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プロフィール
- レイジーとは
- メンバー
- 旧メンバー
- 結成〜初のヒット
- 音楽性の追求
- ヘヴィー・メタル宣言〜解散
- 解散後
- 再結成
- 新会社への移籍、その後…
- 逸話
- アルバム
- ベスト・アルバム
- VHS、DVD
- コンピレーションアルバム
- 権利の移動
メンバー
| ボーカル:Michell(景山浩宣→影山ヒロノブ)。 |
| 再結成後はアコースティック・ギターも担当。 |
| ギター:Suzy(高崎晃)。 |
| キーボード:Pocky(井上俊次)。 |
旧メンバー
| ベース:Funny(田中宏幸)。 |
| 2006年9月1日、急性心不全のため逝去。 |
| ドラムス:Davy(樋口宗孝)。 |
| 2008年11月30日、肝細胞癌のため逝去。 |
結成〜初のヒット
| 1973年、小学校からの同級生である景山・高崎・田中がバンドを結成。 |
| それぞれ別の高校に進学後、景山が井上を、高崎が2年先輩(既に文化祭を始め、何度か競演を重ねる仲)の樋口を誘いバンドに加入。 |
| ディープ・パープルの楽曲の名前をとって、バンド名を「レイジー」とする。 |
| 1977年2月、ABCテレビの『ハロー・ヤング』に出演、ディープ・パープルの「BURN」を演奏。 |
| これがかまやつひろしに認められ、デビューの誘いを受ける。 |
| 同年6月、デビューのため上京。 |
| 7月、RCAよりデビュー。 |
| 本来はハードロック志向のバンドだったにもかかわらず、制作サイドの意向によりベイ・シティ・ローラーズのようなイメージを要求されることになり(景山によると「上京してすぐに美容室に連れて行かれ、髪を切られた」とのこと)、ニックネームとお揃いのコスチュームを与えられた。 |
| かまやつはポール・ロジャースにデビュー曲を書かせるという約束をしていたのだが実現せず、実際のデビュー曲『Hey!ILoveYou!』は森雪之丞(作詞)、馬飼野康二(作曲)のコンビによるものとなった。 |
| なお、プロデューサーはその後角松敏生やオメガトライブ等を手掛けた、元グループサウンズアウト・キャストの藤田浩一。 |
| この方針はメンバーを困惑させることになった。 |
| しかし、「売れれば好きなハードロックができる」との説得を受け、これに応じることになる。 |
| 後に景山は「生き残るということを考えれば(アイドル路線は)妥当なものだったと今なら思えるが、当時はショックの方が大きかった」と、高崎は「ロックは弾けてもポップは弾けないと分かったので、将来のことを考えて音楽性を広げるために真面目に練習したが、ストレスは溜まった」と語っている。 |
| 1978年、3枚目のシングル『赤頭巾ちゃん御用心』がオリコン32位にランクインし、レイジーの名を一躍有名にする。 |
| しかし、自分たちが望まない路線でのヒットはメンバーの複雑な思いをさらに強くするものであった。 |
音楽性の追求
| シングルではポップなアイドル路線を歩む彼等だったが、ライブでは洋楽のロックナンバーも演奏する等、自分達の原点であるロックへのこだわりを見せていた。 |
| 特に高崎のギタープレイは同世代のギタリストからも注目され、1979年には遠藤賢司が会長となって「レイジー男だけのファンクラブ」が結成された。 |
| デビュー曲を作詞した森雪之丞も参加している。 |
| その後、シングルでもアルバムでもハードロック調の楽曲を発表していき、4thアルバム『RockDiamond』では全10曲中8曲をメンバー自身が作曲している。 |
| しかし、その一方で依然としてアイドル路線の曲の発表も続いており、彼等は「やりたい音楽」と「求められる音楽」のギャップを感じ続けていた。 |
ヘヴィー・メタル宣言〜解散
| 1980年7月から始まったツアー「DOMESTICTOURINSUMMER」で「ヘヴィー・メタル宣言」が行われた。 |
| これは彼等が「本当にやりたい音楽」をやるための、宣戦布告とも呼べるものだった。 |
| その後、シングル『感じてナイト』を経て発売されたアルバム『宇宙船地球号』はハードロック調の曲で統一され、それまでのアイドルバンドとしての彼等のイメージを根底から覆した。 |
| 本来ハードロック志向だった彼等が本当の姿を見せ付けたのが『宇宙船地球号』であり、これが本当のスタートになるかと思われたが、その結果としてメンバー間の音楽性の違いが浮き彫りになっていった。 |
| そのため、景山の20歳の誕生日である1981年2月18日に調布グリーンホールで行われたライブで解散宣言が行われ、同年5月31日、正式に解散。 |
| その活動に終止符が打たれてしまう。 |
解散後
| もっとも人気のあった景山は「影山ヒロノブ」の芸名でソロデビュー。 |
