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プロフィール
- ホワイトスネイクとは
- 成り立ちと初期
- ホワイトスネイク 1978-1982
- ホワイトスネイク 1982-1994
- 停滞期~再結成、現在
- ヴォーカル
- ギター
- ベース
- ドラムス
- キーボード
- スタジオ・アルバム
- ライブ・アルバム
- コンピレーション・アルバム
- 日本公演
- 関連サイト
ホワイトスネイク(Whitesnake)は、1977年に活動を開始したイギリスのハードロックバンド。元 ディープ・パープルのデイヴィッド・カヴァデール(ヴォーカル)を不動のフロントマンとし、他のメンバーは彼をサポートをする形をとっている。
成り立ちと初期
| ディープ・パープル解散後の1976年、デイヴィッド・カヴァデールはソロ・アーティストとして活動を開始した。 |
| このとき作曲と演奏の両面で共同制作者としてサポートしたのがギタリスト・ソングライターのミッキー・ムーディである。 |
| グループ名ともなる「Whitesnake」という共作が収められた最初のソロ・アルバム『ホワイトスネイク』(1977)、そして2作目の『ノースウィンド』(1978)をロジャー・グローヴァーの下で制作し、カヴァデールを中心としたグループホワイトスネイクが形成されていく。 |
ホワイトスネイク 1978-1982
| 初期のメンバーは前出のミッキー・ムーディに、元ストリート・ウォーカーズのディヴ・ドウルとブライアン・ジョンストン、バーニー・マースデン、ニール・マーレイ。 |
| さらにジョンストンがピート・ソリーに代わりグループがスタートする。 |
| 1978年、グループのお披露目となるEPアルバム『スネイクバイト』からDavidCoverdale'sWhitesnake名義のバンド活動がスタートし、同年初のフルアルバム『トラブル』(このアルバムからDavidCoverdale'sが取れ、シンプルにWhitesnakeとなる)からジョン・ロードが参加、後にはやはり元ディープ・パープルのドラマーイアン・ペイスも合流する。 |
| ディープ・パープルのメンバーが三人も集まっていたが、ホワイトスネイクの音楽性はデイヴィッド・カヴァデール自身が傾倒するブルースとハードロックを基本としていた。 |
| UKチャートでトップ20に上ったシングル「フール・フォー・ユア・ラヴィング」(1980年)、「ドント・ブレイク・マイ・ハート・アゲイン」(1981年)などのスマッシュ・ヒット曲も出て、英国、欧州そして日本では根強い人気を誇った。 |
| 1981年の来日公演も成功した。 |
| だが、ディープ・パープル時代からの恩人でもあるロードとペイスも、カヴァーデール主導で動くホワイトスネイクでは待遇が悪いことに不満を感じており、ペイスは他のバンドからの誘いなどを理由に脱退していった。 |
| 分解してしまったホワイトスネイクは、これを機会にメンバーをリセットし、新バンドとして再構築を図ることとなった。 |
| 1982年になってデイヴィッド・カヴァデールの娘の病気を理由に、グループは一時活動休止するとマネージメントが発表した。 |
ホワイトスネイク 1982-1994
| 80年代に入ると、ホワイトスネイクは全米での成功を悲願とするようになる。 |
| しかしデイヴィッド・カヴァデールの私生活を巡る問題、特にハード・ドラッグの乱用(コカイン中毒)による家庭内のトラブルが裁判沙汰となって活動が頓挫。 |
| 更にメンバーとマネージメント側との金銭的問題などが発生する。 |
| またプロデューサーであったマーティン・バーチとミッキー・ムーディは衝突を繰り返した。 |
| 1982年、アルバム『セインツ・アンド・シナーズ』をリリース。 |
| このアルバムに参加メンバーのクレジットはなく、またアルバムのリリース時には既にデイヴィッド・カヴァデールは他のメンバーを解雇していた。 |
| デイヴィッド・カヴァデールはこれを機会にメンバーをリセットし、新バンドとしてホワイトスネイク再構築を図ることとなった。 |
| ジョン・ロードとミッキー・ムーディがバンドに復帰し、ベース・プレイヤーのコリン・ホッジキンソン、元トラピーズのギタリスト・ソングライターのメル・ギャレィ、コージー・パウエルが集められた。 |
