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プロフィール
- ヤマトタケルとは
- 名称
- 系譜
- 物語
- 西征
- 東征
- 草薙剣
- ヤマトタケル説話の構成
- 祭祀
- 神社
- 参考文献
- 関連サイト
ヤマトタケル(やまとたける、72年頃–113年頃)は、記紀に登場する皇子である。ヤマトタケルノミコト( やまとたけるのみこと)とも呼ばれ、諱は小碓尊(命)(おうすのみこと)。第12代 景行天皇の皇子・第14代 仲哀天皇の父とされる。 津田左右吉の説では、実際には4世紀から7世紀ごろの数人の大和(ヤマト)の英雄を統合した架空の人物とされる。
名称
| 『日本書紀』、『先代旧事本紀』では日本武尊、『古事記』では倭建命に作り、またの名を日本童男・倭男具那命(やまとをぐな)ともいった。 |
| また、『尾張国風土記』逸文と『古語拾遺』では日本武命、『常陸国風土記』では倭武天皇、『阿波国風土記』逸文では倭健天皇(または倭健天皇命)に作る |
系譜
| ヤマトタケルは『日本書紀』、『先代旧事本紀』では景行天皇の第二皇子。 |
| 『古事記』では第三皇子。 |
| 母は播磨稲日大郎姫(はりまのいなびのおおいらつめ)。 |
| 妃:両道入姫皇女ふたじのいりひめのひめみこ。 |
| 垂仁天皇の皇女。 |
| 稲依別王(いなよりわけのみこ)-犬上君、建部君の祖。 |
| 足仲彦天皇(仲哀天皇)。 |
| 布忍入姫命(ぬのしいりひめのひめみこ)。 |
| 稚武王(わかたけのみこ)-近江建部君の祖、宮道君等の祖(『先代旧事本紀』)。 |
| 妃:吉備穴戸武媛きびのあなとのたけひめ。 |
| 吉備武彦の娘。 |
| 武卵王(たけかいこのみこ、武殻王・建貝児王)-讃岐綾君・宮道君の祖。 |
| 十城別王(とおきわけのみこ)-伊予別君の祖。 |
| 妃:弟橘媛おとたちばなひめ。 |
| 穂積氏忍山宿禰の娘) 9男を生む(『先代旧事本紀』)。 |
| 稚武彦王(わかたけひこのみこ)。 |
| 妃:山代之玖玖麻毛理比売(やましろのくくまもりひめ)。 |
| 足鏡別王 (あしかがみわけのみこ、蘆髪蒲見別王・葦噉竈見別王)-鎌倉別の祖。 |
| 妃:布多遅比売ふたじひめ。 |
| 近淡海国造の祖・意富多牟和気の娘。 |
| (稲依別王)→両道入姫皇女の所生か。 |
| 一妻(『古事記』では名は不詳、『先代旧事本紀』では橘媛)。 |
| 息長田別王おきながたわけのみこ。 |
| 『古事記』、『先代旧事本紀』)-阿波君等の祖(『先代旧事本紀』)。 |
| 兄に大碓命。 |
| 『日本書紀』、『先代旧事本紀』7巻天皇本紀 |
| 『古事記』、『日本書紀』、『先代旧事本紀』ではヤマトタケルの兄弟や、妃と子の関係にかなりの異同がある。 |
| また『古事記』は倭建命の曾孫(ひひこ)である迦具漏比売命が景行天皇の妃となって大江王(彦人大兄)をもうけるという不可解な系譜を載せている。 |
| このことから吉井巌、菅野雅雄などは、景行天皇とヤマトタケルの親子関係について否定的な見解を示している。 |
物語
| 『古事記』と『日本書紀』岩波書店日本古典文学大系本『古事記』、『日本書紀』上による。 |
| による説話は、大筋は同じであるが、主人公の性格付けや説話の捉え方や全体の雰囲気に大きな差がある。 |
| ここではより浪漫的要素が強く、主人公や父天皇の人間関係から来る悲劇性に彩られた、『古事記』の方の説話を中心に述べてゆく。 |
| おおむね、『日本書紀』のほうが天皇賛美の傾向が強く、天皇に従属的である(『日本書紀』の説話は、『古事記』との相違点のみ逐一示す)。 |
西征
