| プロボクシング:21戦19勝(11KO)2敗。 |
| ;2006年2月26日、対サマート・シットサイトン(タイ)1R23秒KO勝利。 |
| 試合開始10秒、左フックによるKO勝利。 |
| 対戦前に宣言していた「兄の興毅が記録した“1ラウンド44秒のKO勝利”を抜く」を実行した。 |
| シットサイトンは日本ボクシングコミッションから2006年度の招聘禁止選手 |
| 「ONLYLOVE」(HOUNDDOG)を歌う。 |
| ;2006年4月17日、対サマート・ツインズジム(タイ)6R判定勝利(3-0)。 |
| 連続KO日本記録更新を狙うと豪語していたが、早くも記録はストップ。 |
| ;2006年5月5日、対キティポップ・サンディジム(タイ)1R1分30秒KO勝利。 |
| 「ff(フォルティシモ)」(HOUNDDOG)を歌う。 |
| ;2006年6月5日、対ヨッピー・ベヌー(インドネシア)5R27秒TKO勝利。 |
| 「HeartofGold」(T-BOLAN)を歌う。 |
| ;2006年8月20日、対ウィド・パエス(インドネシア)1R1分45秒KO勝利。 |
| パエスは当時インドネシアマイナー団体の現役王者。 |
| 「ロード」(THE 虎舞竜)、アンコールとして「Dear」(T-BOLAN)を歌う。 |
| ;2006年9月27日、対バレリオ・サンチェス(メキシコ、当時WBC世界スーパーフライ級21位)8R判定勝利(2-0)。 |
| サンチェスは当時36歳、34戦17勝。 |
| 試合はWBAのメンドーサ会長・役員も観戦していた。 |
| 試合後、判定内容を批判した観客と、別の観客および亀田史郎らとの間で揉み合いが発生した。 |
| 試合後、メンドーサ会長は、大毅の印象について、潜在能力があるが、経験が不足していることを指摘するコメントをしている。 |
| ;2006年12月20日、対モハマド・サディック(インドネシア、当時インドネシアライトフライ級4位)1R37秒KO勝利。 |
| サディックは当時33歳、プロボクシング戦績データベースBoxRecで確認しうる公式試合記録は7戦0勝6敗1引き分け) |
| 「いつかのメリークリスマス」(B'z)を歌う。 |
| ;2007年2月24日、対ビッキー・タフミル(インドネシア、当時WBAライトフライ級4位)3R1分18秒KO勝利。 |
| タフミルは当時32歳、33戦31勝10KO2分。 |
| ただし、以前「ボクシング・マガジン」誌で、この戦績に懐疑的な見地からのレポートが掲載されたことがある。 |
| 一般的にタイ、インドネシア両国におけるプロボクシングの記録管理は極めて杜撰であり、地域タイトルの獲得経験者ですら正確な戦績を把握できないケースが多い。 |
| 2Rにはスリップダウンの際に大毅からエルボー・ドロップのような体当たりを喰らい、悶絶。 |
| これを戦意喪失と判断したレフェリーからダウンのコールを受けてから試合続行を拒否するような素振りを見せ始めた。 |
| 果たして3R、大毅にボディブローでノックダウンされた際、タフミルは本人曰く「抗議のパフォーマンス」という満面の笑みを浮かべつつ10カウントコールを聞いた。 |
| この試合の後に発表されたWBAランキングでタフミルはランキング圏外に陥落(WBAの公式見解によると、陥落の理由は「ノーランカーの亀田大毅に敗れたため」)。 |
| 大毅は事務処理の手違いでランキング入りしなかったが、所属の協栄ジムからの指摘・抗議を経て翌月発表のランキングで世界10位に認定された。 |
| 「lovesong」(森友嵐士によるオリジナル曲)を歌う。 |
| ;2007年4月30日、対クリストファー・テポラ(フィリピン、当時フィリピンスーパーフライ級12位)2R2分21秒KO勝利。 |
| 「ファンからの要望が最も多かった」として「道」(EXILE)、続けて「lovesong」を歌う。 |
| ;2007年7月28日、対ファーペッチノーイ・クラティンデーンジム(タイ、当時WBCフライ級17位)10R判定勝利(3-0)。 |
| ;2007年10月11日、対内藤大助(日本・宮田ジム、当時WBC世界フライ級王者)12R判定負け(0-3)。 |
| WBC世界フライ級タイトルマッチ。 |
| まず、対戦前の調印式において切腹発言 |
| 特に12Rの投げ技(数度クリンチしたまま縺れ合うように崩した他、内藤の下半身にクリンチした体勢から内藤の足が床から離れるように持ち上げ、レフェリーの静止を無視し投げた)には非難が集まった。 |
| 10月15日、日本ボクシングコミッションより1年間のライセンス停止処分が下された。 |
| また、10月17日の夕方、大毅は亀田史郎トレーナー、金平桂一郎協栄ジム会長とともに日本ボクシングコミッションを訪れ、前述の反則行為について謝罪会見を開いた。 |
| 大毅はトレードマークの金髪を剃り、坊主頭で記者会見に臨んだが、終始うつむいたまま何も語らず、わずか2分強で会見場を後にした。 |
| ;2008年11月6日、対アンヘル・レサゴ(メキシコ)5R1分47秒KO勝利。 |
| ;2008年12月8日、対イサック・ブストス(メキシコ、元WBC世界ミニマム級王者)3R1分32秒KO勝利。 |
| ;2009年3月4日、対ワンディー・シンワンチャー(タイ、元WBC世界ミニマム級王者、元WBC世界ライトフライ級暫定王者)6R27秒KO勝利。 |
| ;2009年5月13日、対ブンブン東栄(フィリピン・一力ジム、元WBCインターナショナルミニマム級王者)10R判定勝利(3-0)。 |
| ;2009年10月6日、対デンカオセーン・カオウィチット(タイ)12R判定負け(0-2)。 |
| WBA世界フライ級タイトルマッチ。 |
| ;2010年2月7日、対デンカオセーン・カオウィチット(タイ)12R判定勝利(3-0)。 |
| ;2010年9月25日、対坂田健史(日本・協栄ジム、元WBA世界フライ級王者)12R判定勝利(3-0)。 |
| ;2010年12月26日、対シルビオ・オルティアーヌ(ルーマニア)12R判定勝利(2-1)。 |