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プロフィール
- 二岡智宏とは
- プロ入り前
- 巨人時代
- 日本ハム時代
- 人物・プレースタイル
- 打撃
- 守備
- 「二岡ボックス」
- 不倫スキャンダル
- 慈善活動
- 年度別打撃成績
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 登場曲
- 関連項目
- 関連サイト
二岡智宏(におかともひろ、1976年4月29日-)は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(内野手)。
プロ入り前
| 広島県三次市出身。 |
| 同じプロ野球選手の福原忍と小学校から高校(広陵高等学校)まで同窓であり、中学校までは福原ではなく二岡がエースだった。 |
| 大学では1年生時からレギュラーとなり、7期連続ベストナイン、リーグ通算歴代1位の13本塁打、歴代2位の通算112安打を記録し、藤井彰人らと共に大学日本一など多くのタイトルを獲得。 |
| には春・秋のリーグ戦、大学選手権、明治神宮野球大会、社会人選手権優勝チームとのアマ王座決定戦の全てで優勝し、史上初のアマチュア五冠達成の原動力となった。 |
| 同年8月にはIBAFインターコンチネンタルカップに日本代表として出場、優勝メンバーの一員となる。 |
| 一方、広島スカウトの宮本洋二郎は、近畿大学在学中の4年間、常に二岡を目をかけ、全日本代表に選ばれた際にはオランダ・イタリアまで遠征、広島に来てくれるという確かな感触を掴んでいたという。 |
| ところがドラフト直前に巨人が猛攻勢を仕掛け立場が逆転してしまった。 |
| 入団断りの連絡が大学関係者から広島球団に入った際、宮本は「二岡自身の言葉で入団断りの連絡を伝えて欲しい、それを聞くまでは下がれません」と突っぱねた。 |
| しかし宮本が二岡本人の言葉を聞くことは最後まで無かった『野球小僧』2011年6月号89ページより。 |
巨人時代
| ルーキーイヤーの、長期にわたり巨人の遊撃手のレギュラーだった川相昌弘からポジションを奪取。 |
| 126試合に出場し打率.289、18本塁打の成績を残した。 |
| 例年ならば新人王に選ばれても決しておかしくない活躍だったが、同期入団で投手主要タイトルを総ナメにしていた上原浩治が新人王に選出された。 |
日本ハム時代
| 2008年11月25日に札幌市内で入団会見を行った。 |
| 背番号は「(巨人時代の)7以外なら何でもいい」という本人の要望により23となった。 |
人物・プレースタイル
| グラウンドや打席ではポーカーフェイスを貫いている。 |
| これは中学・高校時代の「野球選手はグラウンドで歯を見せるな」という教えを守っているためであるという。 |
打撃
| 細身だが柔軟な手首を利かした打撃で右翼方向へ大きな打球を飛ばすことができる。 |
| 巨人時代には「ミスター右中間」の異名をとった。 |
| 日本代表監督星野仙一(当時)からも右打者で右翼方向に本塁打が打てる数少ない打者と評価され、北京五輪予選の代表の第一次選考にも選ばれた。 |
| ルーキーイヤーからまではコンスタントに2割8分20本塁打をマークする遊撃手だった。 |
| 当時巨人の監督だった長嶋茂雄はその身体能力、潜在能力の高さを見抜き「いつか三番打者を打ち、3割・30本塁打・30盗塁を記録する」と発言し、原辰徳監督にも将来の主軸として期待された選手のひとりであった。 |
| 日本ハムに移籍してからは、打席に立つ際には状況に応じて、右打ちに加え犠打も積極的に行うようになるなど、チームバッティングを優先する形をとっている。 |
守備
| プロ入り後のキャリア初期においては、遊撃手として俊足と強肩を生かした守備を見せ、巨人不動の遊撃手となるまでに成長した。 |
| しかし、下半身の度重なる故障により徐々にスピードも衰え、守備範囲が狭くなっていった。 |
| 、二岡と同じ遊撃手である坂本勇人が頭角を現して1軍に昇格したが、既述の通り不動の遊撃手であった二岡からポジションを奪取するまでには至らず、空きのあった二塁手として出場した。 |
| しかし、すぐ後に二岡が肉離れにより2軍調整を余儀なくされると、それを埋めるために坂本が遊撃手を担うことになった。 |
| その後二岡が再び1軍に戻ってきたころには原監督の信頼を得、すでに定着してしまっていた。 |
| そのため、二岡の方が他のポジションに転向せざるを得なくなった。 |
| 二岡は三塁手に転向(当時小笠原道大が既に在籍していたが、このシーズンは主に本業である一塁手として出場した)したが、当初は不慣れであるためにエラーが多かった。 |