| 1985年、「KAGE」名義で『電撃戦隊チェンジマン』の主題歌を歌い、以後多くのアニメや特撮ヒーロー作品の主題歌・挿入歌を歌うことになる。 |
| 高崎と樋口は、ハードロックバンド「LOUDNESS」を結成(初期は田中も参加していたが、正式なデビューの前に脱退した)、世界進出を果たす。 |
| 樋口は1993年に一度脱退し、自身のバンド「SLY」を結成、2000年からLOUDNESSに復帰。 |
| 田中と井上は、ポップ路線のバンド「ネバーランド」を結成。 |
| ネバーランドの解散後は「HUMANNATURE」を経て、影山をボーカルに迎えたバンド「AIRBLANCA」を結成した。 |
| AIRBLANCAの解散後、井上は音楽プロデューサーに転身。 |
| その後レコード会社「スターランド」「シックスティ」「エアーズ」などのディレクターになり、その事が後の再結成に繋がる。 |
再結成
| 1997年、当時放送中の『ウルトラマンダイナ』の主題歌担当だった井上が、エンディングテーマにレイジーを起用することを決断。 |
| 井上の誘いにメンバーが了承し再結成が決定。 |
| 翌年3月からの使用に向けて再集結した。 |
| そして1998年3月21日、復活第1弾シングル『ULTRAHIGH』がエアーズから発売される。 |
| 当初は田中が復帰しておらず、ベースは代役(高崎)が弾いていたが、3月30日放送分の『HEY!HEY!HEY!MUSICCHAMP』への出演と同時に田中が復帰、完全復活を遂げた。 |
| 7月には復活第1弾アルバム『HappyTime』を発売。 |
| 以後、その活動はライブを中心としたものになって行く。 |
新会社への移籍、その後…
| 1999年の渋谷公会堂でのライブ「ROCKCOMMUNICATIONSHIBUYA」を最後に、井上が伊藤善之と共に立ち上げたレコード会社「ランティス」に移籍。 |
| 2枚のシングルを経て、『宇宙船地球号』の続編と呼べるアルバム『宇宙船地球号II』を2002年に発売した。 |
| 再結成後はメンバー個々の活動との掛け持ちであるため、2003年以降は活動自体が途絶えがちになっていった。 |
| 2006年9月、田中が他界。 |
| その後、デビュー30周年となる2007年にも活動は一切行われなかったが、2008年、デビューのきっかけの場所となった旧ABCホールの最終公演者にレイジーが選ばれ、数年振りにメンバーが集結した。 |
| 既に故人となっていた田中と肝細胞癌が発覚し療養していた樋口を除く3人がステージに立ち、サポートミュージシャンとしてベースを日野賢二、ドラムをJanne Da Arcのshujiが担当。 |
| またレイジーをリスペクトする奥田民生、斉藤和義もゲスト出演し、6月30日に久しぶりのライブが行われた。 |
| 12月24日に行われた樋口の一般本葬「LastMemorialBirthday」での弔辞では、高崎より「樋口の精神を継承し、LOUDNESSとLAZYを精進していきたい」と、LAZYの活動継続が明言された。 |
| 2009年4月22日、奥田民生、斉藤和義、JAM Projectをサポートミュージシャンに迎えたスペシャルユニット「ULTIMATELAZYforMAZINGER」として、初期シングル『感じてナイト』のリメイク曲『感じてKnight』(アニメ『真マジンガー衝撃!Z編』主題歌)をリリース。 |
| 田中及び樋口の生前のライブ音源が素材として使用された。 |
| 2009年9月27日、井上が代表取締役社長を務めるランティスが設立10周年の記念で行ったライブ『10thAnniversaryLiveランティス祭り』に出演。 |
| 2009年11月14日、樋口の一周忌イベント『樋口宗孝追悼ライブ2009EternalGiftofROCK2009MUROCKpresentsMunetakaHiguchiForeverOurHero~EVERLASTINGMUNETAKAHIGUCHI~』に参加。 |
| もともとはLOUDNESSのライブだが、影山と井上がゲスト出演し、LAZYとして出演した。 |
| 2011年、アニメーション映画『トワノクオン』の主題歌を担当 |
逸話
| 1979年5月22日、シングル『ベイビー・アイ・メイク・ア・モーション』のプロモーション用フィルムの撮影中に景山が右足首を複雑骨折、入院するというアクシデントが発生。 |
| それから景山が復帰するまでの約1ヶ月間、ライブは4人で行われた。 |
| 田中がメインボーカルを務め、他のメンバーも自分の持ち歌を歌ったりしてサポートした。 |
| 再結成を決断した井上は各メンバーへ声をかけた際、高崎は「ひぐっつあんがいいって言うなら、ええけどな」と返事。 |
| 高崎に直接会った際には、高崎と幼なじみでレイジーをアマチュア時代からよく知る山下昌良がたまたま同席しており、山下が「それ、やったほうがいいよ」と再結成を薦めてくれたと、井上がインタビューで語っている。 |
