30583
30855
354262
%E4%B8%8A%E7%94%B0%E6%AC%A1%E6%9C%97
%E4%B8%8A%E7%94%B0%E6%AC%A1%E6%9C%97
%E4%B8%8A%E7%94%B0%E6%AC%A1%E6%9C%97
%E4%B8%8A%E7%94%B0%E6%AC%A1%E6%9C%97
%E4%B8%8A%E7%94%B0%E6%AC%A1%E6%9C%97
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう 上田次朗の画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
- 上田次朗とは
- 来歴・人物
- 記録
- 背番号
- 登録名
- 関連項目
上田次朗(うえだじろう、1947年7月6日-)は、和歌山県田辺市出身の元プロ野球選手(投手)。は上田二郎、からは上田二朗、からは上田次郎を登録名とした。
来歴・人物
| 和歌山県立南部高等学校のエースとして活躍し、3年生時のに夏の県大会決勝まで勝ち進む。 |
| 東海大学に進学し、1年生のときからエースとして活躍。 |
| 4年生になったには全日本大学野球選手権大会で優勝する。 |
| 首都大学リーグ通算51試合登板、39勝5敗、防御率1.30、393奪三振。 |
| 39勝はリーグ記録。 |
| 最高殊勲選手4回、最優秀投手4回、ベストナイン1回受賞。 |
| 同年のドラフト1位で阪神タイガースに入団。 |
| アンダースローから繰り出す変化球は制球力抜群で、プロ1年目から先発ローテーションに定着する。 |
| 5月9日の対大洋戦で、先発の若生智男が1回無死一・三塁の場面で負傷したため、上田が代わって登板。 |
| そのまま点を与えずに勝利投手となり、救援投手ながら完封が記録された。 |
| これは公認野球規則に定められた「1回無死無失点の時に代わって出場した投手が無失点のまま試合を終わったときに限って、完投勝利ではないが完封勝利の記録が与えられる」という条項によるもので、プロ野球では上田が初の適用例であった。 |
| 同年7月1日の対巨人戦では9回2死までノーヒットを続けながら長嶋茂雄に安打を浴びてノーヒットノーランを逃した。 |
| このとき一塁ベース上の長嶋からは「ジロー、辛抱せいよ」と声をかけられた。 |
| この試合、上田は長嶋を3打席続けて変化球で打ち取っており、4打席目は変化球狙いに切り替えるはずと考えていたところ、捕手の田淵幸一は「長嶋さんはそれでも直球狙いで来る」と意見が対立した。 |
| 結局上田の考えを尊重し直球勝負したが、長嶋は田淵の考えどおり直球狙いで、見事に狙い打ちされたという。 |
| 上田は「もちろん悔しい思いもあったが、長嶋さんと真っ向勝負したすがすがしさがある」と語っている。 |
| また、優勝のかかった中日・巨人とのシーズン最後の2試合で、対中日戦に中日キラーの上田ではなく江夏が先発し、結果的に阪神が優勝を逃したため、この起用法について疑問が呈された。 |
| ただし、その時期の上田が不調であり、その前の後楽園球場での対巨人戦でも打ち込まれたため江夏を起用したという談話が残っている。 |
| 江夏も自叙伝で「この起用法は文句を言うべきものではない」という趣旨のことを記している。 |
記録
| オールスターゲーム出場:2回(1970年、1973年)。 |
背番号
| 16(1970年-1979年)。 |
| 15(1980年-1982年)。 |
| 86(1983年)。 |
| 73(1984年-1987年)。 |
| 83(1989年)。 |
| 81(1990年-1994年)。 |
登録名
| 上田二郎(うえだじろう)(1970年)。 |
| 上田二朗(うえだじろう)(1971年-1976年)。 |
| 上田次郎(うえだじろう)(1977年-1978年)。 |
| 上田次朗(うえだじろう)(1979年-)。 |
関連項目
| 和歌山県出身の人物一覧。 |
| 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧。 |
|
1947年
|
上田 次朗 (うえだ じろう)は、和歌山県田... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
江夏豊
兵庫県尼崎市出身(奈良県生まれ)の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。 |
|
|
田淵幸一
東京都豊島区出身の元プロ野球選手(捕手、内野手)、プロ野球指導者(監督、コーチ)、野球解説者、阪神タイガースOB会会長(第6代)。株式会社タブチエンタ... |
|
|
江本孟紀
高知県香美郡土佐山田町(現:香美市)生まれ、同県高知市出身の元プロ野球選手(投手)。現在は独身(離婚あり)。現役引退後は野球解説者、野球評論家、政... |
|
|
藤田平
和歌山県和歌山市出身の元プロ野球選手・監督、野球解説者。阪神タイガースの生え抜き打者で名球会入りした唯一の選手。引退後は解説者を経て、シーズン途中... |
|
|
星野仙一
岡山県倉敷市出身のプロ野球選手、プロ野球監督。現役時代のポジションは投手。 |
|
|
梅本正之
和歌山県出身の元プロ野球選手(投手)、コーチ、スコアラー、寮長。 |
|
|
吉田義男
京都府京都市中京区出身の元プロ野球選手(内野手)。今牛若丸と称され、華麗かつ堅実な守備で知られた守備の達人であった。引退後は3度にわたって阪神の監督... |
|
|
岡田彰布
大阪府大阪市中央区出身の元プロ野球選手(内野手)、監督、野球評論家。からオリックス・バファローズの監督を務める。 |
|
|
吉田康夫
昭和時代後期に活躍したプロ野球選手。現阪神タイガース一軍バッテリーコーチ。 |
|
|
小林繁
鳥取県東伯郡赤碕町(現:琴浦町)出身のプロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ。赤碕小学校、赤碕中学校、由良育英高校(現:鳥取中央育英高校)卒業。「江... |
|
|
頓田国満
頓田国満(とんだくにみつ、1964年7月6日-)は熊本県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 |
|
|
下柳剛
阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手)。 |
|
|
村山実
日本のプロ野球選手(投手)・監督、野球解説者。兵庫県神戸市北区生まれ、尼崎市出身。1963年の一時期「村山昌史(むらやままさし)」に改名。闘志むき出し... |
|
|
金本知憲
阪神タイガースに所属するプロ野球選手(外野手)。ファンやマスコミからの愛称はアニキ(兄貴)など、友人からはかねもっちゃん、カネ。右投げ左打ちの打者... |
|
|
金田正泰
京都府京都市出身のプロ野球選手(外野手)・監督・指導者・野球解説者。現役時代から監督時代まで阪神タイガース一筋を貫いた。 |
|
|
小山正明
小山正明(こやままさあき、1934年7月28日-)は元プロ野球選手(投手)。優れた制球力から「投げる精密機械」と称えられ、日本プロ野球歴代3位の320勝、同5位... |
|
|
和田豊
千葉県松戸市出身の元プロ野球選手(内野手)。現役時代は阪神タイガースに所属し、引退後は同チームのコーチを務める。 |
|
|
笠間雄二
石川県金沢市出身の元プロ野球選手(捕手)。 |
|
|
葛西稔
青森県弘前市出身の元プロ野球選手(投手)・野球指導者。現阪神タイガーススカウト。 |
|
|
掛布雅之
千葉県千葉市出身の元プロ野球選手(内野手)。現在はスポーツ報知・毎日放送の野球解説者。新潟県三条市生まれ、大阪府豊中市在住。4代目ミスタータイガース。 |
|
|
上田次朗さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|