| 「SERABAND」という名称のバックバンドを率い、アルバム発売時の全国ツアーや小規模ライヴハウスを連日借り切っての「マラソンライヴ」、生誕30周年を祝う武道館公演などを精力的に展開。 |
| SERABANDは1998年5月に行われた日清パワーステーションのフェアウェルライヴまでの活動が確認されているが、その後の活動記録はない。 |
| 1990年以降、SERABANDによるGentleHandsと題したアコースティックライヴを毎年冬に展開して話題となる。 |
| アコースティックの活動はSERABAND解散後も続き、その成果として2001年と2006年にはアコースティックライヴ映像集、2007年には全編アコースティックのアルバム、2008年にはアコースティックギターの教則DVDを続々リリースすることとなる。 |
| ソロ活動開始以降は俳優業も本格的に開始。 |
| その評価は高く、TV『太陽にほえろ!』などの刑事ドラマ、NHK朝ドラ『チョッちゃん』や『Wの悲劇』、『極道の妻たち』シリーズ、『マルモのおきて』、『カンゾー先生』などの映画にも多数出演し、日本アカデミー賞の第10回及び第22回助演男優賞を受賞。 |
| 俳優活動の代表作として挙げられる『太陽にほえろ!』では、ハンフリー・ボガート(愛称:ボギー)に心酔した、その名も『ボギー』というニックネームの転任刑事として活躍。 |
| 世良本人の出身地に合わせ、広島出身、大のカープファンというキャラであった。 |
| 熱血漢・直ぐにカッとなる猪突猛進の性格の反面、人情味に溢れ、小動物を愛し、純情な一面も持ち合わせる。 |
| (神田正輝演じる『ドック刑事』に言わせると、「ほ~らまた始まったよ、純愛感動路線が」とからかわれる)が、その熱血漢が災いしてか、この頃の『太陽に~』では珍しく、転任して約1年半と言う期間で殉職・降板(第597話『戦士よさらば・ボギー最後の日』にて刺殺)となる。 |
| 2枚目半の『格好良くキメているつもりの、ドジで格好悪い刑事』というボギー刑事が刺殺される場面では、必要最低限の都会の雑踏音・喧騒と、世良本人の希望によりBGMなしの音声のみで左胸をナイフで刺されるシーンを放映。 |
| 法律では裁けない『悪』へ単身乗り込もうとしようとした所で不意に刺され、一瞬呆然とするボギー。 |
| そして「まだやりたいこと、あんだよぉ!」と無念さを言葉に出し、広島の実姉の名を呼び、無様な最期となった自分への言葉ただし、当初の台詞は「おんどりゃー!」という、全く正反対のものだった。 |
| しかし世良自身がこの台詞に「ボギーのキャラクターじゃない」と難色を示したため再検討した結果、採用された「まだやりたいこと、あんだよぉ!」に決まった。 |
| それぞれが上手く演出され、ボギー刑事の無念さをあらわす、悲しい名場面となった。 |
| 1989年主演した『クライムハンター怒りの銃弾』(東映Vシネマ)はVシネマ第一号として、その後のVシネマ(オリジナルビデオ)の量産を産むこととなる。 |
| NHK朝ドラ『チョッちゃん』本番において、世良自身がヴァイオリンを演奏・OAしているのを高嶋ちさ子がTVで見抜き、覚えていた。 |
| これが、後々に2人がセッションを組むきっかけとなった。 |
| 1989年、ツイストでのデビュー以来所属していたレコード会社であるポニーキャニオンを離れ、eastwestjapan(ワーナーミュージック)へと移籍。 |
| いくつかの社内レーベル移動を経て、1997年まで所属。 |
| その中ではツイストの再結成活動も行った。 |
| 1998年から約3年間はレコード会社への所属をせずにライヴ活動に専念。 |
| 1999年になると弾き語り形式のソロ・アコースティックライヴを本格的に始めるほか、ハッピーラビッツやSSKユニットなどのプロジェクト活動が活発化。 |
| ここで野村義男や櫻井哲夫と組んだことが、21世紀の活動内容へと発展していくこととなる。 |
| この頃から、音楽活動への専念を理由に俳優活動を休止させる。 |
| 2000年、自主レーベル「Spicule」を立ち上げて新譜を製作することを発表し、新曲作りを活発化させる。 |
| 2001年2月に自主レーベル第一弾アルバム「nobodyknows」を発表。 |
