| 特撮ファン向けの雑誌や書籍にインタビューを受けることが多く、熱狂的なファンも多い。 |
| 上原を尊敬するあまり弟子入りを志願する者は少なからずいるようだが、上原本人の主義として弟子は一切取る意思がなく、過去に弟子にした者も一人もいない。 |
| ネット上で勝手に弟子(愛弟子)を名乗る者もいるが、上原とは一切無関係である。 |
| 以下はウルトラシリーズ絡みのエピソード。 |
| 上原の描くウルトラシリーズには、盟友である金城と同様に沖縄出身者としてのアイデンティティーが色濃く反映されている。 |
| 『帰ってきたウルトラマン』の「怪獣使いと少年」では、被差別者であるマイノリティをテーマに据え、その生々しいドラマで多くの視聴者に衝撃を与えた。 |
| 『ウルトラセブン』の未発表脚本「300年の復讐」は上記のように沖縄の虐げられた者の視点で描いた内容であったため、後のインタビューで「ぜひとも実現したかった」と述壊している。 |
| 実相寺昭雄監督と共同脚本を務める予定だった『セブン』の未発表脚本「宇宙人15+怪獣35」について『フィギュア王』のインタビューで「ダメ元で書いた」と明かしている。 |
| またメインライターを務めた『巨獣特捜ジャスピオン』最終話はこのプロットを下敷きにしたと後に語っている。 |
| 上原が脚本を手掛けた『帰ってきたウルトラマン』では二度、東京が壊滅的な被害を受けている。 |
| 上記のセブンの未発表作品でも「30体以上の怪獣が一度に東京に押し寄せる」というこれらの上を行く東京の壊滅を書こうとしていた。 |
| 題材として「サイボーグ」、「人間爆弾」、「メカ人間」を好んで採りあげる。 |
| また主人公は母親がおらず、父親のみの設定が多く、父親の名を一文字受け継いだものも多い。 |
| 第一作目の『仮面ライダー』にも企画段階で参加していたとコメントしている。 |
| 『がんばれ!!ロボコン』は特に乗って書いていたらしく「東映作品でこんなにすんなり行ったのはこれくらいだ」とコメント、その成功で家を建てたという。結果的に子供向け作品としては異例の2年半の放送に導いた(本作も「人間社会でのロボット=異邦人」の姿を描いた作品である)。 |
| 「ロボコンに100点を!!」と言うファンレターが届いた時には彼も「たまには100点でもよいのではないか?」と思い100点を取る脚本を書こうと提案したがプロデューサーの平山亨からは何度も拒まれた。 |
| 『ロボコン』の最終回は自分の子供が『ロボコン』を見る年頃だったので、子供のために書いた」と述懐している。 |
| 『がんばれ!!ロボコン』及び『ロボット110番』、『太陽戦隊サンバルカン』、『超力戦隊オーレンジャー』で組んだ鈴木武幸プロデューサーにかなりの信頼をおかれていた。 |
| スーパー戦隊シリーズの脚本執筆本数は参加作品は少ないものの曽田博久についで、歴代2位の174作品である。 |
| 『宇宙刑事シャイダー』を劇場版2作を含め全話執筆したのはシャイダー/沢村大役の円谷浩が自身のデビュー作であるウルトラシリーズの円谷プロの家族であったことから「自身を育ててくれた円谷プロに恩返しをしたい」と思ったからだという。 |
| 『宇宙刑事シリーズ』などで組んだ田中秀夫監督を「職人」と評し、安心して脚本を任せることができたとインタビューにて語っている。 |
| 数々の作品でコンビを組んだ小林義明監督について日本のジョン・カーペンター」と称し敬愛している。 |
| 一方で「あの人(小林)は僕のホンが気に入らないと、自分でどんどん変えていっちゃう」と苦笑交じりに語っているがお互いに信頼関係はあったようで、数多の作品で多くの傑作を輩出した。 |
| 『宇宙刑事』シリーズなどで組んだ小笠原猛監督は好きな脚本家という質問に対し上原の名前を挙げ、「突拍子もないアイデアを出してくるけど、それをちゃんと成立させる大人のホンヤ(ライター)」と上原について評している。 |
| 『グランプリの鷹』のイザベルの死について「まさに僕の夢ですね。 |
| 男のために死ぬ女性というのは」と述べている赤星政尚・たるかす・早川優・山本元樹・原口正宏『懐かしのTVアニメベストエピソード99〈東映動画編〉』二見書房、1995年。 |
| 5年続けたメタルヒーローシリーズを降板、その後ブランクを置いて『仮面ライダーBLACK』のメインライターに就任するも、ライダーに対する周りの期待からか、周囲からの意見がこれまでの作品に比べてあまりに多く疲れたといい、シリーズ初期にて番組を降りてしまう。 |
| 近年の戦隊シリーズを多く執筆している荒川稔久が、作風において影響を受けた人物の一人である。 |
| あまりに影響を受けすぎて、荒川が『仮面ライダーBLACK』に参加したとき、彼がプロデューサーに提出するプロットは上原に似た作風のものばかりだった。 |
| しまいには東映の吉川進プロデューサーに「上原正三は二人も要らないんだよ」と一喝されそれらはことごとくボツになったという。 |
| 荒川が若い頃の苦い思い出だが、おかげで独自の作風をあみだすことができたと後の上原との対談で荒川自身が語っている。 |
| 『仮面ライダーBLACK』降板以降、東映や吉川プロデューサーとの縁も途切れたかに見えたが、自宅に数年ぶりに吉川から電話が掛かってきて、「今度やるライダーの映画を書かないか?」と誘われ執筆したのが『仮面ライダーJ』である。 |
| 雑誌『宇宙船』インタビューにて、上原は同作品を執筆するにあたり前年度作品で杉村升脚本の『仮面ライダーZO』を強烈に意識したそうで、「特撮マニアが見たら『ZO』が面白いという意見が多いかもしれませんけど、子供が見たら『J』のほうが絶対に面白いと思ってくれる。 |
| 雑誌『刑事マガジン』vol.8(辰巳出版刊)の高久進追悼企画で、『Gメン'75』における高久の代表作・「沖縄三部作(第59話~第61話)」を初めて視聴。 |
| 沖縄の負の部分を徹底して暴く骨太な作劇に、上原は数回DVDを観直すほど大いに衝撃を受けたようで、「高久進は沖縄を自らの中に取り込んで書いている」と評価した。 |