28945
29210
332319
%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC
%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC
%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC
%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC
%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC
0
|
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
- ラルフ・ネーダーとは
- 概要
- 来歴・人物
- 自動車産業との戦争
- 消費者運動
- 2000年アメリカ合衆国大統領選挙
- 2004年アメリカ合衆国大統領選挙
- 2008年アメリカ合衆国大統領選挙
- エピソード
- 出典
- 関連項目
- 関連サイト
ラルフ・ネーダー(RalphNader,1934年2月27日-)は、アメリカの弁護士・社会運動家。
概要
| 長年環境問題、消費者の権利保護問題や民主化問題に携わっている。 |
| 近年のアメリカの対外政策は帝国主義的で、大企業への利益誘導を行っており、民主主義の根本と人道に反しているとして批判をしている。 |
| 大企業の持つ力にも批判的である。 |
| 独立系の大統領候補として有名であり、1996年と2000年には緑の党から立候補した。 |
| しかし、2004年の選挙では緑の党から公認を得られず、無所属候補として出馬した。 |
| そして、幾つかの州で改革党などから公認を得て選挙戦を戦った。 |
来歴・人物
| コネティカット州ウィンステッド出身で、両親は正教徒(ギリシャ正教系)のレバノン系移民であった。 |
| 両親がアラビア語を母語としていたため、ラルフもまたアラビア語と英語を話して育った。 |
| 1955年にプリンストン大学を卒業し、ハーバード大学ロースクールを1958年に卒業した。 |
| その後、アメリカ陸軍を除隊した1959年からハートフォードで弁護士として働き始めた。 |
| 1961年から1963年までハートフォード大学の歴史学と政治学の教授を務めたが、1964年に突如ヒッチハイクでワシントンD.C.に行き、労働次官であるダニエル・パトリック・モイニハンのアシスタントの職を得ながら雑誌への投稿を行っていた。 |
| 彼はまた上院の自動車安全問題分科会のアドバイザーも務めた。 |
| 1980年代初頭にはアメリカ食品医薬品局が眼科治療用の人工レンズ移植の大規模実験を許可したことに反対するロビー活動の先頭に立った。 |
自動車産業との戦争
| 1965年、彼は『どんなスピードでも自動車は危険だ:アメリカの自動車に仕組まれた危険』''UnsafeatAnySpeed:TheDesigned-InDangersoftheAmericanAutomobile''という乗用車の欠陥を指摘する本を出版し全米に衝撃を与えた。 |
| アメリカの自動車産業がシートベルトなど安全装置の導入に抵抗し、安全性向上のための投資を渋っていると述べ、特にゼネラルモーターズ製「シボレー・コルヴェア」に欠陥が多いと告発した。 |
| (ただし、その最大の要因であるサスペンションの設計は1964年製からは変更されていた)。 |
| GMはこの本を徹底的に無視する一方、彼を貶める為に探偵をも雇って粗探しをしたが失敗し、逆にプライバシーの侵害であるとしてネーダーに訴えられて賠償金を支払うことになった。 |
| また1966年には上院の自動車安全問題分科会への出席を余儀なくされ、ネーダーに一連の妨害を謝罪することとなり、その後コルヴェアは生産中止に追い込まれた。 |
| また彼は、今も使われているアメリカの交通安全のための政策標語「三つのE」(技術、執行、教育の徹底"Engineering,Enforcement,Education"は自動車の真の問題、たとえば最大積載の際の重さに耐えられないようなタイヤを売る会社があるような事実から目をそらすために作られたと告発している。 |
| 今でもこの本の告発のいくらかには今日的意義がある。 |
