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プロフィール
- 中松義郎とは
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- 生い立ち
- 発明
- 発明品
- 「フロッピーディスクの発明者」との主張
- 商標登録
- 政治活動
- 頻繁な立候補
- 幸福実現党
- イグノーベル賞受賞
- 平和活動
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- 著書
- 関連サイト
中松義郎(なかまつよしろう、通称: ドクター中松、1928年6月26日-)は、日本の発明家、実業家である。 ドクター中松創研代表取締役、日本文化振興会会長 。ただし自称している実績には、裏づけにとぼしいものが多い(詳細は以下の記事を参照)。
人物
| 発明家として多数の特許を取得しており、タレントとしてテレビに多く出演しているため、日本での知名度は高い。 |
| 2006年(平成18年)に行われたインターネット世論調査では、「この人のおかげで今がある」とされる発明家として、第1位となったトーマス・エジソンに次ぐ2位となった中松は数千票を獲得、3位はグラハム・ベル、4位ライト兄弟、5位レオナルド・ダ・ヴィンチ、6位アルバート・アインシュタインであった「 |
| ]」DIMSDRIVE、2006年。 |
| 1989年(平成元年)にはニューズウィーク誌に掲載された『WhoSaidTalkWasCheap?』という短い記事において、講演料が高額な人物のサンプル12人の中で唯一の日本人として、1時間あたり1万ドルと紹介されたこの記事で紹介されている12人はランキングが付いてるわけではなく、ロナルド・レーガン元大統領や、企業家のリー・アイアコッカといった有名人から、アメフトチームのコーチ、超音速機のパイロット、タイタニック号の発見者など様々なジャンルから選ばれている。 |
| 中松はこの記事を根拠に「ニューズウィークの選出した『世界12傑』に選ばれ、価値が1時間1万ドルと評価された」と主張している |
| また、これまでに数々の受賞歴があり、アメリカ合衆国の11の州で名誉市民となっているほか、「ドクター中松デー」という記念日が制定されている例もあるとしている。 |
| ただし、アメリカでは名誉市民賞や記念日は市に対して本人が寄付を行えば授与されるケースが多く、一般的な顕彰とは位置づけが違っている。 |
| さらに、世界発明コンテストに11年連続でグランプリ受賞したとしているが、そのコンテストの主催者である国際発明協会(社団法人「発明協会」とは無関係の組織)の会長は中松自身である。 |
| 工学・法学・医学・理学・人文学の博士号を持っていると、東京都知事選の選挙公報誌等で公表している2003年東京都知事選挙選挙公報誌では、理学博士・法学博士・人文学博士と公表している。 |
| 中松は野球などのスポーツにも造詣が深く、1990年には日本人として初めてメジャーリーグ球団ピッツバーグ・パイレーツの始球式を行っている |
| 著書などではしばしば愛国心について語っており、本人の歌唱による「君が代」のCDも発売されている。 |
生い立ち
| 東京府(当時)出身。 |
| 母親は東京女子高等師範学校を卒業した教師であった |
| 学校は、はじめ麹町小学校に越境通学した後、東京・原宿の自宅から至近の青山師範学校付属小学校に4年生から編入した。 |
| その後は旧制麻布中学校、海軍兵学校舞鶴分校海軍兵学校出身者(生徒)名簿(1978)、旧制成城高等学校理科甲類を経て、東京大学第一工学部石油工学科を卒業、直後に法学部に編入した。 |
| 卒業後には三井物産にてヘリコプターの営業に携わり、この際にヘリコプターによる農薬散布を発案したという。 |
| 1959年(昭和34年)、イ・アイ・イに入社、専務、副社長を歴任した。 |
| 1971年(昭和46年)、同社社長との対立から独立した中松はナコー(現在のドクター中松創研)を設立、自らの研究開発の拠点とした。 |
発明
| これまでの発明件数は3,000件以上であり、エジソンの1,093件を上回り世界一だと主張している。 |
| しかし、エジソンの発明が1,093件というのはアメリカ国内で取得した特許の件数であるが、中松による日本国内での特許出願件数は約600件2005年時点であり、公平な比較とは言いがたい「出願」なので、取得できなかった発明も含む。 |
| 3,000件以上という数字がどこから出てきたのかは不明。 |
| また、ギネス世界記録では工学博士の山崎舜平が2004年に3,245件の特許を取得したとして世界一に認定(2011年には6,314件で再認定)されており、中松を大きく上回っている。 |
| なお、1980年から1993年にかけては「発明件数2,360件」と主張していたが、『宝島30』1993年11月号に掲載された記事『「ドクター中松」という珍発明』(松沢呉一)において発明件数が10年以上も全く変化していないことを指摘されて以降は、現在の「3,000件以上」という主張となった。 |
発明品
| 「これは、中松が中学生の頃に母親が醤油を瓶に移し替えるのに苦労しているのを見て灯油ポンプを元に発明したものであるという。 |
