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つながりの強いひと
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プロフィール
- ブロック・パーティとは
- 概要
- メンバー
- 来歴
- その他・トリビア
- 来日公演
- ディスコグラフィー/アルバム
概要
| ロンドンの学生アート・ロックシーン出身のロックバンド。 |
| ギター・ロックにパンク・テクノ・ダンスミュージックなどの要素を組み込み、性急で複雑なドラムラインに乗せた、知的で洗練された鋭角的なメロディーが特徴。 |
| しばしばポストパンク/ニュー・ウェイヴ・リバイバルの一翼と紹介される。 |
| バンドの名前には特に意味はないが、アメリカの地方行事BlockPartyの語呂合わせで、語尾のkを取ることでEasternBloc(SovietBloc=冷戦時の東側の意)を思わせるとのこと。 |
メンバー
| ケリー・オケレケ(''KeleOkereke''、1981年10月13日-)-ヴォーカル、ギター担当。 |
| 作詞・作曲を担当。 |
| いとこは人種差別主義者に殺害されており、その経験を元にした曲も作られている。 |
| ラッセル・リサック(''RussellLissack''、1981年3月11日-)-ギター担当。 |
| 特徴的なアシンメトリーカットの髪型をしており、''Blocstyle''と呼ばれている。 |
| アニメ好きでギターにはミッキーのシールが張られており、またポケモンもお気に入りのようでアンプの横にはピカチュウのぬいぐるみが置かれている。 |
| ゴードン・モークス(''GordonMoakes''、1976年6月22日-)-ベース、バックヴォーカル、シンセサイザー、鉄琴担当。 |
| ) ブロック・パーティーに入るまでは雑誌編集者をしていた。 |
| 歴史に関する知識は豊富で喋りだすと小一時間ほど止まらないほどである。 |
| マット・トン(''MattTong''、1979年4月29日-)-ドラム担当。 |
| マレーシア系中国人の父と、英国人の母を持つ。 |
来歴
| 1998年、ケリーとラッセルがロックフェスで偶然知り合い、意気投合する。 |
| 2年後、ふたりがNMEに出したメンバー募集の告知にゴードンが応募し加入。 |
| その後、知人を介してマットも加わり、2002年に現在のメンバー編成としてバンドを結成。 |
| 2003年、当時大型新人として頭角を現していたフランツ・フェルディナンドにデモテープを送り、前座に抜擢され、音楽活動を本格化する。 |
| そのころからイギリスの音楽誌上において注目を集める存在となり、2004年にメジャーデビュー。 |
| 日本では同年7月にデビュー・ミニ・アルバムを発売。 |
| 8月にはサマーソニック04で初来日を果たした。 |
| 2005年初頭、ファーストアルバム『サイレントアラーム』を発表。 |
| 同年の各国音楽各誌において軒並み高評価を得るとともに、ヨーロッパの実に9カ国でチャートの10位以内にランク・インするなど、人気・セールスともに大成功を収めた。 |
| このころは90年代のブリットポップ期の再来といわれる2000年代のバンドブームの一例の存在として、周囲からは認識されていた。 |
| 2007年、社会性を強く打ち出し、前作から大きく変貌をとげた意欲作のセカンドアルバム『ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ』を発表。 |
| この作品によって、近年活況のUKロックシーンにおいて泡沫バンドで無い事を印象付けた。 |
| 以降、U2やレディオヘッドといった社会派バンドとしての評価をうけるようになる。 |
その他・トリビア
| ケミカル・ブラザーズの「プッシュ・ザ・ボタン」では、3曲目「believe」でケリーがゲストのひとりとしてヴォーカル参加している。 |
| セカンド・アルバム収録の「Sunday」をプレイする際は、主にライブのアンコールで、ゴードンがマットと並んでツインドラムを演奏するのが定番であった。 |
| ラッセルは、1日に100通以上打つ大のメール好きで、返信が異常に早いらしい。 |
| また、まだ有名になる前に、雑誌『メンズノンノ』のヘアースタイルのスナップで登場したことがある。 |
| メンバー、特にケリーが最も日本で敬愛するニュー・ウェイヴ・バンドは、POLYSICS。 |
| 全米ツアーや来日公演では、前座にボーカル兼フロントマンが黒人であるという点が、ブロック・パーティーのメンバー構成と似ている、ノイゼッツを起用してツアーを共にしていた。 |
| ダンスミュージックに強い影響を受けている彼らは、自らもDJパフォーマンスを披露するのが大好きで、来日公演の際も、ライブ終了直後にも関わらず、渋谷や原宿のクラブハウスにお忍びで現れて、4人ともDJプレイを楽しんだとのこと。 |
| 2011年現在、彼らのマネージャーは、ブリットポップ期最大のハイプと呼ばれるメンズウェアのギタリストだった、サイモン・ホワイト(SimonWhite)が務めている。 |
| かつて、オアシスのギャラガー兄弟が「アートスクールの学校祭バンド」と、一蹴した事があったが、『ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ』を聴き、彼らは過去の否定的な考えを撤回した。 |
| 特にリアムは、そのアルバムの最後の曲『SRXT』を聴いた後、「クッションに向かって15分間泣いた」とも告白している。 |
| 2008年のフジロックは、ゴードンの妻の産休のため、欠席した。 |
| 2010年のフジロックにラッセルはアッシュのギタリストとして参加した。 |
来日公演
| 2004年8月7日,8日サマーソニック04 。 |
| 2004年12月21日,22日原宿AstroHall・大阪clubvision。 |
| 2005年5月4日,5日,7日,8日 日本ツアー 心斎橋・名古屋・渋谷クラブクアトロ。 |
| 2005年8月13日,14日サマーソニック05 。 |
| 2006年11月2日代官山UNIT。 |
| 2007年3月4~6日 日本ツアー 新木場スタジオコースト・クラブダイアモンド・なんばハッチ。 |
| 2007年8月11日,12日 サマーソニック07。 |
| 2008年7月25日 フジロック・フェスティバル08。 |
ディスコグラフィー/アルバム
| 2005年2月リリース全英3位、全米112位英『NME』誌2005年・年間アルバムランキング1位。 |
| ア・ウィークエンド・イン・ザ・シティ''AWeekendintheCity''。 |
| 2007年1月日本先行発売全英2位、全米12位。 |
| 2008年8月21日先行デジタルリリース、同年10月21日フィジカルリリース(日本先行発売)。 |
| 全英8位、全米18位。 |
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1976年
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ゴードン・モークス (Gordon Moakes、)ベース... |
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1979年
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マット・トン (Matt Tong、)ドラム担当。マレ... |
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