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プロフィール
- 井口資仁とは
- プロ入り前
- シカゴ・ホワイトソックス
- ロッテ時代
- プレースタイル
- グーイング
- 応援歌
- 年度別打撃成績
- 背番号
- タイトル・表彰
- 個人記録
- 著書
- 関連項目
- 関連サイト
井口資仁(いぐちただひと、本名:井口忠仁(読み同じ)、1974年12月4日-)は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(内野手)。
プロ入り前
| 12月4日、東京都に生まれる。 |
| 童話作家の寺村輝夫の次男が、友達や近所の大人を集めて野球チームを作ったが、これに寺村や長男も参加し、その後に入って来たのが井口であり、寺村は「井口君は俺が育てた」と語っていた(寺村輝夫参照)。 |
| 國學院久我山高から青山学院大学へ進学。 |
| 青山学院大学では1年春からレギュラー(入学当時の主将は小久保裕紀)。 |
| 同期の澤崎俊和、清水将海、倉野信次、1学年下の高須洋介らと共に全日本大学野球選手権大会優勝を始め多くの輝かしい実績を残した。 |
| 個人としても、1番・遊撃手の「青い核弾頭」として大活躍し、東都大学リーグ三冠王やリーグ記録となる1シーズン8本塁打などを記録。 |
| 大学通算本塁打数は24本で、現在も破られていないリーグ記録である。 |
| にはアトランタオリンピック野球日本代表に選出され、銀メダルに貢献。 |
| この時にキューバ代表のプレーに衝撃を受けたことが後のメジャー挑戦を意識するきっかけになったという。 |
| プロ野球の各球団の争奪戦の末、福岡ダイエーホークスを逆指名し、ドラフト1位指名を受けて入団。 |
| 青山学院大学のチームメートでは、澤崎が広島1位(逆指名)、清水がロッテ1位(逆指名)で指名され、同一チームから同時に3名のドラフト1位選手が出た。 |
| 井口の青山学院大学入学および福岡ダイエーホークスへの入団は小久保裕紀の影響が大きいと言われる。 |
| 高校時代に、バルセロナ五輪で唯一の大学生として活躍した小久保の姿に憧れて同じ大学・プロ球団を選択した。 |
シカゴ・ホワイトソックス
| ポストシーズンでは10月5日の前年度ワールドチャンピオン、ボストン・レッドソックスとのアメリカン・リーグ・ディビジョン・シリーズ(ALDS)第2戦(USセルラーフィールド)で決勝の逆転3点本塁打をデビッド・ウェルズから放つ活躍などを見せ、US移籍1年目でワールドシリーズに出場。 |
| 日本人選手としては新庄剛志、松井秀喜、田口壮に次ぐ4人目のワールドシリーズ出場選手となった。 |
| ワールドシリーズも制し、日本人では伊良部秀輝に次いで2人目のチャンピオンリングを獲得した(伊良部はワールドシリーズに出場しておらず、実際に出場してリングを獲得したのは井口が初めて)。 |
| しかし最後の打席後に交代し、優勝決定の瞬間はベンチにいたため、「優勝した瞬間グラウンドにいたはじめての日本人選手」は翌年の田口に譲ることになった。 |
| また、日本人で初めて日本シリーズとワールドシリーズの両方を制覇した選手となった。 |
| 後にこのシーズンについて自己犠牲を強いられる役割には不満があったと語るが、ギーエン監督の「今年のMVPはイグチ。 |
| イグチほど野球を深く理解している選手はいない。 |
| 彼がいたからホワイトソックスはワールドシリーズを制覇できた」という言葉で救われたという。 |
| オフにはワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選出される。 |
| 当初は出場を前向きに検討するコメントをしていたが、出場表明後NPBから何の連絡も無いことに不信感を持ったことや、メジャーでクリーンナップを打つという夢に向けての調整をしたいこともあり出場を辞退。 |
| 代わりに宮本慎也が選出された。 |
| 日本のWBC優勝については「コメントする資格は自分に無いが、日本人として嬉しい」と述べた。 |
ロッテ時代
| 11月15日にFAとなり、複数年契約を提示したフィリーズを始め複数のメジャー球団から三塁手としてのオファーがあったが、家族の生活環境と二塁手としてのオファーを優先し、1月20日に千葉ロッテマリーンズと年俸1億8千万円の3年契約を結んだ。 |
| 背番号6は過去に落合博満(現・中日ドラゴンズ監督)や初芝清らが着けており、「偉大な番号をいただけて、本当に光栄。 |
| この番号に恥じないプレーをする」とコメントした。 |
| 石垣島での春季キャンプではダイエー時代に行っていたアーリーワーク朝練習。 |
| メジャーでは怪我の恐れなどから禁止だったを竹原直隆と共に敢行。 |
| 開幕から4番を担い、4月7日には史上7人目となる全打順本塁打を達成。 |
| この本塁打は自身のNPB通算150本塁打でもあった。 |
プレースタイル
| 2003年にはトリプルスリーを達成しかけたこともあり、盗塁王に2度、ゴールデングラブ賞3度に輝くなど全盛期は走攻守3拍子揃った内野手だった。 |
| 西武ライオンズ時代の松坂大輔との対戦は、通算で打率.365(85打数31安打3本塁打9打点)を残し、かなり得意としていた事から、「松坂キラー」と呼ばれた。 |
