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プロフィール
- 三浦義村とは
- 幕府創設期
- 和田合戦・実朝暗殺
- 承久の乱・伊賀氏の変
- 幕府宿老
- 人物
- 参考文献
三浦義村(みうらよしむら)は、鎌倉時代初期の相模国の武将。鎌倉幕府の有力 御家人。桓武平氏良文流三浦氏の当主 三浦義澄の次男(嫡男)。
幕府創設期
| 治承4年(1180年)、源頼朝の挙兵に父・義澄とともに参加する。 |
| 三浦氏は代々源氏に仕え、平氏打倒に大きな役割を果たしており、一大勢力として鎌倉幕府で重要な地位を占めていた。 |
| 建久元年(1190年)に右兵衛尉に任官される。 |
| 正治元年(1199年)の梶原景時の変では中心的役割を果たし、元久2年(1205年)の畠山重忠の乱にも参加。 |
和田合戦・実朝暗殺
| 建暦3年(1213年)には従兄弟で侍所所司であった和田義盛と北条氏打倒で結ぶが、これを直前で裏切って北条義時に義盛の挙兵を告げ、義盛は敗れて和田氏は滅ぶ(和田合戦)。 |
| 大きな策謀には関わっており、幕政での地位を向上させることに腐心している。 |
| 建保6年(1218年)、侍所所司に就任した。 |
| 建保7年(1219年)1月27日、3代将軍源実朝が公暁(源頼家の子)に暗殺される。 |
| 公暁は義村に対し「我こそは東国の大将軍である。 |
| その準備をせよ」という書状を持った使いを出し、義村は「お迎えの使者を差し上げます」と偽って討手を差し向けた。 |
| 待ちきれなくなった公暁が義村宅に行こうと裏山に登ったところで討手に遭遇し、激しく戦って振り払い、義村宅の塀を乗り越えようとした所を殺害された。 |
| この事件の真相は明らかではないが、公暁の乳母は義村の妻であり、子の駒若丸は公暁の門弟であるなど、義村との縁が深い事から、事件は公暁をそそのかして実朝と義時を同時に葬ろうとした義村が黒幕であるとする見方もある。 |
| 公暁討伐の功により、同年駿河国守に任官。 |
承久の乱・伊賀氏の変
| 承久3年(1221年)の承久の乱では、後鳥羽上皇の近臣だった弟の三浦胤義から決起をうながす使者を送られるが、義村は直ちにこれを義時に知らせた。 |
| 義村は幕府軍の大将の一人として東海道をのぼり、京方を破って上洛。 |
| 胤義は敗死した。 |
| 元仁元年(1224年)、北条義時が病死すると、後家の伊賀の方が自分の実子である北条政村を執権に、娘婿の一条実雅を将軍に立てようとした伊賀氏の変が起こる。 |
| 政村の烏帽子親であった義村はこの陰謀に関わるが、尼将軍北条政子が単身で義村宅に説得に赴いた事により翻意し、事件は伊賀の方一族の追放のみで収拾した伊賀氏謀反の風聞については泰時が否定しており、『吾妻鏡』でも伊賀氏が謀反を企てたとは一度も明言しておらず、政子に伊賀氏が処分された事のみが記されている。 |
| 伊賀氏の変は、影響力の低下を恐れる政子が義時の後妻の実家である伊賀氏を強引に潰すために創り上げた事件とする見方もある(参考文献:永井晋『鎌倉幕府の転換点 「吾妻鏡」を読みなおす』日本放送出版協会)。 |
幕府宿老
| 嘉禄元年(1225年)夏には広元・政子が相次いで死去する。 |
| 同年12月に執権泰時の元、合議制の政治を行うための評定衆が設置され、義村は宿老としてこれに就任した。 |
| 幕府内の地位を示す椀飯の沙汰では北条氏に次ぐ地位となっている。 |
| 貞永元年(1232年)の御成敗式目の制定にも署名した。 |
| 4代将軍藤原頼経は、将軍宣下ののち、三浦一族と接近するようになり、義村は子息と共に頼経に近しく仕えた。 |
| 延応元年12月5日(1239年12月31日)死去。 |
人物
| 義村は京都の貴族の間にさえ「六権八略」の権謀家として知られていた。 |
| 『古今著聞集』には、将軍御所の侍の間の上座を占めていた義村のさらに上座に、若い下総国の豪族千葉胤綱が着座し、不快に思った義村が「下総の犬めは寝場所を知らぬな」とつぶやくと、胤綱は「三浦の犬は友を食らうぞ」と切り返し、和田合戦での義村の裏切りを批判した逸話が記されている。 |
| 執権泰時の代には、元舅であり、頼朝以来の幕府宿老である義村の威勢は最盛期となり、しばしば式目に反する行動を取って『吾妻鏡』で「傍若無人」と批判されている。 |
| 三浦介として鎌倉のある相模国を実行支配している三浦一族の威勢は次代泰村の代になり、宝治合戦で北条氏との武力衝突にいたる事になる。 |
参考文献
| 石丸煕 『海のもののふ三浦一族』 新人物往来社、1999年。 |
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1180年
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源頼朝の挙兵に父・義澄とともに参加する |
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1213年
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従兄弟で侍所所司であった和田義盛と北条氏打... |
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