| ここではSERABAND時代のメンバーである神本宗幸(Key.)とサマンサ(Dr.)、そしてハッピーラビッツの活動で関係が密になった野村義男をゲストプレイヤーに招いた。 |
| また、世良自身が久々にベースをプレイしている。 |
| Spiculeからは2001~2002年の間に3枚のオリジナルアルバムとファン向けの企画盤「射手座のコッコちゃん」、広島で収録したアコースティックライヴビデオをリリース。 |
| アルバム「nobodyknows」発売記念として行ったライヴにおいて、野村義男(G.)、高砂圭司(B.)、横瀬卓哉(Dr.)という編成が実現。 |
| これが軌道に乗って正式に「GUILD9」という新バンドとなり、その後は同バンド名義でアルバムもリリース。 |
| 2003年、ツイスト時代の曲をセルフカヴァーした「照TWISTSONGS」を日本コロムビアからリリース。 |
| これは6年ぶりの国内メジャーレコード会社復帰作となった(このときの商品帯に付いていたキャッチコピーは「世良が動いた!」)。 |
| ロサンゼルスで録音したこのアルバムの交友関係が元になり、海外ミュージシャンとのユニット「TWISTINTERNATIONAL」が誕生。 |
| 2003年10月には日本武道館公演も行う。 |
| このときに出会ったエリック・ゴーフェン、マーティ・フリードマン、ダグ・アルドリッチといった人脈は、後の活動にも活きることとなる。 |
| 2004年、CMで共演した宇崎竜童、岩城滉一とともに3ピースのアコースティックユニット「GENTLE3」を結成。 |
| 各地でライヴやディナーショーを行ったほか、ライヴアルバムもリリース。 |
| 2006年、盟友の野村義男とともにアコースティックユニット・音屋吉右衛門としての活動を開始する。 |
| 2008年1月、デビューシングルとして新番組「ヤッターマン」の主題歌をアコースティックアレンジでカヴァー。 |
| しかし、原曲の作曲者山本正之が自身の公式サイト上で制作サイドの内部事情を暴露した際に(現在は削除済)「デモテープだと思った」と酷評。 |
| それが火種となって、往年のコアファンを始めとした新旧ヤッターマン視聴者からの批判がインターネット上で噴出することとなった。 |
| 一方でそういった話題性が追い風となったのか、CD発売に先かげて開始された着うたやiTunesStoreなどの配信系販売ルートでのダウンロード数は3万曲以上を記録し、オリコンシングルCDランキング週間チャートにも初週で第38位に初登場。 |
| 配信開始1ヶ月、CD発売10日前後の時点で通算5万枚のセールスを記録するスマッシュヒットシングルとなった( |
| なお、このバージョンは当初の予定どおり2008年3月17日放送分(1クール分、第10話)まで使用されたが、世良公則はその2日後に一連の騒動に対する見解を含んだ記事を公式サイト上で発表している。 |
| 2008年8月、ヤッターマンと同じタツノコプロが制作した伝説的なアニメ「マッハGoGoGo」のトリビュートアルバムに参加。 |
| ベースに寺沢功一、ドラムに高橋ロジャー和久を迎えた4人編成で、名義も「音屋吉右衛門'寿」となった。 |
| 2008年、音楽活動への専念を理由に一部映画出演を除いて休止していた俳優業を本格的に再開することを発表NHK『SONGS』2008年1月30日放送分にて。 |
| 2008年12月24日、世良公則(GUILD9)名義及び音屋吉右衛門'寿名義によるアルバムを2枚同時リリース。 |
| 異なる名義による2枚の新譜を同時発売するのは初めての試み(ツイストで新譜とライヴアルバムを同日発売したことはある)。 |
| それぞれのアルバムタイトル「UNDERCOVER」は敬愛するローリング・ストーンズのアルバム名から引用したもので、マスタリングやブックレット写真撮影者にもローリング・ストーンズと縁のある人物を起用した。 |
| 2010年2月にNHK教育の教養番組『趣味悠々』に出演して陶芸に挑戦。 |
| これ以降は陶芸との関わりも目立ち始め、陶芸の盛んな土地でライヴを開いたり、ドラマの収録現場でもドラマの共演者と陶芸を行ったり、ツアーグッズで自作の陶器をラインナップするようになる。 |