 |
| 王道だがオーソドックスな漫才の強さ、ネタの完成度が高く評価されファーストラウンドを1位で通過、審査員の大竹まことから「あまりオーソドックスは好きじゃないけど、オーソドックスの凄さにびっくりした。 |
| 別に新しいことをやらなくても十分面白いんだと再認識しました」、島田紳助からは「4分の使い方、抜群。 |
| 4分の使い方に感動したね。 |
| 噂は聞いてたけど、ほんまに凄かったわ。 |
| 昔、僕の番組の前説来てくれてたからよう見てたんやけど、ほんまに成長してるし、4分の使い方上手い」と絶賛された。 |
| 最終決戦は3番手を選び、「喧嘩の強い男を目指そう」というネタを披露。 |
| 7人中4票(3票は笑い飯)を獲得して優勝を果たした。 |
| 彼らの登場以後、4分間をいかに上手く使うかがM-1で勝つための大命題になったとされる。 |
| DVD「M-1グランプリtheFINALPREMIUMCOLLECTION2001-2010」YRBY-90369〜70。 |
| 優勝後に受けたインタビューで吉田の「結果求めんとやったのがよかった」というコメントが、誤って「結果求めてやったのがよかった」と新聞に載ってしまった。 |
| 2006年度以降のM-1グランプリには、「今の環境では自分たちの納得できる漫才を披露することはできない」という理由から、出場を辞退している。。 |
評価
| ダウンタウンの松本人志はブラックマヨネーズを高く評価している。 |
| ラジオ番組『松本人志の放送室』で、彼らが出演していたフジテレビのネタ番組を見て、「あいつら楽しんどるもんなー。 |
| 技術、才能はもちろんやけど、本人らが楽しんどるかどうかが大きい。 |
| ブラマヨばっかり誉めて申し訳ないけど、やっぱ面白い。 |
| 」「あの漫才スタイルはやろうと思ってできるものやない。 |
| きっと自然にああいう形になったんやと思うけど、クオリティがめちゃめちゃ高い」と賞賛した。 |
| また、ダウンタウンに影響を受けたコンビが多い中で、ダウンタウンに影響を受けずにやってきた点も称賛している。 |
| 同番組の共演者の高須光聖も「何度見ても笑える漫才」と絶賛し、ネタを見てこんなに笑ったのはダウンタウン以来かもしれないと述べた2007年10月6日放送回『松本人志の放送室』より。 |
| また、M-1優勝後の放送回ではM-1時のメンバーの風貌(彼曰く、「汚い、華がない」)が若手時代のダウンタウンによく似ていると語っている。 |
| これに対して松本は「あそこまでひどくないやろ」と苦笑している。 |
| ビートたけしは気に入っているお笑い芸人としてブラックマヨネーズの名前を挙げ{{Citenews|url=http://japan.techinsight.jp/2010/06/takeshi-wakateni-katu.html|title=エンタがビタミン♪】『ひな壇芸人』にたけしが警告。 |
| 「タモリ、紳助を引っ張り降ろせ」とも。 |
| 」と述べている2010年6月12日放送回『メレンゲの気持ち』出演時に発言。 |
| また自身が審査委員長を務める『ビートたけしのエンターテインメント賞』で、日本芸能大賞を受賞したブラックマヨネーズについて「バラエティでの“保険”だね。 |
| この二人がいると安心して見ていられる」と絶賛した。 |
| ブラックマヨネーズが全国区になる以前から、評価をし番組のレギュラーに採用していたABC朝日放送の演出家矢澤克之はTV雑誌のインタビューで「この業界に入って早々に、ダウンタウンの面白さを目の当たりに受けた時の衝撃と同じモノを彼らから感じました」と絶賛。 |
| 関西TV界での才能発掘の天才と呼ばれる演出家が、自身の初プロデュースする「ビーバップ!ハイヒール」にブラックマヨネーズをレギュラー出演させたその年に彼らはM-1チャンピオンになった。 |
| その翌年には同じくレギュラーのチュートリアルも優勝している。 |
| ただ、チュートリアルの徳井義実は、同期のブラックマヨネーズが先にM-1チャンピオンになったことに関して、「M-1を先に獲られたことよりも、ブラマヨの面白さが全国にバレてしまった。 |
| 一旦噴火したらどこまでも行くだろうな、と思った」と語っているsplash!!vol.22009年11月より。 |
| 陣内智則もブラマヨの才能に早くから気付いており、自らがMCをつとめるイベントのレギュラーにブラマヨを抜擢し、売れるキッカケを作った。 |
| このことはブラマヨの2人も感謝しており、「陣内さんがいなければ今のブラックマヨネーズはなかった」と語っている。 |
| また陣内は、2005年のM-1決勝前に、ブラマヨからどのネタでいくのかを聞いており、「あのネタなら間違いなく優勝する」と確信。 |