| 再結成の条件に「バンドの初ヒット曲である『赤頭巾ちゃん御用心』をライブで一切演奏しないこと」という項目がある。 |
| これは、高崎にとって一番嫌いな曲だそうで、ラウドネスが全米進出していた頃のギター雑誌でのインタビューでこの曲について触れた際に曲名を「赤ずきんちゃんクソッタレ」と冗談まじりに変えて話したことがある。 |
| 1998年の赤坂BLITZでのライブでは、田中と井上が別の曲の間奏に「赤頭巾ちゃん」のイントロのフレーズを紛れ込ませ、影山が突っ込むという一幕があった。 |
| 代わりに、『HappyTime』にて「黒頭巾」なるブラックサバスを彷彿させるヘヴィな曲が収録された。 |
| 1998年8月号のYOUNGGUITARの高崎晃のインタビューによれば、「ULTRAHIGH」は当時4歳だった息子と一緒に見ていた『電磁戦隊メガレンジャー』や『星獣戦隊ギンガマン』の主題歌に影響されて作曲したらしい。 |
| 2008年6月30日に行われたライブは斉藤和義が出演したラジオ番組がきっかけで実現した。 |
| 斉藤が旧ABCホールとレイジーの話を番組で語り、この話を聞いた朝日放送のプロデューサーがレイジーのメンバーに出演交渉し、ライブの開催が決定した。 |
| ライブではレイジー、奥田、斉藤のセッションも披露され、アンコールでは2年前に亡くなった田中の歌声で「LONELYSTAR」が演奏された。 |
| 2009年9月27日に行われたランティス祭りは、井上はランティスの代表取締役社長であり影山はランティスと関係が深いが、高崎はランティスでの活動は多くは無い。 |
| 高崎がオファーを受けレイジーが出演する事になった経緯として、影山が「『ランティス祭りでぇへん?』と軽く誘った所『ええで』の返事一つで出演が決まった」と語っている。 |
| 後に「たっかん(高崎)は絶対にアニメソングのライブである事が分かってない」とも語っている。 |
| しかしライブ後、高崎は自身のHPで「日本のアニソンパワーは強烈でっせ!」とランティス10周年を祝い、後にランティス祭りのTシャツを着用する高崎の写真もアップされた。 |
アルバム
| ThisistheLAZY(1978年3月5日発売、RCA)。 |
| レイジーを追いかけろ(1978年6月5日発売、RCA)。 |
| DreamaDream(1978年12月5日発売、RCA)。 |
| RockDiamond(1979年9月5日発売、RCA)。 |
| 宇宙船地球号(1980年12月16日発売、RCA)。 |
| 燃えつきた青春(1981年4月5日発売、RCA)。 |
| HAPPYTIMETOUR'98〜黒頭巾のなすがまま〜(1998年10月21日発売、エアーズ)。 |
| 宇宙船地球号II(2002年11月6日発売、ランティス)。 |
ベスト・アルバム
| Collection〜情熱の青春(1979年3月21日発売、RCA)。 |
| ベスト(1981年発売、RCA)。 |
| ベストコレクション1977-1981(1999年2月21日発売、エアーズ)。 |
| ヒット・コレクション(1999年11月20日発売、BMGファンハウス)。 |
| GOLDEN☆BEST(2004年12月22日発売、BMGファンハウス)。 |
VHS、DVD
| HAPPYTIMETOUR'98〜黒頭巾のなすがまま〜(VHS、1998年10月21日発売、エアーズ)。 |
| LAZYLIVE2002宇宙船地球号II〜regenerateofalastingworth〜(DVD、2003年6月4日発売、ランティス)。 |
権利の移動
| エアーズが解散した後、『HappyTime』はトライエムから再発売された。 |
| しかし2004年以降に発売されたCDでは、「ULTRAHIGH」の権利をプリズム(日本コロムビア系列の会社)が所有していることになっている。 |
| 一つの楽曲の権利を二つの会社が共有することは少なく(全くないわけではない)、トライエムからプリズムへの権利の譲渡が行われたと考えるのが妥当なところだが、円谷音楽出版もこの楽曲の権利に関わっているため原盤権の所在は不明確である。 |
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1973年
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小学校からの同級生である景山・高崎・田中が... |
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3枚目のシングル『赤頭巾ちゃん御用心』がオ... |
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