| 父の寵妃を奪った兄大碓命に対する父天皇の命令の解釈の行き違いから、小碓命は素手で兄をつまみ殺してしまう。 |
| そのことで小碓命は父に恐れられ、疎まれて、九州の熊襲建兄弟の討伐を命じられる。 |
| わずかな従者しか与えられなかった小碓命は、まず叔母の倭姫命が斎王を勤めていた伊勢へ赴き女性の衣装を授けられる。 |
| このとき彼は、いまだ少年の髪形を結う年頃であった。 |
| 兄殺しの話はなく、父天皇が一旦平定した九州地方で、再び叛乱が起きたため、16歳の小碓命を討伐に遣わしたとあり、倭姫の登場もなく、従者も与えられている。 |
| ;先代旧事本紀。 |
| (景行天皇)二十年(中略)冬十月遣日本武尊令擊熊襲時年十六歲按日本紀當作二十七年 |
| 九州に入った小碓命は、熊襲建の新室の宴に美少女に変装して忍び込み、宴たけなわの頃を狙ってまず兄建を斬り、続いて弟建に刃を突き立てた。 |
| 誅伐された弟建は死に臨み、その武勇を嘆賞し、自らをヤマトヲグナと名乗る小碓命に譲って倭建(ヤマトタケル)の号を献じた。 |
| 熊襲の首長が川上梟帥〈タケル〉一人とされている点と、台詞が『古事記』より、天皇家に従属的な点を除けば、ほぼ同じである。 |
| ヤマトタケルノミコトは日本武尊と表記される。 |
| その後、倭建命は出雲に入り、出雲建と親交を結ぶ。 |
| しかし、ある日、出雲建の太刀を偽物と交換した上で、太刀あわせを申し込み殺してしまう。 |
| 崇神天皇の条に出雲振根と弟の飯入根の物語として、全く同型の話が見えるが、日本武尊の話としては出雲の話は全く語られていない。 |
| 熊襲討伐後は吉備や難波の邪神を退治して、水陸の道を開き、天皇の賞賛と寵愛を受ける。 |
東征
| 西方の蛮族の討伐から帰るとすぐに、景行天皇は重ねて東方の蛮族の討伐を命じる。 |
| 倭建命は再び倭姫命を訪ね、父天皇は自分に死ねと思っておられるのか、と嘆く。 |
| 倭姫命は倭建命に伊勢神宮にあった神剣天叢雲剣(草薙剣)と袋とを与え、「危急の時にはこれを開けなさい」と言う。 |
| 当初、大碓命が東征の将軍に選ばれたが、彼は怖気づいて逃げてしまい、かわりに日本武尊が名乗りを挙げる。 |
| 天皇は最大の賛辞と皇位継承の約束を与え、吉備氏や大伴部氏をつけて出発させる。 |
| 日本武尊は伊勢に寄って、倭姫命より天叢雲剣を賜る。 |
| 『日本書紀』では兄大碓命も存命で、意気地のない兄に代わって日本武尊が自発的に征討におもむく展開となっている。 |
| 天皇の期待を一身に受けて、出発する日本武尊像は栄光に満ちており、『古事記』の涙にくれながら旅立つ倭建命像とは、イメージに大きな開きがある。 |
| 倭建命はまず尾張国造家に入り、美夜受媛(宮簀媛)と婚約をして東国へ赴く。 |
| 相模の国で、国造に荒ぶる神がいると欺かれた倭建命は、野中で火攻めに遭ってしまう。 |
| そこで叔母から貰った袋を開けたところ、火打石が入っていたので、草薙剣(天叢雲剣)で草を掃い、迎え火を点けて逆に敵を焼き尽くしてしまう。 |
| 駿河のこととなっているが大筋はほぼ同じで、焼津の地名起源になっている。 |
| 相模から上総に渡る際、走水の海(横須賀市)の神が波を起こして倭建命の船は進退窮まった。 |
| そこで、后の弟橘媛が自ら命に替わって入水すると、波は自ずから凪いだ。 |
| 「こんな小さな海など一跳びだ」と豪語した日本武尊が神の怒りをかったことが明記されており、同様に妾の弟橘媛の犠牲によって難を免れたことが記されているが、和歌の挿入はない。 |
| その後倭建命は、足柄坂(神奈川・静岡県境)の神を蒜(ひる=野生の葱・韮)で打ち殺し、東国を平定して、四阿嶺に立ち、そこから東国を望んで弟橘姫を思い出し、「吾妻はや」(わが妻よ……)と三度嘆いた。 |
