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プロフィール
- リチャード・アーミテージとは
- 人物と経歴
- アジア通・知日派
- ベトナム戦争での行動
- その他エピソード
- 論文・インタビュー
- 対談
- 関連文献
- 外部リンク
- 関連サイト
リチャード・リー・アーミテージ(RichardLeeArmitage,1945年4月26日-)は、アメリカ合衆国の政治家・軍人。知日派として日米外交に大きな役割を果たしてきた。
人物と経歴
| 1967年アナポリス海軍兵学校を卒業後(海軍少尉)、ベトナム戦争に従軍。 |
| 1973年、パリ協定の成立を知り停戦を拒んで除隊天木直人の2007年9月27日付ブログ「アーミテージの言葉」より。 |
| その後、国防総省情報局員としてサイゴンやテヘランなどで勤務。 |
| 上院議員であったボブ・ドール(のちに大統領候補になる)の秘書などを経て、1981年からはロナルド・レーガン政権の国防次官補代理、1983年から1989年までは国防次官補を務めた。 |
| その後は政策コンサルティング会社「アーミテージ・アソシエイツ」の代表。 |
| 2001年に発足したジョージ・ブッシュ政権下では2005年1月まで国務副長官を務めた。 |
| 国防戦略の専門家、共和党穏健派の重鎮として知られ、コリン・パウエル国務長官(当時)とともに国務省内で絶大な信頼を置かれていた。 |
| 現在は政治コンサルティング会社である「 |
| 2006年9月21日放送のCBS“60Minutes”においてパキスタンのムシャラフ大統領は、2001年のアメリカによるアフガニスタン侵攻の際に協力しなければパキスタンを「石器時代に戻す」とアーミテージから脅迫されたと告白した。 |
| アーミテージ自身は直後に「そのような表現は使っていないが、かなり強い言葉で要請したのは事実」とこれを認めている。 |
| パウエル国務長官とともに、イラク戦争の開始に反対した。 |
| 国務副長官を辞任した動機として、「ラムズフェルドを閣内に残してパウエルを辞めさせる政権にはついていけないと思ったから」と語っているボブ・ウッドワード(伏見威蕃訳)『ブッシュのホワイトハウス(下)』(日本経済新聞社、2007年)。 |
| ただし、1998年に新保守派のシンクタンク「新たなアメリカの世紀のための計画」からクリントン大統領に宛てて出された、当時の米国の対イラク政策を批判し、フセイン政権を武力で打倒するよう求める書筒にラムズフェルドらと共に賛同人として署名している。 |
| 2003年7月に、インタビューでCIA工作員の身元を漏洩してしまう(CIAリーク事件)。 |
| このことに関しては2006年9月のインタビューで「大統領、国務長官と国務省、家族に申し訳ないことをした」と述べており、自分に非があるということを認めている。 |
| 2008年アメリカ大統領選挙では共和党ジョン・マケイン陣営に属し、外交とくにアジア外交政策の政権構想に関与している。 |
| マケインとは共に米国海軍の出身で、後述のベトナム戦争への従軍など共通点が少なくない。 |
| 国務副長官就任前の上院での審議では、マケインやジェシー・ヘルムズから賛辞の声が相次いだ。 |
アジア通・知日派
| ベトナム戦争に従軍し、ベトナム語が堪能。 |
| また、レーガン政権の国防次官補代理職にあった時に、東アジアおよび太平洋地域を担当していたこともあり、知日派として知られ、現在は米国内の知日派政策エリートの保護者的立場にある。 |
| 1980年代の東芝機械ココム違反事件の際には、対日経済制裁に反対した。 |
| 日米間の安定的な安全保障システムの確立に貢献してきたほか、椎名素夫・佐々淳行など日本の政治家や官僚らとの繋がりも強い。 |
| 一方で、日本の核武装には否定的とされる。 |
| FSX開発問題では日本側との調整を担当している。 |
| 日本や東アジア全般の安全保障に関する発言が常に注目を集める。 |
| アーミテージの名が一般に広く知られるようになったきっかけとして、2000年に対日外交の指針としてジョセフ・ナイらと超党派で作成した政策提言報告「アーミテージ・レポート」(正式名称:INSSSpecialReport"TheUnitedStatesandJapan:AdvancingTowardaMaturePartnership")の存在が挙げられる。 |
| この報告書では、日本に対して有事法制の整備を期待する内容が盛り込まれた。 |
| 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を受けて、日本側に共闘を求めた。 |
| この時にいわゆる「ShowtheFLAG」(旗幟を明らかにしろ)発言があったとされる。 |
| ただし、柳井俊二駐米大使(当時)は、協力の要請があったことは認めたもののShowtheFlagという発言は否定している。 |
| 柳井俊二・五百旗頭真・伊藤元重ほか『シリーズ90年代の証言―外交激変』(朝日新聞社、2007年)。 |
| イラク戦争開戦時には日本の役割を野球にたとえて「Bootsontheground」と発言したことでも有名になった。 |
| また、2004年7月には日本国憲法第9条を日米同盟の障害とする主旨の発言をして物議をかもした。 |
