77822
78249
1046887
%E4%B8%89%E9%81%8A%E4%BA%AD%E8%8A%B1%E5%9C%93%E9%81%8A
%E4%B8%89%E9%81%8A%E4%BA%AD%E8%8A%B1%E5%9C%93%E9%81%8A
%E4%B8%89%E9%81%8A%E4%BA%AD%E8%8A%B1%E5%9C%93%E9%81%8A
%E4%B8%89%E9%81%8A%E4%BA%AD%E8%8A%B1%E5%9C%93%E9%81%8A
%E4%B8%89%E9%81%8A%E4%BA%AD%E8%8A%B1%E5%9C%93%E9%81%8A
0
|
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
三遊亭花圓遊(さんゆうていかえんゆう、安政3年5月(1856年6月ないし7月)-没年月日不詳・大正中期)は、落語家。本名は佐々木安太郎。
人物
| 若い頃は武家屋敷へ奉公に出ていたが、その時に妾とあいびき中の所を主人に見つかって逃走中に足を斬られたことから、その古傷のため以後は常に足を悪くしていた。 |
| 当初は鶴澤文左衛門の名で義太夫の三味線引きをしていた。 |
| 明治10年代前半に初代三遊亭圓遊の弟子になって三遊亭花遊と名乗る。 |
| 明治10年代後半に4代目桂文楽門下に移ってかん治となった後、1887年には幇間に転向して十寸見花州の名で吉原で活動していたが、復帰して三遊亭圓窓を名乗り、1889年1月には雀家翫之助に改名した後、1890年頃に花遊に戻って1898年3月には三遊亭花圓遊で真打に昇進する。 |
| 一時「面長家左圓治」と改名しようとした。 |
| これは、歌舞伎役者の市川猿之助の屋号である「澤潟屋(おもだかや)」と市川左團次の名からヒントを得て考え出した名であるが、歌舞伎の側から苦情が出たため実現しなかった。 |
| 後にかつての師匠の名である桂文楽の名跡を狙ったがこれは5代目桂才賀(5代目桂文楽)との襲名争いに敗れた。 |
| 1903年7月には3代目柳家小さん門下で柳家三語楼(本来の初代、通説では代外)となるが、不都合があって東京にいられなくなり、花圓遊の名で地方廻りをするうちに、浪花節などとの合同で「自由演芸会」という会派を立て、8月に「團洲楼圓馬」の看板を上げる。 |
| (烏亭焉馬や三遊亭圓馬と関係はない)。 |
| しかし長続きせずに結局は花圓遊の名に戻って仙台に拠点を移し、最後は幇間をしていたという。 |
| 1915年頃までは活動が確認されているが、以後の消息は不明。 |
| 「舶来の馬」というあだ名があったが、これは背が高かったことから名づけられたという。 |
| 花好(後に4代目圓生門下で圓窓を名乗るが、代数からは外されている)、花圓治、花柳、花蝶斎、花扇、花山などの門下生がいた。 |
参考文献
| 『古今落語系図一覧表』(4代目桂文之助著、山本進校注、日本芸術文化振興会、2004年)。 |
| 『落語名作全集別巻』(小島貞二著、1968年)。 |
|
1856年
|
三遊亭 花圓遊(さんゆうてい かえんゆう、安... |
|
1887年
|
幇間に転向して十寸見花州の名で吉原で活動し... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
三遊亭圓窓
落語家の名跡。三遊派から生まれた名である。当代は6代目。圓窓の名を高めたのは、落語家として初めて渡米し、後に三遊亭圓生を襲名した3代目である。以後は... |
|
|
三遊亭花遊
音曲師・ ... 5代目三遊亭圓生が真打昇進し三遊亭圓窓 を名乗っていた頃、花遊の芸に惚れ... http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%81%8A%E4%BA%AD%E8%... |
