| 1972年にアル・アトキンスの後任としてジューダス・プリーストに加入。 |
| 結成メンバーのイアン・ヒル(ベース)のガールフレンドの兄だったことから声がかかったという。 |
| 1974年のデビュー作「ROCKAROLLA」から1990年の「PAINKILLER」とそれに伴うツアーに至るまで、バンドの象徴的な存在として活躍した。 |
| その後、彼のソロプロジェクトを巡ってバンド内で意見が対立し、ロブはジューダス・プリーストを脱退する。 |
| パンテラのメンバーと共演したり、ブラック・サバスのステージで代役ヴォーカルとして歌ったりしたのち、無名の若手を起用してファイト(''FIGHT'')を結成。 |
| 1994年に「WAROFWARDS」を発表し、プリーストとは違うモダンなスタイルを披露した。 |
| 彼はステージでリズムギターを演奏する等、これまで見せなかったスタイルを披露するが、数枚のアルバムを残して解散している。 |
| 1997年にはTWOを結成。 |
| ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーによるプロデュースでインダストリアル作品の「Voyeurs」を発表するが、歌唱法から音楽性、さらにビジュアルに至るまでジューダス・プリーストでのキャリアを完全否定するような内容だった。 |
| またTWOでの活動中、共同製作者であったギタリスト、ジョン・5が彼に何も告げずマリリン・マンソンに引き抜かれた事も彼にとって大きな痛手となった。 |
| なお、1996年ごろにソロプロジェクトの延長としてHALFORD(後の同名バンドとは無関係)を結成していたが、数回のライヴのみで自然消滅。 |
| 音楽性はジューダス・プリーストとは相当にかけ離れた、グランジなどに傾倒したものだったらしい。 |
| このバンドを母体にGIMPというバンドを結成したというニュースも流れたが、自然消滅しTWOが結成された。 |
| これと前後して、ロブは自身がゲイであることをカミングアウトし、話題となった(本人は別に隠しているつもりはなかったが、誰も聞いてこなかっただけ、としている)。 |
| 但しそれ以前にもフレディ・マーキュリーの死に際したコメントで間接的に認めるなど、既に周知の事実ではあった。 |
| カミングアウト以後、ヘヴィメタルコミュニティでゲイであることの偏見に悩むファン、カミングアウト出来ないでいたファンから感謝の手紙が多く寄せられたという。 |
| また人体改造にも関心があり、「Painkiller」の前後からタトゥーを施し始め、現在は全身に増殖している。 |
| 正統的ヘヴィメタルへの回帰を決意したロブは、2000年にハルフォード(''HALFORD'')名義で「RESURRECTION」を発表。 |
| 現代的なサウンドに拘りながらもプリースト時代を彷彿とさせる充実の内容で、熱狂的に迎えられた。 |
| この頃、彼は「"TWO"での活動は私のヘヴィメタルに対する愛を取り戻す為に必要なプロセスだったんだ」と発言をしている("Player"誌のインタビューによる)。 |
| 年齢的にもどれだけステージ上でシャウト出来るか、それを考えれば、ファンのためにも精一杯メタルに献身するべきだと考えたからだという。 |
| 2002年にはプリーストのメンバーたちと和解を果たし、ロブ脱退後の活動に行き詰まりを感じていたバンド側と、ヘヴィメタルへの本格復帰を志向するロブの思惑が一致。 |
| ロブのプリースト復帰に向けて動き出す。 |
| 2003年、プリーストはロブの後任だったティム・"リッパー"・オーウェンズの脱退とロブの復帰を発表。 |
| 夏にはヘッドライナーとしてのツアーを成功させ、再び大規模な興行を行えるようになった。 |
| 以後、再びジューダス・プリーストのフロントマンとして精力的に活躍中である。 |
| その一方で、"HALFORD"の活動も平行して行っている。 |
| HALFORDでの活動は、ジューダス・プリーストでは出来ない事、例えばモダン・ヘヴィネスにトライする等の「課外授業」的なものとなっており、それによって得られた楽曲のアイデア等をジューダス・プリーストを活性化させる為のファクターとして取り入れたりもしている。 |
| ロブの復帰第一作となった"AngelofRetribution"は、かつて以上のパワーに満ち溢れた作品となっていた。 |
| 2009年時点での最新作"NOSTRADAMUS"は、ノストラダムスをテーマとしたコンセプトアルバムである。 |