| しかし持ち前のセンスと練習により技術の向上が見られた。 |
| 日本ハムでは足の爆弾を考慮され、指名打者としての出場がほとんどである。 |
| ただし、内野の主力選手(金子誠、小谷野栄一など)がスターティングメンバー落ちなどした場合の代役として遊撃手、三塁手の守備に就く事もある。 |
| また、にはこれらに加えて高橋信二、稲葉篤紀などの故障から、一塁手にコンバート。 |
| そのため、DHと兼ねて一塁手としての出場も増えた。 |
「二岡ボックス」
| 二岡ボックスの実施により、2004年11月には、独立行政法人自動車事故対策機構から感謝状を贈呈されている。 |
不倫スキャンダル
| 2008年7月6日に、山本モナと共に東京都品川区五反田のラブホテル街に出入りしていた、という記事が、7月10日発売の女性週刊誌『女性セブン』に、写真付きで不倫スキャンダルとして掲載された。 |
| この年の二岡は開幕直後に怪我で二軍落ちしており、復帰直前と目されていた最中の出来事だった。 |
| この一件で二岡の一軍復帰も急遽見送られ、直後に読売ジャイアンツ球場で行われたイースタン・リーグの試合では、球場にいたファンから、激しいブーイングを浴びる事態も起きた。 |
慈善活動
| 2011年3月11日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の義援金として日本赤十字社を通じ200万円を寄付した。 |
年度別打撃成績
| 2010年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
表彰
| ベストナイン:1回(遊撃手部門:2003年)。 |
| 日本シリーズMVP:1回(2002年)。 |
| 東京ドームMVP:1回(2003年度) |
記録
| 初出場:1999年4月2日、対阪神タイガース1回戦(東京ドーム)-遊撃手として途中出場。 |
| 初先発出場:1999年4月3日、対阪神タイガース2回戦(東京ドーム)-七番・遊撃手。 |
| 初安打:同上-投手:川尻哲郎。 |
| 初本塁打・初打点:1999年4月14日、対広島東洋カープ2回戦(東京ドーム)-投手:黒田博樹。 |
| 1000試合出場:2007年5月18日、対中日ドラゴンズ10回戦(ナゴヤドーム)に五番・遊撃手として先発出場。 |
| オールスターゲーム出場:7回(1999年、2000年、2003年、2004年、2006年、2009年、2010年)。 |
| 2打席連続満塁本塁打:2006年4月30日、対中日ドラゴンズ6回戦(東京ドーム)の第三打席(4回裏)、第四打席(5回裏)で記録。 |
| 相手投手はそれぞれ石井裕也、クラウディオ・ガルバ。 |
| 2010年シーズン終了現在、日本プロ野球史上唯一。 |
| 1試合2満塁本塁打はプロ野球史上2例目で、1951年10月5日の飯島滋弥(大映スターズ)と並び史上最多、セ・リーグでは初。 |
| 1試合10打点:2006年4月30日※セ・リーグ最多タイ。 |
| 1985年8月10日のレオン・リー(横浜大洋ホエールズ)、1999年7月22日のロバート・ローズ(横浜ベイスターズ)、同8月12日の江藤智(広島東洋カープ)と並ぶ。 |
| プロ野球記録は飯島滋弥の1試合11打点(1951年10月5日)。 |
| 12球団から本塁打:2010年5月19日、対読売ジャイアンツ2回戦(札幌ドーム)でディッキー・ゴンザレスから本塁打を打ったことで達成。 |
| ※史上18人目。 |
| 代打満塁本塁打:1回(2011年7月9日、対東北楽天ゴールデンイーグルス6回戦(旭川スタルヒン球場)、投手:川岸強)。 |
背番号
| 7(1999年-2008年)。 |
| 23(2009年-)。 |
関連項目
| 広島県出身の人物一覧。 |
| 読売ジャイアンツの選手一覧。 |
| 北海道日本ハムファイターズの選手一覧。 |
| 読売ジャイアンツ歴代4番打者一覧。 |
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1976年
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二岡 智宏(におか ともひろ)は、北海道日本... |
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1999年
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初出場:、対阪神タイガース1回戦(東京ドー... |
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