| 「黒澤明語る」によれば、黒澤映画の中で三船の地の性格に一番近かったのは『七人の侍』の菊千代だったという。 |
| 三船本人も撮影前から「これは私ですね」と感激していたという。 |
| 自社の事務所の掃除も自ら進んでする(訪問者が三船本人と気付かなかったという逸話がある)程の掃除好きだった。 |
| また、料理が好きで、中島春雄によると、一ヶ月にも及ぶ宿泊がざらだった御殿場でのロケでは、三船が肉や野菜を買ってきて自ら包丁を振るい、大鍋で豚汁を作ってロケ仲間に振舞うのが恒例で、弁当は握り飯しか出なかった現場で大好評だったそうである「三大怪獣地球最大の決戦」DVDでの中島春雄のコメンタリより。 |
| また達筆でも知られた。 |
| 「中部九八部隊」で写真技術の指導を受けた鷺巣富雄によると、内務班で古参上等兵だった三船は兵隊仲間の面倒見がよく、鷺巣ら初年兵をよくかばってくれたという。 |
| 炊事班(こわもてが多い)に顔が利き、ビールや缶詰をよく調達してきてくれたといい、酔うと必ずバートン・クレーンの『酒が飲みたい』を唄うのが通例で、初年兵全員にこれを合唱させていた。 |
| 一方で酒癖の悪さでも知られ、飲むと性格が一変した。 |
| 酔ってタクシー内で安藤昇に殴りかかると逆に車外へ蹴飛ばされ更に殴り捲られ完全に伸びてしまう、翌日は派手に顔が腫れたままで撮影にならなかったこともある『映画俳優安藤昇』ワイズ出版。 |
| 浜美枝は、三船について「お酒さえ入らなければ、本当にやさしくていい人なんですけどねえ」と語っている「ホラ吹き太閤記」DVDの浜美枝のコメンタリより。 |
| また、奇行に走る傾向もあり、監督の家でスタッフと飲んで酔っ払い、居間の太い梁によじ登って懸垂を始めたり、夜遅くに家の近所を奇声を上げながら走り回ったり、中には映画用の小道具である槍を持ち出して石原裕次郎の家に果し合いに行ったという冗談のようなエピソードもある。 |
| 日本国外の空港で空港税関係員に「Doyouhaveanyspirits?(あなたは蒸留酒を持っていますか?)」と質問され、「Yes!IhaveYamato-Damashii!(そうだ、俺は大和魂を持っている)」と堂々と答えたことがある。 |
| 1956年の東宝映画「ならず者」(青柳信雄監督)では主役を演じるとともに主題歌「山の男の唄」を歌った。 |
| 1954年に黒澤明監督の映画である『七人の侍』において菊千代を演じた際、実際の撮影現場は2月の真冬で、その上土砂降りの豪雨の中で地肌に鋼の鎧を着て殺陣を行った。 |
| しかし撮影後、三船は体調を崩し風邪を引いてしまい2週間寝込んだという。 |
| 『山本五十六』を数多く演じたことでも知られる。 |
| 邦画・ハリウッド映画を含め、山本を演じた回数では現在でも三船がトップである。 |
| 映画の撮影の合間に砧撮影所から自宅まで甲冑姿のまま車を運転して帰り、周囲の度肝を抜いた。 |
| 1958年の狩野川台風により仙川が氾濫し、当時自宅のあった成城近隣も水没。 |
| 近隣の水没した世帯の住人18名を、自宅に所持していたモーターボートで成城警察署の署員と共に救出した。 |
| 岡本喜八監督とはお互いの貧乏時代からの友人で、俳優と監督でのコンビだけでなく、喜八プロに三船プロのセットを融通したりの友情が長く続いたが、同じ下宿に住んでいたころ三船は繕い物が上手かったという『Kihachiフォービートのアルチザン』PP.157-158記載の岡本の談話によると、三船は下宿で軍用毛布を材料にズボンを自作していたという。 |
| 1981年のTBS正月特番ドラマだった『関ヶ原』の宣伝の一環として、当時の人気番組『8時だョ!全員集合』(1980年12月27日放送分)にゲスト出演した事がある。 |
| 『関ヶ原』出演時と同じ鎧兜を付けて番組冒頭のコント劇に出演し、同じく戦国武将役のいかりや長介率いる部隊の窮地を救う役を演じる。 |
| その後、いかりやと二言三言の会話を交わし、三船が「カラスの歌を聞きたい」と言ったのでいかりやは志村けんを三船の前に呼び出して「♪カラスの勝手でしょ~」を歌わせた。 |
| そして、三船は舞台袖に悠然と退場するはずが、その途中で突如、同番組名物だったヒゲダンスをアドリブで披露。 |
| 客席からは笑いや悲鳴のような歓声、そして深いどよめきが起きた。 |
| いかりやは舞台上で一瞬絶句し「ああいう人が、ああいうことをやるなんて…」と真顔で驚嘆した。 |
| また三船は冒頭コント劇の後で「少年少女合唱隊」にも出演し、早口言葉コーナーでは真顔でドスの効いた声で「生麦生米生卵…」等と歌おうとしたが、完全にもたついてしまい、客席や共演者の爆笑を誘った。 |
| 三船が逝去した際、フランス共和国とイタリア共和国の国営放送のテレビニュース番組が『トシロー・ミフネの死去』をトップニュースで報じた。 |
| 外国報道機関がトップニュースで日本の俳優の死去を報じたのは過去に例がない出来事だった。 |
| メキシコ映画「価値ある男」で主役を務めた三船は、栄誉ある「ボルビ伯爵杯」を与えられた。 |
| 1977年に公開されたアニメーション映画『さらば宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち』に登場する宇宙戦艦ヤマト2代目艦長土方竜役で声優出演が検討されていたことがある。 |
| (ちなみにその他にも仲代達矢も候補で上がっていたそうである。 |