|
|
三遊亭圓遊
師匠
三遊亭圓遊(さんゆうていえんゆう)は落語家の名跡である。三遊派の系統から生まれた名である。当代は5代目。初代とされている圓遊は本来は3代目である。過... |
|
|
柳家三語楼
落語家の名跡。柳派に属する。3代目が6代目柳家小さんを襲名してから、空き名跡となっている。初代より以前に三遊亭花圓遊(本名:佐々木安太郎)が1903年7月... |
|
|
桂文楽
江戸落語家。本名並河益義(なみかわますよし)。自宅の住居表示以前の町名から、「黒門町(くろもんちょう)」(の師匠)と呼ばれた。落語における戦後最高... |
|
|
三遊亭圓生
大阪市西区出身の落語家、舞台俳優。本名:山﨑松尾(「﨑」は右上が「大」ではなく「立」)。出囃子は「正札付」5代目三遊亭圓生は継父(母が5代目圓生と結... |
|
|
幇間
宴席やお座敷などの酒席において主や客の機嫌をとり、自ら芸を見せ、さらに芸者・舞妓を助けて場を盛り上げる職業。歴史的には男性の職業である。 |
|
|
柳家小さん
長野県出身の落語家。本名、小林盛夫(こばやしもりお、4代目桂三木助の本名と同姓同名)。出囃子は『序の舞』。1995年に落語家として初の人間国宝に認定され... |
|
|
三遊亭圓馬
落語家の名跡。当代は5代目。三遊派系統で初代以前に初代三遊亭圓生の門人に花枝房圓馬の名が確認されている。 |
|
|
橘家圓蔵
東京市(現・東京都江戸川区)平井生まれの落語家。本名:大山武雄(おおやまたけお)。落語協会所属。同協会相談役。3代目三遊亭圓歌(元:三遊亭歌奴)、5代... |
|
|
三遊亭圓楽
東京府東京市浅草区(現:東京都台東区)出身の円楽一門会総帥・最高顧問。落語家。 |
|
|
市川猿之助
歌舞伎役者、日本の俳優、演出家、京都造形芸術大学教授。本名は喜熨斗政彦(きのしまさひこ)。屋号は澤瀉屋。定紋は、替紋は。俳名に華果(かか)がある。... |
|
|
春風亭柳昇
東京都武蔵野市出身の落語家。江戸噺家。数々の新作落語を創作した。本名、秋本安雄。ペンネーム、林鳴平。 |
|
|
三遊亭福圓遊
落語家。本名は新井徳次郎。初めは明治10年代初め4代目麗々亭柳橋の下に入門して柳作を名乗る。1890年頃に柳右と改名した後、3、4年後初代三遊亭圓遊門下に移... |
|
|
桂才賀
落語家の名跡。当代は7代目。桂文治、桂文楽に次ぐ江戸桂派において由緒ある名跡である。初代司馬才賀-後の江戸4代目桂文治。2代目桂才賀-4代目文治の門下。3... |
|
|
三遊亭圓丈
「初代」という位置づけになっている(師匠圓生が、圓丈の真打昇進の際に「お前が初代だ」と発言した事が起因と思われる)が、本人は「3代目」と記述する事が... |
|
|
市川左團次
江戸の闇にうごめく小悪党が老いて因果のおそろしさにおののくさまをリアルに演じて、感動的だった。荒事、実事、老け役、さらには道化役まで、芸域が広い。... |
|
|
山本進
日本の落語研究家、芸能研究家。諸芸懇話会会員。兵庫県に生まれ、横浜市で育つ。東京大学卒業。日本放送協会に勤務し、かたわらゴーストライター、聞き書き... |
|
|
小島貞二
愛知県豊橋市出身の著作家、相撲・プロレス・演芸評論家にしてそれらの歴史研究者、作詞家。相撲関係の雑誌などでは大須猛三(おおすもうさん)のペンネーム... |
|
|
桂文之助
落語家の名跡。上方と江戸の二流あるが、いずれも空き名跡となっている。また、上方の方は大名跡である。 |
|
|
三遊亭花圓遊さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|