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プロフィール
- ブーマー・ウェルズとは
- 来歴
- 人物
- エピソード
- 年度別打撃成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- CM出演
- 関連項目
グレゴリー・ドウェイン・“ ブーマー”・ウェルズ(GregoryDeWayne"Boomer"Wells,1954年4月25日-)は、アメリカ合衆国アリゾナ州出身の元プロ野球選手(内野手)。MLBでの登録名は「グレッグ・ウェルズ」(GregWells)。
来歴
| オールバニ州立大ではフットボールの選手を目指していたものの、NFLの入団テストに不合格となり、マイナー契約としてプロ野球界に進んだ。 |
| に阪急ブレーブスに入団。 |
| 登録名を『ブームを呼ぶ男』の意味のブーマーとした。 |
| 入団1年目から5年連続して3割を記録し、2年目のには打率.355、37本塁打、130打点で来日外国人選手初となる三冠王と、MVPを獲得、リーグ優勝に貢献した。 |
| には首位打者と打点王の2冠を獲得。 |
| 200cm、100kgの巨体からパワーヒッターを想像させるが、器用さと優れた選球眼を兼ね備えた打撃の名手であった。 |
| 非常に柔らかいスイングを持ち味とし、三振の少なさ、打率の高さは特筆に価する。 |
| 通算打率.317は4000打数以上では落合博満を上回り、右打者では最高成績である。 |
| ブーマー自身も「自分の本質はむしろアベレージヒッター」と自己分析している。 |
| また、守備でもゴールデングラブ賞を2回獲得している。 |
| 器用なことも自覚しており、「必要ならショートだって守るし、1番だって打つ」とも語っている。 |
| 現在は野球代理人(エージェント)であり、アメリカと日本の野球界の橋渡し役として活躍。 |
| ナイジェル・ウィルソンなどを日本球界に送り込んだ。 |
| ウィルソンが活躍していた頃に受けた週刊ベースボールのインタビュー(懐かしの外国人選手の今を紹介する企画)では、「(ウィルソンを日本ハムに送り込んだことについて)上田利治に恩返しがしたかった」と語っている。 |
人物
| 本拠地である阪急西宮球場での試合日には、実娘を連れてくることがあり、肩に小さな娘をちょこんと乗せて球場を出入りする姿がしばしば目撃されている。 |
| 恐妻家でもあり、日本での1日の小遣いは2,000円にされており、その中から食事代を出さねばならず、食事はフライドチキンとうどんばかりだったという。 |
| みかねた上田利治監督が「たまには牛も食わんとあかん」と、ステーキを何度もご馳走し、公私にわたって面倒を見たと言う。 |
| 阪急時代は、外国人選手といえどもタクシー送迎などの待遇はなく、自宅から阪急電車を利用して球場へ通っていた。 |
| 電車の扉が本人にとっては低すぎ、扉を「くぐって」電車に乗り込んでいたという。 |
| NPB公認の「選手名鑑」の「癖」の欄には、「ベンチで奇声をあげる」などと書かれていた。 |
| また、その巨漢ぶりと強打者ぶりから、「怪人ブーマー」とも称された。 |
| 来日初年度に、川崎球場で試合前の練習をした後「ところで本番の試合はどこでするんだろう」と思っていたところ、その後スタンドに観客が入ってきたので驚いたといわれている。 |
| 当のブーマーは川崎球場をアメリカで言うところの「マイナーリーグ」、つまり二軍の野球場だと思い込み、試合は別の野球場に移動して行うものだと考えていたらしい。 |
| また、その日の川崎球場は客が不入りで、それこそマイナーリーグ並みの僅かな観客数だったため、その光景には「これが日本のプロ野球なのか」と特に驚いたようである。 |
| サインを書く際には、サインの下に「ブーマー」とカタカナで署名し、またファンのサインの求めを決して断らず、ダイエーホークスへの移籍後も、平和台球場の前でファンの求めに応じて試合後も長く居残ってサインする姿が見られた。 |
| 阪急ブレーブスへの愛着は強く、阪急色を一新するオリックス球団と土井正三監督には不満も多かったようで、特に4番を外されたことについては、「土井監督は私に敬意を払わなかった」とコメントし、ダイエーへの移籍の要因となったと語っている。 |
| また、「オリックス・ブルーウェーブ」としての初の公式戦に、わざと「ブレーブス」のロゴのユニフォームを着てプレイしてみせたが、当初誰も気がつかなかった。 |
エピソード
| ブーマーの選手名は当初「ウェルズ」と登録される予定であったが、同年入団したバンプ・ウィルスと紛らわしいため、元々マイナー時代にファンからブームと呼ばれていたことから「ブームを呼ぶ男」という意味合いでブーマーという登録名を付けられることになった。 |
| ウィルスも同様に「バンプ」と登録された。 |