| 1983年にアメリカのゲフィン・レコードとの契約を結び、翌1984年1月、新生ホワイトスネイクによる『スライド・イット・イン』を発表。 |
| このアルバムは、アメリカ盤ではギターがミッキー・ムーディから元シン・リジィのギタリストジョン・サイクスに、ベースもコリン・ホッジキンソンからニール・マーレイに差し替えられ、ミックスもラジオで聞きやすいものに変更されていた。 |
| このアルバムはグループ初のアメリカでのダブル・プラチナ・ディスクとなる。 |
| だが、このアルバムの成功によってツアーの厳しさは増し、メル・ギャレイが怪我を理由にグループを抜け、コージー・パウエルも1985年のツアーの後にグループを去った。 |
| ジョン・ロードもディープ・パープル再結成のためにグループを去っている。 |
| 1987年、3年ぶりのアルバム『Whitesnake(WS1987、日本での当時の別題:サーペンス・アルバス〈白蛇の紋章〉)』は、かつての母国でのヒット曲2曲をアレンジして再録しているが、スタイルは前作よりさらに洗練され、より明快でドラマティックな起伏にとんだ構成になっている。 |
| またレコーディングの前にデイヴィッド・カヴァデールは痛めていた喉の手術をして高音がよく響くようになり、金髪に染めたこともあってかつてのロバート・プラントを髣髴とさせるようになっていた。 |
| このアルバムは全米で2位、800万枚以上を売り上げ、(2007年までにアメリカだけでも1000万枚を超える)大成功をおさめる。 |
| 他方でこのアルバムがアメリカ向きとなっている点とレッド・ツェッペリンを真似ていることを強く批判されることになったが、質の高さは疑いようもなく、現在でもロック史上に残る作品として記憶されている。 |
| なお、このアルバムを共同制作したジョン・サイクスらは作品発表時にはバンドを解雇されており、プロモーション・ヴィデオの撮影に集められた元ヴァンデンバーグのエイドリアン・ヴァンデンバーグ(ギター)、元ディオのヴィヴィアン・キャンベル(ギター)、元オジー・オズボーン・バンドのトミー・アルドリッジ(ドラムス)、元クワイエット・ライオットのルディ・サーゾ(ベース)が新生ホワイトスネイクとなった。 |
| MTVでは彼らの曲が頻繁にオン・エアされ、カヴァデールの当時の恋人TawnyKitaen(後に1989年に結婚/1991年に離婚)が出演するプロモーション・ヴィデオも注目を集めた。 |
| 新メンバーによるワールド・ツアーも人気を博した。 |
| ツアー後キャンベルが脱退。 |
| 次作に向けての曲作りはカヴァデールとヴァンデンバーグを中心に行われた。 |
| しかしレコーディングを前にヴァンデンバーグが腕を負傷し、急遽スティーヴ・ヴァイが起用されてギター・パートを担当した。 |
| このアルバム『スリップ・オブ・ザ・タング』は1989年に発売され、300万枚を売り上げた。 |
| その後グループは1991年に活動を中断し、1994年に『グレイテスト・ヒッツ』をリリース。 |
| プロモーションのためにこの年のみライヴ活動を行った後ホワイトスネイクは長期間の活動休止状態に入る。 |
停滞期~再結成、現在
| 1997年、エイドリアン・ヴァンデンバーグとの共同制作によるカヴァデールのソロ色の強いアルバム『レストレス・ハート』や、7月そのプロモーション活動の一環で訪れた日本でのヴァンデンバーグとデイヴィッド・カヴァデールのデュオによるアンプラグド形式のショウを収めたスタジオ・ライヴ・アルバム、『スターカーズ・イン・ジャパン〜アコースティック・ライヴ・イン・ジャパン』などをリリースした。 |
| しかしデイヴィッド・カヴァデールと所属レコード会社EMIの思惑が異なっていたため、パーマネントなメンバーによる精力的な活動からはほど遠いものであり、ヴァンデンバーグはこれ以降一時期音楽ビジネスを離れることとなる。 |
| また、デイヴィッド・カヴァデールはソロ活動や1993年のジミー・ペイジとのプロジェクトカヴァデール・ペイジに取り組んだ。 |
| 2003年9月、25周年記念ツアーのためにホワイトスネイクはまったく新しいメンバーで再結成された。 |
| 以降はライヴ活動を中心とするようになる。 |
| 2006年5月には来日ツアーも行われ、新たなパートナーであるギタリスト、ダグ・アルドリッチとの共作による新曲も披露された。 |
