| ;ポジションと得点力。 |
| File:Jordan_by_Lipofsky_16577.jpg|thumb|ダンクを試みるジョーダン。 |
| 舌を出すのが、彼のトレードマークであるこの癖は、彼の祖父が車の修理をするときによく舌を出しながら作業していたことに影響されてのもの。 |
| 2シーズン弱の引退期間を除いて、入団(1984年)から二度目の引退(1998年)までの13シーズンをシカゴ・ブルズで過ごした。 |
| ポジションは基本的にシューティングガード(以下SGと表記)を務めていたが、198cm・99kgの体格を活かしてポイントガードやスモールフォワードでも難なくプレイできるオールラウンダーであった。 |
| 二度目の引退を表明した1997-98シーズン終了時点で、。 |
| シーズン得点王-通算十回。 |
| 通算29,277得点-歴代第三位。 |
| 一試合平均31.5得点-歴代第一位。 |
| という輝かしい記録を保持していたことから、高い得点能力を有していたことが伺える。 |
| インサイドでは、華麗なムーヴから生み出される迫力満点のダンク、独創的なステップとマッチアップマンの裏をかくドリブルリズムの変化と方向転換から繰り出すレイアップを多用し、アウトサイドにおいては、長い滞空時間を活かして流麗なフォームより放たれるフェイドアウェイジャンパーなど、幅広いオフェンススキルを駆使して得点を量産した。 |
| 初期のジョーダンのトレードマークは、『エアー(Air)』と形容される長い滞空時間の豪快なダンクと、空中で体勢を変えてディフェンダーをかわす技術(ダブルクラッチ)など、他の選手が決して真似できないような空中でのプレイであり、毎度繰り出されるアクションにファンは酔いしれた。 |
| 運動能力が著しく低下したキャリア後期には、ゴール方向より後方にジャンプしてディフェンダーから遠ざかりつつシュートを放つフェイドアウェイジャンパーを必殺武器とし、ミドルレンジから得点を奪った。 |
| このようにプレイスタイルに変化はあったものの、選手生活を通じて得点能力の高さは維持されていた。 |
| 一方で、長距離シュートを担うことが多いSGでありながら、3ポイントシュート試投数、成功数はあまり多くなかった。 |
| 成功数が100本を超えたのは1995-96、1996-97の2シーズンのみである。 |
| 名シューターと呼ばれた選手の多くがキャリアで1000本以上を記録する昨今において、ジョーダンの通算成功数は581本(レギュラーシーズンに限る)と決して多くなかった。 |
| また、1990年のオールスター戦前夜のスリーポイントコンテストに出場した際は、歴代最少記録の5本に終わっている。 |
| ;大舞台での実績。 |
| 大舞台での驚異的な勝負強さもジョーダンの特徴のひとつである。 |
| プレイオフの緊迫した状況での活躍は数々の名場面を生み出し、その度に勝利を勝ち取る姿はファンの記憶に残ることとなった。 |
| ジョーダンは6度のNBA優勝(1991年-93年、1996年-98年)を勝ち取り、5度のレギュラーシーズンMVPに輝いた(1988年、1991年、1992年、1996年、1998年)。 |
| 1985年にはルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人王)を獲得。 |
| 6度の優勝の際にはそれぞれファイナルMVPを受賞した。 |
| ジョーダンはレギュラーシーズン、ファイナル、オールスターのMVP3冠を1996年と1998年に2度達成している。 |
| 他にMVP三冠を達成したプレイヤーは、1970年のウィリス・リードと2000年のシャキール・オニールだけである。 |
| オフェンス面で卓越していただけでなく、リーグ屈指の優秀なディフェンダーでもあった。 |
| 1988年以降は、引退していたシーズンを除いて1998年まで9回オールNBAディフェンシブ1stチームに選出されている。 |
| 1988年にはシーズンMVPと最優秀守備選手を同時受賞した。 |
| 最も目立つのはキャリア通算2514スティールで、これはジョン・ストックトンに次ぐ歴代2位であり、一試合平均で2.35スティールは歴代3位の記録。 |
| キャリア初期は、その跳躍力に物を言わせてガードとしては異例の平均1本以上のブロックショットを記録していた。 |
| NBAの大物ジェリー・ウェストをして、「ジョーダンのディフェンス能力はオフェンス以上に強烈だった」と言わしめるほどであった。 |
| 1998年のNBAファイナル第6戦のウィニングショットも、ユタ・ジャズのカール・マローンからのスティールから生まれた。 |
| リバウンドでも一試合平均で6.2本と、同ポジションとしては非常に高い数字を残している。 |