| 来日直後の阪急ブレーブスの春季キャンプでは、場外本塁打を連発する彼の姿をテレビのスポーツニュースで見たお年寄りが、衝撃のあまり心臓発作で倒れてしまったり、ブーマーの打った場外ホームランが近隣の民家に飛び込み、金魚鉢が壊れるなど、入団時から「飛ばし屋」としての話題に事欠かなかった。 |
| 阪急西宮球場では当初、ブーマーが打席に入った際には、アストロビジョンが当たった打球で故障しないようシャッターを下ろして保護しようという動きもあった。 |
| 「ブーマー曲線」なる打球の角度・伸びがシミュレーションされたこともある。 |
| また入団初年度に「場外本塁打を打ったら『ブーマーパン』というパンを観客にプレゼントする」という企画も球団で立てられたが、この年、場外本塁打は出ず初年度の本塁打数は17本に終わった、あえなく頓挫した。 |
| 7月13日に阪急西宮球場で飛距離162mの場外本塁打を放ちこのときの投手は、後に監督となった西武ライオンズの渡辺久信、落下地点が確認された本塁打としては日本最長記録となった。 |
| 前述の『ブーマーパン』企画を知る球団スタッフは残念がったという。 |
| オリックスブレーブス時代には、レフトスタンドを指差す「予告ホームラン」をし、見事レフトスタンドにホームランを打ったことがある。 |
| アンダースローの柳田豊(近鉄)を苦手としており、本来右打者だが、攻略のために左打席に立ったことがある。 |
| オリックス時代の9月25日のダイエーホークス戦。 |
| 3回裏にホームランを放った門田博光をホームで出迎えた際のハイタッチで門田の右腕が脱臼。 |
| この時、門田は登録抹消までには至らなかったが、シーズン終盤での貴重な約1週間を棒に振ってしまい、当事者ながら悪気はなかったブーマーもひどく落ち込んでしまった。 |
| 次の日の日本ハム戦では、「門田の分も」と心に期するものがあったようで、対戦相手の西崎幸広からホームランを放ち、試合後のヒーローインタビューでは「今日は何も言われなくても自然に燃えてきたよ。 |
| 」と答えている。 |
| しかし、この門田負傷は尾を引いてしまい、同年に近鉄・西武・オリックスの三者がペナント終盤まで競り合った末、近鉄優勝となったが、このハプニングがなければ違った結果が出ていたかもしれない、と評する者も多い。 |
| 56歳の時、日本のあるテレビ番組の企画でアトランタから来日。 |
| ほっともっとフィールド神戸でホームランの飛距離の限界を調査した。 |
| 本人の希望で金属バットを使用し、52球挑戦したが、結果は84メートルでホームランを打つことができなかったクイズ☆タレント名鑑愛と気合の2時間SP2011-2-20放送。 |
年度別打撃成績
| 各年度の太字はリーグ最高、はNPBにおける歴代最高。 |
| 阪急(阪急ブレーブス)は、1989年にオリックス(オリックス・ブレーブス)に球団名を変更。 |
タイトル
| 三冠王:1回(1984年)。 |
| 首位打者:2回(1984年、1989年)。 |
| 本塁打王:1回(1984年)。 |
| 打点王:4回(1984年、1987年、1989年、1992年)。 |
| 最多勝利打点:1回(1984年)。 |
表彰
| MVP:1回(1984年)。 |
| ベストナイン:4回(一塁手:1984年、1986年、1987年、1989年)。 |
| ゴールデングラブ賞:2回(一塁手:1986年、1987年)。 |
| オールスターゲームMVP:2回(1984年第2戦、1988年第1戦)。 |
| 月間MVP:2回(1984年8月、1989年4月)。 |
記録
| 通算打率:.317(4000打数以上では歴代5位、右打者では歴代1位)。 |
| 4年連続3割30本塁打(1984年-1987年、パ・リーグタイ記録)。 |
| 5試合連続本塁打:2回(1987年9月6日-9月11日、1989年4月9日-16日)。 |
| シーズン満塁本塁打:4本(1987年、パ・リーグタイ記録)。 |
| シーズン勝利打点:21(1984年、パ・リーグ記録)。 |
| オールスターゲーム出場:5回(1984年-1986年、1988年、1989年)。 |
| 1000試合出場:1991年9月6日(298人目)。 |
背番号
| 44(1983年-1991年)。 |
| 23(1992年)。 |
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1954年
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グレゴリー・ドウェイン・“ブーマー”・ウェル... |
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1991年
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1000試合出場:(298人目) |
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