| ネーダーが自動車会社による政治的干渉だと感じた、新しい安全装置への導入反対の動きに対する非難である。 |
| ある者はこれを、今日のエアバッグ標準装備化をめぐる議論や、EUで行われている、前方歩行者との衝突の際に自動車がどれだけ歩行者にあたえる衝撃を抑えることができるか検証するための衝突テストを、アメリカへの導入を自動車業界がなんとか遅らせようとしている問題と同様と見ている。 |
消費者運動
| ともあれアメリカ政府はネーダーの本を受ける形で自動車と交通の安全に関する法律や部署を設置し、ネーダーの告発は勝利に終わった。 |
| 彼はその後も自動車の安全を監視する組織を運営している。 |
| さらにネーダーの運動に刺激された幾百の若い消費者運動家たち(ネーダーズ・レイダーズ、「ネーダー突撃隊」)とともにさまざまな方面の消費者保護運動に携わり、政府や産業界の環境、福祉、健康、政治腐敗などの問題点を次々に告発した。 |
| 1971年にはこれらを傘下におさめる上部組織であるNGO「パブリック・シチズン」を設立、現在では15万人の会員を擁し政府や議会、産業界などを調査・監視しているほか、国民の健康を守ったり消費者の権利を保障したりするためのさまざまな法案を通したり政府機関の設立に寄与した。 |
[[2000年アメリカ合衆国大統領選挙]]
| 1996年に続いてネーダーはウィノナ・ラデューク副大統領候補と共に選挙戦を戦った。 |
| 人々の中には、ネーダーのような独立系候補や第三の政党が、民主・共和両党による大統領候補討論会から除外されているために彼らは疎外されて選挙戦の支援を受け難くなっていると考える者も居り、このことから市民討論会が開催された。 |
| その一方で、共和党のジョージ・W・ブッシュ候補と民主党のアル・ゴア候補が大接戦を繰り広げていた為、民主党支持者の中には勝利の目が無いのにも拘らず立候補していたネーダーを非難する者も存在した。 |
| ネーダーは、選挙費用の公費援助が受けられる得票率5%を目標にした。 |
| 結果、ゴア候補への支持者の流出もあり、実際のネーダーの全国得票率は2.7%に留まった。 |
| しかし、投票方式問題が発生したフロリダ州やニューハンプシャー州では両候補の得票差を彼の得票が上回るという事態が発生した。 |
| 専門家はこの事態がブッシュの勝利に対して大きな影響を及ぼしたと見ている。 |
| こういった状況を避ける為、予め民主党は、接戦の州では「“ネーダーへの投票”=“ブッシュへの投票”である」というキャンペーンを張り、また、有権者の間では、ブッシュの勝利が磐石な州のゴア支持者がネーダーに投票する見返りに接戦の州のネーダー支持者がゴアへ投票するという行動も見られた。 |
| このように、選挙戦のキャスティング・ボートを握っていたネーダー陣営は、民主党からの批判に対し、「地元テネシー州で勝てば自力でゴアは勝利できたのにゴア陣営は敗戦の責任をこちらになすり付けている」と反論し、さらに、上記の「戦略投票」に対しては良心に従って投票するよう求めていた。 |
[[2004年アメリカ合衆国大統領選挙]]
| この選挙戦においては、2003年12月に予めネーダーは緑の党の候補としては立候補しないと表明していた。 |
| 2000年の結果も受けて、民主党はネーダーの立候補を阻止しようと動き、ジョン・ケリー候補自身も個人的に会談を行ったがネーダーは拒否した。 |
| そして、ネーダーは2004年6月に副大統領候補をペーター・ミゲル・カメーヨとすると表明した。 |
| 彼のスタンスは、緑の党の支持は受けても良いけれども公認を求めるつもりは無いというものだったが、緑の党は党大会で彼への支持を拒否し、ディビッド・コブを擁立した。 |
| 一方、共和党はネーダーの立候補で有利になると見て、密かに立候補を支援した『毎日新聞』2004年7月22日号「04米大統領選:再び旋風起こすかネーダー氏」。 |
| 前回に比べて大きく得票を減らし、456,356票、約0.4%の得票率にとどまった。 |
[[2008年アメリカ合衆国大統領選挙]]
| 2008年2月、テレビ番組で無所属による立候補を表明した。 |
| 2000年、2004年に続き民主・共和両党とは別の第3候補として挑戦する意向を表明した。 |
| 緑の党の指名は得られず、党はシンシア・マッキニーを擁立した。 |