| ただし、特許明細書13297号(1907年)で特許を得ている人は別人であり、特許庁で実用新案として登録されている「醤油チュルチュル」はまったく別の構造。 |
| 頭に良い物質を適当に配合したことを特徴とする食品。 |
| 特許出願では、「頭が良くなる根拠が不明である」との理由で不採用となっている。 |
| その他「頭に良い~」シリーズの発明は膨大ながら、特許を得ているものはない。 |
| 除雪車に搭載された原子炉の炉心に直接雪を送り込み、その熱で雪を溶かして一次冷却水にするというもの。 |
| ただし、放射性物質に汚染された排水の処理の仕方が明記されていないとの理由から特許としては不採用となっている |
| ドクター中松エンジン(エネレックス)。 |
| 宇宙エネルギーによって動作すると言われる原動機であり、実際には太陽電池と同じく電磁波をエネルギーに換えるものであり、もしくはラジオメーター(ラジオメーター効果)とも解釈される永久機関と称する向きもあるが、本来の永久機関の定義は外部から継続的にエネルギーを供給されないものを指すため、これに当たらない''(当該項目も参照)''。 |
| 水に水素化ホウ素ナトリウムを混ぜて金属触媒によって水素を取り出して自動車の燃料する装置であり、原理としては燃料電池と同様のものである。 |
| 2006年(平成18年)に発明して国際特許を取得。 |
| 水素化ホウ素ナトリウムの単価が高いため、実用化には至っていない。 |
| この発明を環境技術に関する映画を企画していた米国の製作会社「ダークホース・エンターテインメント」が注目、中松を主題としたドキュメンタリー映画「マスター・オブ・イノベーション〜ドクターナカマツ・ストーリー」の制作を2007年1月に発表した。 |
| 制作発表ではこれは日本人として史上初の「個人」が扱われるハリウッド映画であり、年内に米国と日本で公開するとしていたが、映画雑誌「キネマ旬報」のサイトの映画データベース( |
| フライングシューズ(ピョンピョンシューズ)。 |
| 底が板バネになっており、ピョンピョンと高くジャンプできる靴。 |
| 中松の代名詞的発明であり、テレビ出演時にこれを履いて登場することが多い。 |
| このまま旅客機に乗り込もうとして、ピョンピョン跳ねた勢いで天井に頭をぶつけてしまい「頭が悪くなったらどうしてくれる!」と怒鳴ったというエピソードを持つ。 |
| 中松が発明した「セックス方程式」に基づいて開発された性感度が3倍になるとされる香水。 |
| 男女共用で若返り効果もあるとしている。 |
「フロッピーディスクの発明者」との主張
| 中松がフロッピーディスクの発明者であり特許を取得したと主張し、これが話題になったため、一時期盛んにテレビやラジオに出演した。 |
| 五ツ木書房の「Selett」のテレビCMでは、「私の発明にはフロッピーディスクがある」という中松のセリフを流したことがある。 |
| また、2010年現在「ドクター中松創研公認オンラインショップ」でも、「フロッピーディスクの発明者、ドクター・中松」として関連商品を販売している |
| しかし、中松が発明したのは「ナカビゾン」もしくは「積紙式完全自動連奏蓄音器」かつて学研から学習用教材として販売された事がある。 |
| 製造元は、リコー教育機器株式会社のマイティーチャー。 |
| である。 |
| 1948年(昭和23年)に特許申請され、1952年(昭和27年)に登録された。 |
| ナカビゾンは何枚も繋がった紙の横一行一行に譜面が記録されていて、自動連奏蓄音機の譜面読み取り部分が左右に振れることで、譜面を読み込み演奏するものである。 |
| 簡単に言うと、「レコードジャケットに穴を開けて、中身を取り出さずにそのまま使えるようにする」という特許であり、多少は似たような部分はあってもフロッピーディスクそのものではない。 |
| 実際のフロッピーディスクはアラン・シュガートが率いるIBM社の開発チームが1970年(昭和45年)に開発し、1971年(昭和46年)より商品化されている。 |
| つまり、本当の発明者はアラン・シュガートで、特許を取得しているのはIBMである。 |
| IBMが日本でのフロッピーディスク販売に関連して中松の持つ特許の「非独占的特許使用契約」を結んだのは事実であるが、契約がされたのは1979年(昭和54年)2月である。 |
| 両者の契約が行われたのがフロッピーディスクが既に商品化された何年も後である以上、中松の特許がフロッピーディスクの商品開発に直接関与していないのは確実である。 |
| IBMは自社の特許を守るため、当時フロッピーディスクの構造に抵触しそうな他者の特許に対して契約を結んでいた。 |
| 中松の特許もその一つに過ぎず、これは、IBMがフロッピーディスクを日本で発売する際に、中松との紛争を避ける目的である。 |
| その契約内容は技術的なものではなく、エンベロープの意匠に関するものであったとされている。 |
商標登録
| 特許以外にも数多くの流行語の商標登録出願を行い、「元祖平成維新」や「新・民主党」「知本主義」などは商標登録されている。 |
| しかし、「がんばれ日本(にっぽん)」はJOCから不使用取消審判が請求され、審決取消訴訟を経て、中松の商標登録取消が確定した共同通信「 |
| 「発明家『ドクター・中松』氏、敗訴確定『がんばれ日本』の商標登録問題」『読売新聞東京本社版』2005年4月13日付朝刊、33面。 |