| その後、科野(しなの=長野県)を経て、倭建命は尾張に入る。 |
| 陸奥平定後は『古事記』同様に、甲斐酒折宮へ入り、「新治…」を詠んだあと、武蔵(東京都・埼玉県)、上野(群馬県)を巡って鳥居峠(群馬・長野県境)で、「あづまはや……」と嘆く。 |
| 尾張に入った倭建命は、かねてより結婚の約束をしていた美夜受媛と歌を交わし、その際媛が生理中であることを知るが、そのまま結婚してしまう。 |
| そして、伊勢の神剣草薙剣(天叢雲剣)を美夜受媛に預けたまま、伊吹山(岐阜・滋賀県境)へその神を素手で討ち取ろうと、出立する。 |
| 山を降りた倭建命は、居醒めの清水(山麓の関ヶ原町あるいは米原市の両説あり)で正気をやや取り戻すが、すでに病の身となっていた。 |
| 父天皇は寝食も進まず、百官に命じて日本武尊を能褒野陵に葬るが、日本武尊は白鳥当時の“白鳥”は現在のハクチョウのみを指すのではなく、白鷺など白い鳥全般を指している。 |
| 白鳥は伊勢を出て、河内の国志幾に留まり、そこにも陵を造るが、やがてまたその地より天に翔り、行ってしまう。 |
| 白鳥の飛行ルートが能褒野→大和琴弾原(奈良県御所市)→河内古市(大阪府羽曳野市)となっていて、その3箇所に陵墓を作ったとしている。 |
草薙剣
| この説話では、駿河で野火攻めに遭った時、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)で草をなぎ払って難を逃れたことより、この剣が“草薙剣”(くさなぎのつるぎ)と呼ばれるようになったものとしている。 |
| なお、草薙剣はこの後、ミヤズヒメの元、尾張の熱田神宮にて祀られたが、天智7年(668年)僧道行によって盗まれ、その後は宮中に留め置かれた。 |
| ところが、朱鳥元年(686年)に天武天皇の病気が草薙剣の祟りとわかり、剣は再度熱田神宮に祭られることになった。 |
ヤマトタケル説話の構成
| 妃に野洲の布多遅比売がおり、その子は稲依別王で建部氏や犬上氏の祖であること、近江の一の宮が建部神宮で祭神がヤマトタケルであること…などから近江=滋賀県がヤマトタケルとつながりの深いことがわかる。 |
| 日本においては、桃太郎や一寸法師など童形の英雄によって悪の征伐がなされるという説話が多く見られるが、このくだりについても同様の類型性がうかがえるとされる。 |
| 死に際する彷徨の物語が、伊勢神宮の神戸の見られる地域で語られ、かつ伊勢斎宮の制度を確立した天武天皇の壬申の乱の際の進軍ルートに重なることから、伊勢とのかかわりが考えられるが、横田健一は『皇太神宮儀式帳』や『倭姫命世記』にヤマトタケルの物語が見えないことを指摘している。 |
| 吉井巌は、聖徳太子の弟で、実在する初の皇族将軍である来目皇子が出征先の九州で病死したことがモデルとなっているとする。 |
祭祀
| その他、白鳥陵が、『日本書紀』に即して大阪府羽曳野市(軽里大塚古墳)と奈良県御所市に比定されている。 |
| また、ヤマトタケルの息子が創始したといわれる建部大社(滋賀県大津市)や、白鳥と化したヤマトタケルが最後に降り立ったところに建てられたとされる大鳥大社(大阪府堺市西区)の主祭神として祀られている。 |
神社
| 走水神社日本武尊の父である景行天皇が、この地に日本武尊を祀ったのに始まると伝えられる。 |
| 古事記に記された日本神話によれば、110年に日本武尊が走水から上総へ向かう途中、海上で難に遭い、弟橘媛命が身を投じてその難を救ったと伝えられる。 |
参考文献
| 『古事記』『日本書紀』『風土記』(岩波書店日本古典文学大系)。 |
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