| また、北朝鮮による日本人拉致問題においては、北朝鮮に対する圧力路線を主導。 |
| 2004年4月には北のテロ支援国家指定の根拠に拉致問題を明記させた。 |
| 2005年6月6日、『筑紫哲也NEWS23』に出演した際に、靖国神社参拝について質問され「主権国家である日本の総理大臣が、中国に限らず他の国から靖国神社に参拝してはいけないと指図されるようなことがあれば、逆に参拝すべきだと思います。 |
| なぜなら内政干渉を許してはいけないからです。 |
| もう一つは、全ての国が戦死者をまつりますが、それぞれのやり方で良いのだと思います」と主張した。 |
| 2006年7月20日の「産経新聞」(東京版)の取材に対しても同様の認識を示している。 |
| 2007年2月には、政策シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)において再度超党派による政策提言報告「第二次アーミテージ・レポート」(正式名称:"TheU.S.-JapanAlliance:GettingAsiaRightthrough2020")を作成・発表、日米同盟を英米のような緊密な同盟関係へと変化させ、東アジアの地域秩序の中で台頭する中国を穏健な形で秩序の中に取り込むインセンティブとすることなどを提言している。 |
ベトナム戦争での行動
| 海軍兵学校卒業後は、ベトナム戦争に志願した。 |
| 1973年1月にパリ和平協定が成立すると、戦いを途中でやめるのは嫌だと海軍をやめてしまう。 |
| 但しサイゴンにある米軍駐在武官本部の民間人顧問としてベトナムに留まり、特殊任務についた。 |
| 海軍特殊部隊(SEALS)の隊員だったという噂も流れたが米国国務省のウェブサイトで否定している。 |
| いったんワシントンに戻ったが、1975年4月に北ベトナム軍がサイゴンに迫ると、国防省から特定南ベトナム人の救出作戦の実行を頼まれる。 |
| ビエンホア空軍基地にヘリコプターで乗り込み、機密保持のため基地内の機器を破壊。 |
| そして取り残された南ベトナム空軍の将兵30名とともに砲火の中から脱出。 |
| その後南ベトナム海軍艦艇と将兵及びその家族を率いて、8日かけてフィリピンまで脱出した。 |
その他エピソード
| 家族はローラ夫人との間に3男1女。 |
| 他にベトナム系・アフリカ系移民などの子供たちを養子として育てている。 |
| 学生時代からの趣味はアメフトとウエイトリフティング。 |
| ベンチプレスでは440ポンド挙上の記録を持つ。 |
論文・インタビュー
| 「21世紀の太平洋安全保障体制はこうなる」『中央公論』1990年12月号。 |
| 「文明の衝突は不可避か――ハンチントン論文を駁す」『中央公論』1994年2月号。 |
| 「ワシントンの仕事師世界をゆく(全10回)」『中央公論』1994年3月-1995年2月号。 |
| レーガン政権時代の回想を中心とした手記。 |
| 「日米安保関係の近代化――新しい時代のための新しいパートナーシップ」『外交フォーラム』1996年6月号。 |
| 「台湾海峡紛争に日本は行動せよ――きわめて率直な米国のガイドライン観」『論座』1997年12月号。 |
| 「憲法9条は日米同盟の邪魔物だ――小泉演説に私は涙した」『文藝春秋』2004年3月号。 |
| 「中台緊張は日米同盟で対応できる」『中央公論』2005年3月号。 |
| 「アメリカに助言を与える日本――『最も敬意を表される国』は世界の優秀な世話人たれ」『Voice』2006年9月号。 |
| 『日米同盟VS.中国・北朝鮮』 ジョセフ・ナイと、春原剛(日本経済新聞編集委員)との共著。 |
| 文春新書、2010年12月。 |
対談
| 「社会党の真意を質す」『中央公論』1990年3月号。 |
| 「それでも安保は必要だ――日米防衛蜜月時代に何を学ぶか」『諸君!』1993年6月号。 |
| 「『基地抜き安保』はマイナスである」『文藝春秋』2000年6月号。 |
関連文献
| ジェームズ・マン(渡辺昭夫監訳)『ウルカヌスの群像――ブッシュ政権とイラク戦争』(共同通信社,2004年)。 |
| チェイニー、ライスをはじめとするジョージ・W・ブッシュ政権の外交エリートたちの人格・思想形成を追ったドキュメント。 |
| アーミテージにも軍人時代から国務副長官時代まで、多くのページを割いている。 |
外部リンク
| CSISホームページ内・PDFファイルで全文閲覧が可能。 |
| http://web.amnesty.org/library/Index/engASA110161999。 |
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1945年
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リチャード・リー・アーミテージ (Richard Le... |
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1973年
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パリ協定の成立を知り停戦を拒んで除隊 |
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