政治活動
| 「ドクター・党」「政治発明党」「発明政治」「新自民党」などの政治団体を結成し、自ら代表に就任している。 |
| 2007年(平成19年)、第21回参議院選挙に立候補した際に発表した「ドクター・中松ドクトリン」には、「私にしか出来ない最先端の発明が日本のためになる」「官僚はよく働く者のみなし数を1/2にする」「現行憲法は存在しない。 |
| 現行憲法の名称は大日本帝国憲法の昭和二十一年改正であるべきである」等記載されていた。 |
頻繁な立候補
| 初めは1991年東京都知事選挙に無所属で立候補、“21世紀の地球都市を発明する”の基本政策を掲げ、自作のジャンピングシューズ(ピョンピョンシューズ又はフライングシューズ)を履いたパフォーマンスを行った。 |
| 選挙公約は、「財政赤字を解決する発明」「行政改革を解決する発明」などであり、あらゆる問題の解決発明は既に用意しているとした。 |
| 翌1992年(平成4年)の参院選、2007年(平成19年)の都知事選の政見放送や街頭演説では当選の暁にはICBMを発射してきた国にUターンさせる発明「ドクター中松ディフェンス(DND)」で日本を守るとしたが、その詳細は明らかでない。 |
| また、1995年東京都知事選挙に立候補を表明するも「発明家・中松義郎氏が出馬表明都知事選、2度目」『読売新聞東京本社版』1995年3月9日付朝刊、34面。 |
| 、告示前に断念し「発明家の中松氏、都知事選出馬を断念」『読売新聞東京本社版』1995年3月21日付朝刊、34面。 |
| 、上田哲候補の応援に回っている「都知事選きょう投開票有力6候補密着ドキュメント」『読売新聞東京本社版』1995年4月9日付朝刊、30面。 |
| 2011年(平成23年)の東京都知事選にも無所属で立候補したが |
幸福実現党
| 2009年(平成21年)7月、宗教法人「幸福の科学」を母体とする政党幸福実現党に招聘されて同党特別代表に就任し、2011年(平成23年)2月28日の退任まで務めた。 |
| 中松は「幸福の科学」の会員ではないものの「 |
イグノーベル賞受賞
| 2005年(平成17年)、「35年間に渡り自分の食事を毎回撮影し、食べた物が脳の働きや体調に与える影響を分析し続けたこと」に対して、イグノーベル栄養学賞が贈られた。 |
| 彼の理論によると、人間は最大144歳まで生きることが可能であり、彼自身も144歳まで生きることを目標にしていると語っている。 |
| ちなみに、彼の母は101歳まで健在であったが、病院側の対処がもっと良ければ母は少なくとも120歳ぐらいまでは生きられたはずだと彼は主張しているちなみに、確実な証拠のある史上最高齢の記録はジャンヌ・カルマンというフランス人女性の122歳。 |
| 講演や選挙の演説などで、中松はイグノーベル賞を「IG(アイジー)ノーベル賞」と呼称し、本家ノーベル賞と同様かそれ以上の権威と栄誉がある賞だと主張しているが |
| 、実際には犬語を日本語に翻訳する玩具「バウリンガル」が受賞していることからもわかるように、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して贈られるジョーク的な賞である中松以外の受賞者についてはイグノーベル賞受賞者の一覧を参照のこと。 |
| 長年に渡り食べた物が脳の働きや体調に与える影響についての研究を続けてきた結論として、人間は一日三食も食べると頭が悪くなると主張しており、彼自身は一日一回しか食事をしないと語っている。 |
| さらに、20歳の頃にセックスをすると頭が悪くなるとも主張しており、自身も24歳までセックスをしていなかったという『二十歳のころ』東大教養学部立花隆ゼミ(新潮社1999/12)ISBN4-10-395503-1。 |
CM
| アイリスオーヤマ「[CM界]負け惜しみは発明の母?不敵に笑うドクター中松」『読売新聞東京本社版』1997年6月23日付夕刊、16面。 |
著書
| 三×(バイ)の人生(学習研究社、1977年)。 |
| 独創力の秘密(PHP研究所、1981年、ISBN4-569-20636-0)。 |
| 異学発想のすすめ(講談社、1986年、ISBN4-06-202606-6)。 |
| ドクター中松平成日本を診断する(ビジネス社、1989年、ISBN4-8284-0391-4)。 |
| ドクター中松のスーパー育児術(自由国民社、1993年、ISBN4-426-83101-6)。 |
| 頭の良い子を育てる環境・運動・食事(ベストセラーズ、1994年、ISBN4-584-00890-6)。 |
| 宇宙と地震のメカニズム(泰流社、1995年、ISBN4-8121-0110-7)。 |
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1928年
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中松 義郎(なかまつ よしろう、通称: ドクタ... |
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日本人として初めてメジャーリーグ球団ピッツ... |
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