| 2008年4月には、待望のニューアルバム『グッド・トゥ・ビー・バッド』がリリースされ、10月来日公演を行った。 |
| 2011年には3年ぶりの新作『フォーエヴァーモア』が発売され、それに伴うツアーといくつかのフェスティバル出演が予定されている。 |
スタジオ・アルバム
| スネイクバイト-''Snakebite''(1978年、DAVIDCOVERDALE'SWHITESNAKE名義のミニアルバム)。 |
| トラブル-''Trouble''(1978年)。 |
| ラヴハンター-''Lovehunter''(1979年)。 |
| フール・フォー・ユア・ラヴィング-''Readyan'Willing''(1980年)。 |
| カム・アンド・ゲット・イット-''Comean'GetIt''(1981年)。 |
| セインツ・アンド・シナーズ-''Saints&Sinners''(1982年)。 |
| スライド・イット・イン-''SlideItIn''(1984年)。 |
| スライド・イット・イン~アメリカン・リミックス・ヴァージョン-''SlideItIn(AmericanRemixVersion)''(1984年)。 |
| 白蛇の紋章〜サーペンス・アルバス-''Whitesnake''(1987年)。 |
| スリップ・オブ・ザ・タング-''SlipoftheTongue''(1989年)。 |
| レストレス・ハート-''RestlessHeart''(1997年)。 |
| グッド・トゥ・ビー・バッド-''GoodtoBeBad''(2008年)。 |
| フォーエヴァーモア-''Forevermore''(2011年)。 |
ライブ・アルバム
| ライヴ・アット・ハマースミス-''LiveatHammersmith''(1980年)。 |
| ライヴ…イン・ザ・ハート・オブ・ザ・シティ-''Live...intheHeartoftheCity''(1980年)。 |
| スターカーズ・イン・トーキョー〜アコースティック・ライヴ・イン・ジャパン-''StarkersinTokyo''(1998年)。 |
| グレイテスト・ヒッツ・ライヴ+4NEWSONGS-''Live:IntheShadowoftheBlues''(2006年)。 |
コンピレーション・アルバム
| グレイテスト・ヒッツ-''Whitesnake'sGreatestHits''(1994年)。 |
日本公演
| 6月22日、23日浅草国際劇場、27日 名古屋市公会堂、29日、30日 大阪フェスティバルホール、追加公演25日、26日 中野サンプラザ、 。 |
| 9月18日長野カノラホール、19日愛知県芸術劇場、21日東京国際フォーラムホールA、23日ZeppSapporo、24日ZeppSendai、25日ZeppTokyo、27日ZeppOsaka、28日ZeppFukuoka。 |
| 5月9日ZeppFukuoka、10日広島郵便貯金ホール、12日名古屋市民会館、14日パシフィコ横浜国立大ホール、15日アクトシティ浜松、16日グランキューブ大阪メインホール、18日新潟テルサ、19日ZeppSendai、21日東京国際フォーラムホールA。 |
| 2008年デフ・レパードとのジョイント・ツアー。 |
| 10月23日・24日日本武道館、27日 大阪城ホール、28日 日本ガイシホール。 |
| 10月15日 LOUDPARK さいたまスーパーアリーナ、17日 尼崎アルカイックホール、18日 岡山市民会館、20日 メディキット県民文化センター、22日 刈谷市総合文化センター。 |
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1976年
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デイヴィッド・カヴァデールはソロ・アーティ... |
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1977年
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活動を開始したイギリスのハードロックバンド |
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