| ネーダーが当選する可能性はゼロと見られるが、消費者保護や環境対策を前面に出した同氏の支持層は民主党の支持基盤と重なるため、同党候補の票を浸食する可能性が指摘された。 |
| 得票は736,804票、得票率約0.56%であった。 |
| 民主党のオバマが大勝したため、結果的にネーダーの影響力は僅かなものに留まった。 |
エピソード
| 倹約家でしかも反商業主義者であるネーダーは、除隊後にただ一度だけ訪れた陸軍の売店で12足もの靴と4ダースもの軍用靴下を買い、40年近く使い続けていたという。 |
出典
| 松谷富彦『公害のはなし ~公害をなくし、快適な環境をつくるために~』(ポプラ社、1981年)。 |
|
1934年
|
ラルフ・ネーダー(Ralph Nader, )は、アメ... |
|
1955年
|
プリンストン大学を卒業し、ハーバード大学ロ... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
アル・ゴア
アメリカ合衆国の政治家。環境問題の論客として知られ、ビル・クリントン政権の副大統領を1993年から2001年まで務めた。彼は2000年に大統領に立候補した。全... |
|
|
マイケル・ムーア
アメリカ合衆国のジャーナリスト、ドキュメンタリー映画監督、テレビプロデューサー、テレビディレクター、政治活動家。全米ライフル協会の会員だったがベト... |
|
|
宮尾すすむ
日本のタレント。本名は山口進(やまぐちすすむ)。 |
|
|
ロス・ペロー
アメリカ合衆国の実業家であり政治家。1992年の大統領選と1996年の大統領選に立候補した。 |
|
|
堤未果
日本のジャーナリスト、著作家。父は放送ジャーナリストのばばこういち、母は詩人の堤江実、夫は参議院議員川田龍平。 |
|
|
レイチェル・カーソン
アメリカ合衆国のペンシルベニア州に生まれ、1960年代に環境問題を告発した生物学者。アメリカ内務省魚類野生生物局の水産生物学者として自然科学を研究した... |
|
|
田中角栄
日本の政治家。衆議院議員(16期)、郵政大臣(第12代)、大蔵大臣(第67・68・69代)、通商産業大臣(第33代)、内閣総理大臣(第64・65代)などを歴任した。 |
|
|
ヒラリー・クリントン
アメリカ合衆国の政治家、弁護士。第67代国務長官(2009年-)、前職はニューヨーク州選出上院議員(民主党)。2008年の大統領選挙(民主党予備選挙)の候補者... |
|
|
ノーム・チョムスキー
エイヴラム・ノーム・チョムスキー(英語:AvramNoamChomsky、1928年12月7日-)はアメリカ合衆国の言語学者、思想家。マサチューセッツ工科大学教授。言語学... |
|
|
ビル・クリントン
アメリカ合衆国の政治家。第42代大統領(1993年-2001年)。愛称はババ(Bubba、南部英語で「兄弟」)。身長185cm。 |
|
|
佐藤栄作
日本の鉄道官僚、政治家。位階は従一位。勲等は大勲位。報道などでは新字体で佐藤栄作(さとうえいさく)と表記される場合も多い。内閣官房長官(第4代)、衆... |
|
|
山川静夫
山川静夫(やまかわしずお、1933年2月27日-)は元NHKアナウンサー。現在はフリーアナウンサーで芸能評論家(特に歌舞伎)、エッセイスト。 |
|
|
ジョン・マケイン
アメリカ合衆国の政治家である。パナマ生まれ。海軍兵学校卒業。連邦下院議員(1983年-1987年)、連邦上院議員(アリゾナ州選出、1987年-)。 |
|
|
ロン・ポール
アメリカ合衆国の政治家。テキサス州選出の連邦下院議員であり、任期は通算で10期目を数える。共和党所属。1974年に共和党議員へ立候補するも落選。その後197... |
|
|
高田賢三
日本のファッションデザイナーで、「ケンゾー」の創業者である。 |
|
|
白石かずこ
詩人。本名、白石嘉壽子。妹は白石奈緒美(女優・料理研究家)、白石冬美(女優・声優・DJ)がいる。カナダのバンクーバーに生まれる。7歳で帰国し、10代から詩を... |
|
|
ジョン・ケリー
アメリカの政治家。マサチューセッツ州選出上院議員。2004年アメリカ合衆国大統領選挙では、民主党の大統領候補に指名された。2009年よりアメリカ合衆国上院... |
|
|
夏木陽介
日本の俳優、ラリードライバー。本名:阿久沢有(たもつ)。 |
|
|
ラルフ・ネーダーさんについてのひとこと紹介
|
|
|
|