| M-1決勝が行われた時間帯に陣内は移動中であり、結果を知らなかったが吉田に「優勝おめでとう」というメールを送った。 |
| ただし、自分がかわいがっていた後輩がブレイクしてしまったことに寂しさも感じているようで、「俺のブラマヨが遠くに行ってしまったと感じるのが嫌」という理由で、ブラマヨが出演しているテレビは観ないというテレビ朝日「ブラマヨとゆかいな仲間たちアツアツっ!」2011年8月6日放送分より。 |
| シンドバットの森詩津規もブラマヨの才能を認めていた1人。 |
| ブラマヨが大阪で人気を高めるキッカケとなった「ずぼりらじお」の構成作家は、シンドバットを解散し構成作家に転進した森であった。 |
| 吉本興業の専門誌『マンスリーよしもと』の編集長を7年半務めた尾北有子が編集長を卒業する2007年12月号で、最後にやりたい企画として巻頭特集「ブラックマヨネーズAtoZなぜあなたは彼らを愛さないのか?」を企画した。 |
| この企画でテリー伊藤が「飼いならされた笑いに慣れてしまった人たちよ、ブラックマヨネーズを観ないでどおすんだよ!?」とコメントしている。 |
コンビ仲
| コンビ仲がよく、吉田の携帯メモリのNo.0は小杉、小杉の携帯電話のメモリのNo.1は吉田になっている。 |
| 吉田は小杉の代わりがいないという意味でNo.0、小杉は有事の際に一番に連絡を取りやすいことからNo.1に登録している。 |
| ネタを中心に書いている吉田の気を遣い、小杉は吉田が休めるように月に一度大阪でソロライブをやったり、M-1優勝時は吉田に「賞金を折半してええんか?」と聞いてきたりなど、優しさをのぞかせている。 |
| 吉田が小杉にコンビ結成を申込みに行った際、吉田は母親の軽自動車を借りて小杉宅へ行ったが、小杉宅には高級車が止まっており、「こいつ、すぐに芸人に見切りをつけるんちゃうか?」と心配した吉田は、「コンビ解散を切り出したら3,000万円支払う」という誓約書を小杉に書かせようとした。 |
| 小杉の髪の毛が薄くなり始めたころ、まだ気持ちが吹っ切れていなかった小杉は、楽屋で先輩芸人たちにネタにされる度に芸人を辞めてやろうと何度も考えたことがあった。 |
| 入居を決めた際、4階と5階に1つずつ空き部屋があったが、そのアパートにはエレベーターが付いていなかったため、「吉田はいつもネタを考えてくれたりして大変だから、せめて1階分の上り下りだけでも楽をさせたい」と、小杉は自ら進んで5階を選択した。 |
その他
| ブラックマヨネーズのファンを公言できない女性ファンが多いとの説から、こっそり応援できるようにと、公式グッズのクリアファイルには2人の顔が内側に印刷されており、表面は黒字にロゴのみで、一見彼らのグッズとは分からないようになっている。 |
| ラジオ番組『ブラックマヨネーズのずぼりらじお』内で2003年に作成されたMARS16(大阪のファッションブランド)とのコラボレーションTシャツが近年話題になり、希少価値からかオークション等で高値で取引されている。 |
| 2009年4月13日付けのバナナマンのバナナムーンのポッドキャストにおいて、大阪時代には8か月無休で仕事があったが、月の給料が25万だったと述べている。 |
テレビ番組
| マヨブラジオ(土:読売テレビ)関西ローカル。 |
| めちゃ²イケてるッ!(土:フジテレビ)「恋のかま騒ぎ」コーナーレギュラー。 |
過去の出演番組
| もしものシミュレーションバラエティーお試しかっ!(テレビ朝日)「全て当てるまで帰れま10(てん)」コーナーレギュラー(ホンマでっか!?TVの放送時間と重なっていたため出演していなかったが、5月10日放送のみ出演)。 |
| ナンボDEなんぼ(関西テレビ)シャンプーハットと交替で隔週出演していた。 |
| ジュニア千原のすべらない話2ジュニア千原のすべらない話2(フジテレビ721、2008年12月14日)吉田のみ。 |
| ブラックマヨネーズのBlack'nラジオ(KBS京都、2004年10月-2005年3月、2005年10月-2006年3月)フリーウェーブ金曜日。 |
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1973年
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吉田敬(よしだ たかし)ボケ担当小杉竜一(... |
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1994年
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大阪NSC13期生の同期として出会う |
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