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プロフィール
経歴
| 京都の三条邸で生まれる。 |
| 転法輪三条家は清華七家の一つで、摂関家に次ぐ家柄であり極官は太政大臣。 |
| 笛と装束の家として知られている。 |
| 分家の三条西家には、当代随一の文化人として名高い三条西実隆がいる。 |
| 駿河国の今川氏の仲介で天文5年(1536年)7月、武田晴信に嫁す。 |
| 義信、黄梅院、信親、信之、見性院と、晴信との間に次々と3男2女をもうける。 |
| 武田家の近習衆のなかには警護等を務めていたと思われる御料人衆がおり、五味新右衛門をはじめ10人が付けられている。 |
| 信親が先天的に、もしくは幼年期に失明し、また、、信玄の駿河侵攻のため黄梅院が離縁され、その翌年に病死するなど、度重なる不運に見舞われた。 |
| 元亀元年(1570年)7月28日に死去、享年50。 |
| 墓所は甲府市の円光院。 |
人物像
| 円光院の葬儀記録には、快川和尚の三条の方の人柄を称賛する「大変にお美しく、仏への信仰が篤く、周りにいる人々を包み込む、春の陽光のように温かくておだやかなお人柄で、信玄さまとの夫婦仲も、むつまじいご様子でした」と記された記録が残されている。 |
| 信仰に関しては、武田家に嫁ぐ時、持参したと伝えられている三条家に伝わる木造釈迦如来坐像が現存して円光院に所蔵されており、彼女が向嶽寺に新寄進をしている記録が『甲斐国志』に残されている。 |
| 本願寺の顕如の正室は、三条の方の妹、如春尼であり、本願寺と信玄との同盟の裏には、三条の方の尽力があったと考えられる。 |
| また、武田氏の家紋と、彼女が皇室から使用を許された菊花紋と桐紋が彫られた愛用の鏡が円光院に所蔵されている。 |
| さらに、円光院に伝わる当時の史料・『円光院寺伝』によると、信玄が信濃国駒場で臨終間近の時、病の床に馬場信春を呼び寄せ、(安土桃山時代の高名な仏師)宮内卿法印康清に彫らせた、自分が日頃から信仰していた陣中守り本尊、刀八毘沙門・勝軍地蔵を託し、説三和尚に送り、円光院に納めてくれるように遺言したという。 |
| さらに自分の遺体も、円光院に3年間密葬させるよう遺言したという。 |
| この2体の仏像はその遺言通り、現在も円光院に所蔵されている。 |
| 笛吹市にある二宮美和神社に、永禄9年(1566年)11月25日に奉納された赤皮具足は信玄の物だという説もあるが、義信の東光寺幽閉の時期である事などから、三条の方が義信の赤皮具足を奉納したとも考えられている。 |
| 息子の義信の謀反、諏訪氏の出身の側室、諏訪御料人(諏訪御寮人)の子の勝頼が武田氏の家督を継いだ史実や、TVドラマや小説などの創作物の影響により信玄との不仲説や悪妻説などが流布。 |
| 不器量で暗愚な上に公家の家柄を鼻にかけ、高慢で嫉妬深い悪妻という否定的イメージを持たれていた。 |
| これらのイメージはほぼ全て新田次郎作の小説『武田信玄』によって作られたものである。 |
| ただし、新田原作の映像化である1988年のNHK大河ドラマ『武田信玄』では、紺野美沙子が演じる三条夫人自身は信玄を慕うあまり南野陽子が演じる側室諏訪御寮人(湖衣姫)への嫉妬心を抱く、「恋敵」としての役回りという感が強い。 |
| 小説内の悪女要素は小川眞由美が演じる侍女の八重が演じた。 |
| また、小説版でも中盤以降は禰津御寮人や嶺松院と良好な関係を築こうと努力したり、自分の意固地さを反省したりするなど善性の面も描かれている。 |
| 2007年NHK大河ドラマの『風林火山』(井上靖原作)では、原作とは違い、可憐で繊細な少女というイメージに転換。 |
| 池脇千鶴が演じる三条夫人は全く高慢なところがなく、ひたすらに晴信を慕いながらも芯の強い女性を演じている。 |
| 唯一、偶然に晴信から柴本幸が演じる諏訪御料人(由布姫)への恋歌を目にしてしまい、女心から嫌味を言うシーンがあるが、その直後に目に涙を浮かべるなど一貫して純情な乙女として描かれている。 |
| また一方では諏訪御料人のイメージも「軟」から「硬」へ180度転換していることから、一般的に浸透してしまった歴史通念に対する、制作側の意図的な挑戦であると言えよう。 |
| なお、同じ井上原作の映像化である1969年の邦画『風林火山』では久我美子が演じている。 |
参考文献
| 上野晴朗『信玄の妻-円光院三条夫人』新人物往来社、1990年、238頁。 |
| 笹本正治『戦国大名の日常生活』講談社、2000年、268頁。 |
| 柴辻俊六「戦国期武田氏の京都外交」『戦国期武田氏領の形成』。 |
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1536年
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武田晴信に嫁す |
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1566年
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奉納された赤皮具足は信玄の物だという説もあ... |
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