| 2008年10月5日、世界団体選手権(東京)に代表として出場。 |
| 決勝戦にのみ登場し、開始わずか16秒、フランスのマリーヌ・リシャールに小内刈で余裕の一本勝ち。 |
| 日本の優勝に貢献した。 |
| 北京五輪後、初の個人戦となる講道館杯では順調に勝ち上がり、決勝でロンドン五輪へのライバルと目される西田と公式戦初対決。 |
| 中村は強化を続けている組み手争いで西田にチャンスを与えず、指導2で優勢勝ち。 |
| この大会連覇を飾った。 |
| そして、同じく中村対西田の対決となった12月の嘉納杯東京国際・決勝。 |
| 中村は組み手争いでは優位に立ったが積極的に技が出せずGSの末、旗判定で西田に屈した。 |
| これで北京以降、ライバル対決は1勝1敗となった。 |
| 2009年は新たにIJFが導入した世界ランキング制_(柔道)がスタート。 |
| 五輪の出場権は従来の国内選考だけではなく、IJF指定のポイント付与大会に出場し、獲得ポイントで上位に入った選手でないと権利が得られなくなった。 |
| その有効ポイントは五輪直前2年間。 |
| よって日本選手にとって2010年4月以前の大会の意義は、外国人選手・国際大会経験と毎年開催に変更された世界選手権代表選考へのアピールが主眼となった。 |
| その緒戦、グランドスラム・パリ(旧フランス国際)。 |
| 第3シードの中村は1回戦で07年世界選手権覇者石俊傑を破るなど順調に勝ち上がり、3回戦で第6シードの宿敵・西田と対戦。 |
| 前年の講道館杯と同様、厳しい組み手で西田に柔道をさせず、指導2で優勢勝ち。 |
| ところが準決勝で地元・フランスの伏兵オードリー・ラリッサ(フランス)に隅返で敗れ3位に終わった。 |
| 続くグランプリ・ハンブルク(旧ドイツ国際)。 |
| 中村は1回戦から体落、横四方固、GS小外刈(有効)、崩袈裟固(技有)と積極的な柔道で決勝に進出した。 |
| 決勝では何紅梅(中国)をGSの末、大内刈で降し優勝。 |
| この大会の1回戦で負傷棄権した西田に差をつけ、大会終了時点で世界ランキング2位となった。 |
| 2009年世界選手権オランダ大会の最終選考試合となった4月の全日本選抜柔道体重別選手権。 |
| 中村は1回戦、準決勝と相手に付け入る隙を与えず1本勝ちで決勝へ。 |
| 中村は小内刈で西田を腹這いにさせるなど優勢に試合を進めたが、両者ポイントなく延長戦へ。 |
| 判定は延長戦で主導権を握った西田に旗3本で中村は優勝を逃した。 |
| しかし、直接対決が僅差だったため、世界選手権代表に選ばれたのは世界ランキング上位の中村だった。 |
| 世界選手権の前哨戦となる5月のグランドスラム・モスクワ。 |
| 中村は緒戦から順調に勝ち上がり、決勝で世界ランク1位のナタリー・クズティナと対戦し優勢勝ち。 |
| グランドスラム初優勝を果たし弾みをつけた。 |
| 同年8月27日、世界柔道選手権大会。 |
| 中村は安定した試合運びで勝ち上がり、準々決勝ではGS指導で、準決勝は指導による反則勝ちで決勝戦に進出した。 |
| 決勝戦中村は痛めている左の大外刈で、ヤネト・ベルモイに技ありの優勢勝ち。 |
| この階級で楢崎教子以来、10年ぶりの世界王座を獲得。 |
| 世界ランキング1位に躍り出るとともに2段に昇段した |
| 世界選手権優勝で講道館杯を免除された中村は12月のグランドスラム・東京で、その講道館杯を制した西田と準々決勝で対戦した。 |
| 中村の厳しい組み手に西田は自分の柔道ができず、中村の有効一つの優勢勝だったが、実力差が現れた試合内容だった |
| 2010年の初戦となった韓国でのワールドマスターズ2010(1月16日~17日)は今期から新設された最新世界ランキング16位以内の選手に優先出場権が与えられる大会。 |
| 決勝では西田を一本で破って勝ち上がってきたラウラ・ゴメス(スペイン)をこれまた押さえ込みで下し優勝。 |
| 名実ともに世界ランキング1位の座を固めた |
| 続いて開催されたグランドスラム・パリ(2月6日~7日)は旧フランス国際以来、4年連続3位に終わってきた相性の良くない大会。 |
| しかし準決勝に勝ち上がった中村は、西田を破ってきたメリエン・マウッサ(モロッコ)を上四方、決勝ではカラスコサを縦四方で下し、大会初優勝 |
| 東京での世界選手権出場を賭けた4月の全日本選抜柔道体重別選手権。 |
| 国際大会の実績とともに現役最強の立場を守った |
| これで2009年グランプリ・ハンブルク以来国際大会7連勝となり、IJFの公式サイトで「負け方を忘れた中村」と評された |
| また、今大会で優勝したことにより、IJFグランプリシリーズにおけるグランドスラム大会を全制覇した最初の選手となった。 |
| 中村は準優勝に終わり、西田が五輪代表レースに土壇場で踏みとどまった |
| 講道館杯と同時期に開催された広州でのアジア大会に派遣された中村は北京五輪で苦杯を舐めた安金愛(北朝鮮)と準決勝で対戦。 |
| 続く決勝では、過去に何度も対戦しているモンゴルの選手をポイントで圧倒し最後は一本を決め優勝を飾った |
| 2011年の初戦は1月、世界ランキング上位選手が集まるワールドマスターズ。 |
| 中村は体落で有効を取った後に崩上四方固を決め、オール一本勝ちでマスターズ2連覇を達成した |
| 2月にはグランドスラム・パリに出場して最初の2戦は順当に一本勝ちして勝ち上がるものの、準々決勝でフランスのプリシラ・ネト相手にやや苦戦して、GSに入ってから内股で有効を取られて敗れる。 |
| 国際大会では2008年4月のアジア選手権以来、約3年ぶりにメダルなしに終わった |
| 4月2日~3日の全日本選抜柔道体重別選手権は西田がアジア選手権に派遣される為に欠場し、中村にとって足を掬われることが許されない大会となった。 |
| 西田以外の選手との実力差を示し、世界選手権代表に選出された |
| 8月の世界選手権では、3回戦で安と対戦して先に指導1を取られるも指導1を取り返して延長戦に突入すると、大外刈で技ありを取って接戦に決着を付け、準々決勝ではクズティナを上四方固、準決勝でスペインのアナ・カラスコサに体落でそれぞれ一本勝ちして、決勝では前年に続く対戦となった西田に先に指導1を取られるが、その後は攻め込んで指導2を取り返して優勢勝ちを果たして、2年ぶり2度目の優勝を果たした |