| 4歳の時に鈴木鎮一ヴァイオリン教室でヴァイオリンを習い始める。 |
| 幼少から、高校教師の父(補導の担当場所が映画館だった)に連れられて年間約300本の映画を4年続けて見ており、そのことが現在の仕事に強く影響を与えていると後に語っている。 |
| 中学では吹奏楽部に所属しトランペットを担当。 |
| この際、演奏よりも部活用の譜面を作って周囲に喜んでもらえる方が嬉しいと思った事から作曲家を志すようになる。 |
| 須坂高等学校在学中、幌村隆に師事し和声楽や対位法などの音楽理論を学ぶ。 |
| 国立音楽大学作曲科で島岡譲に師事。 |
| 在学中よりコンサートの楽曲提供・プロデュースを行う。 |
| 大学3年の時にミニマル・ミュージックに出会い影響を受け、現代音楽の作曲家として活動を開始する。 |
| また、テリー・ライリーやフィリップ・グラスといった世界的なミニマル・ミュージックの作曲家の楽譜分析を始める。 |
| 卒業後もアンサンブルグループを結成してコンサート活動をする傍ら、1974年、テレビアニメ『はじめ人間ギャートルズ』の音楽を担当(当時は本名である藤澤守名義)。 |
| これが実質的な商業デビュー作となる。 |
| 1978年からはニュー・サウンズ・イン・ブラスの吹奏楽編曲を長らく手掛けた。 |
| 1981年、全曲作曲とプロデュースを手がけ、ミニマルを基本としたアルバム『MKWAJU』(ムクワジュ・アンサンブル名義)がBetterDaysレーベルよりリリース。 |
| 1982年に自身の事務所となる「ワンダーシティ」が設立され(代表取締役は妻の藤澤文女)、本格的なソロアーティストとしての活動を開始。 |
| 同年にファーストアルバム『INFORMATION』をリリース。 |
| 1984年、宮崎駿監督による劇場長編アニメーション『風の谷のナウシカ』の音楽を担当。 |
| この作品の音楽は当初、細野晴臣が手掛ける予定だったが、映画のイメージと合わないという理由で宮崎と高畑勲が採用を取りやめ、イメージアルバムを手掛けた久石が代打として本編にも起用された。 |
| それまで有名ではなかった久石が、このことによって一躍脚光を浴びることになる。 |
| この際の経緯は高畑の著書『映画を作りながら考えた事I』に詳しい。 |
| また、金田伊功によるOVA作品『BIRTH』の音楽なども手掛けた。 |
| 1985年、自身のレコーディングスタジオ「ワンダーステーション」を設立。 |
| 1992年より3年連続で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。 |
| 1998年には1997年度芸術選奨新人賞(大衆芸能部門)を受賞した。 |
| 長野パラリンピック冬季競技大会では総合演出を手がけ、テーマソングも作曲した。 |
| 2001年、宮崎駿監督作『千と千尋の神隠し』や北野武監督作『BROTHER』、フランス映画『LePetitPoucet』などの音楽を担当するほか、自身の初監督となる映画『Quartetカルテット』を発表した。 |
| 2004年、『ハウルの動く城』の音楽を担当するほか、第57回カンヌ国際映画祭において、日本の作曲家としては初となるオープニング・セレモニーの作曲と指揮を担当、注目を集めた。 |
| 2005年、『ハウルの動く城』でロサンゼルス映画批評家協会賞最優秀音楽賞を受賞。 |
| また、佐藤純彌監督作『男たちの大和/YAMATO』の音楽を担当した。 |
| 2007年、前年度(2006年度)の著作物使用料の分配額が最も多かった作品として「ハウルの動く城BGM」がJASRAC賞の金賞を受賞。 |
| 1999年の「もののけ姫BGM」(銅賞)、2003年の「千と千尋の神隠しBGM」(金賞)に続く3度目の受賞であり、BGMで2度目の金賞受賞は史上初。 |
| 2008年、『崖の上のポニョ』の音楽を担当。 |
| また、前年に担当した韓国ドラマ『太王四神記』の音楽で2008年2月アメリカの国際映画音楽批評家協会賞テレビ部門ベスト・オリジナル・スコア賞を受賞し、6月スペインのUBEDAFILMFESTIVAL音楽賞GoldspiritAwardsテレビ部門にノミネートされた公式サイトJune17.2008タイトル「UBEDAFILMFESTIVAL音楽賞ノミネート」より。 |
| 2008年9月閲覧。 |
| 中国映画『姨媽的后現代生活(おばさんのポストモダン生活)』の音楽で第27回香港電影金像奨(香港アカデミー賞)最優秀音楽賞(最佳原創電影音樂)を受賞。 |
| 2009年、音楽を担当した『おくりびと』が、日本映画としては初のアカデミー外国語映画賞を受賞。 |
| また、第85回箱根駅伝からの新テーマ曲『RunneroftheSpirit』を手掛けた。 |
| これは自身初の吹奏楽曲である。 |
| 同年、紫綬褒章を受章。 |
| 2010年、母校である国立音楽大学の招聘教授に就任。 |
| 10月には自身がパーソナリティを務めるラジオ番組『久石譲のLIFEisMUSIC』がニッポン放送で放送開始。 |