| 右方向への長打が特徴的な勝負強い打撃が持ち味で、状況に応じた打撃もできるため、メジャーリーグではクリーンナップへのつなぎを求められる2番での出場が多かった。 |
| ホワイトソックス時代はチームの方針からほぼ毎打席1ストライクを捨てながらも20本近い本塁打を放ち、A.J.ピアジンスキーから「打順が変われば25本は打てるパワーは十分ある」、他球団スカウトからも「2番ではなく6番を打たせれば25~30本塁打する力がある」と長打力が高く評価されていた2007二塁手ランキング『月刊スラッガー』2007年6月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-6、29頁。 |
| ロッテ移籍当初は4番や2番で出場したが、後に3番に定着し、2009年から2年連続でIsoDが1割を越えるなど選球眼に磨きがかかり、2010年には外角打率.313で12本塁打を放つなど外角に強さを発揮した。 |
| 走塁ではスイングが大きいため一塁到達までは4.3秒と平均的だが現役スカウト部長による“本物”のスカウティング・レポート『月刊スラッガー』2005年11月号、雑誌15509-11、32-35頁。 |
| 、ダイエー時代に二度の盗塁王を獲得したように盗塁技術にも優れていた。 |
| 二塁守備では深めのポジションに就くことが多く、肩の強さは二塁手としてはメジャーでも強肩の部類に入ると評された。 |
| ジミー・ロリンズは井口と初めて二遊間を組んだ時について「あの日は練習時間を間違えて球場入りしてしまったんだ。 |
| 練習や打ち合わせなしで本番に臨んだ。 |
| でも、初回から彼のプレーを見て『本物だ。 |
| それにオレと感覚が似ている。 |
| オレと同じで基本の枠を越えてプレーできる選手だ』と実感した。 |
| 素晴らしいね」と語ったMLBTALKSHOWNo27ジミー・ロリンズ『月刊スラッガー』2007年11月号、雑誌15509-11、67-69頁。 |
| 2006年には『ベースボール・アメリカ』誌で監督投票による「最も守備の良い二塁手」の2位に選出されるなどグラブ捌きにも定評があったが、守備範囲は広くなく、2005年にはDRSやUZRなど各種守備指標で平均を上回る数値を残していたが、翌年以降は平均を下回り、ロッテ移籍後も得点換算などで平均を大きく下回った |
グーイング
| ホワイトソックス時代には本拠地USセルラー・フィールドで井口が打席に入るときや好プレーをしたとき、ブーイングに似た「GUU-!GUU-!」という唸り声をホームの観客が発した。 |
| これは「グーイング(guing)」と呼ばれる井口への応援である。 |
| 現地では「イグチ」のグにアクセントが置かれた特徴的な発音で呼ばれることが多く、これに由来する。 |
年度別打撃成績
| 2010年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
背番号
| 7(1997年-2004年)。 |
| 15(2005年-2007年途中)。 |
| 12(2007年途中-2008年途中)。 |
| 10(2008年途中-同年途中)。 |
| 9(2008年途中-同年終了)。 |
| 6(2009年-)。 |
タイトル・表彰
| 盗塁王:2回(2001年、2003年)。 |
| ベストナイン:3回(2001年、2003年、2004年)。 |
| ゴールデングラブ賞:3回(2001年、2003年、2004年)。 |
| 月間MVP:2回(2004年8月、2011年5月)。 |
| 日本シリーズ優秀選手賞:1回(2003年)。 |
| 西東京市民栄誉賞(2006年2月15日)。 |
個人記録
| 初出場・初先発出場:1997年5月3日、対大阪近鉄バファローズ4回戦(福岡ドーム)、2番・遊撃手として先発出場。 |
| 初打席・初安打:同上、1回裏に山崎慎太郎から。 |
| 初本塁打・初打点:同上、4回裏に山崎慎太郎から左越満塁本塁打。 |
| 初死球:1997年5月4日、対大阪近鉄バファローズ5回戦(福岡ドーム)、8回裏に赤堀元之から。 |
| 初盗塁:1997年7月11日、対オリックス・ブルーウェーブ13回戦(福岡ドーム)、2回裏に二盗。 |
| ;NPB節目の記録。 |
| 100本塁打:2003年4月6日、対日本ハムファイターズ3回戦(東京ドーム)、8回表に関根裕之から2ラン ※史上225人目。 |
| 150本塁打:2009年4月7日、北海道日本ハムファイターズ1回戦(東京ドーム)、2回表に多田野数人から左越ソロ ※史上151人目。 |
| ※同時に史上7人目の全打順本塁打を達成(最後に4番で放って達成したのは史上初)。 |
| 1000試合:2009年8月26日、対福岡ソフトバンクホークス17回戦(千葉マリンスタジアム)、5番・二塁手として先発出場 ※史上433人目。 |
| 1000本安打:2010年4月4日、対オリックス・バファローズ3回戦(京セラドーム大阪)、6回表に木佐貫洋から遊撃内野安打 ※史上256人目。 |
| 100死球:2011年5月1日、対福岡ソフトバンクホークス5回戦(QVCマリンフィールド)、9回裏に大場翔太から ※史上16人目。 |
| ;NPBその他の記録。 |
| オールスターゲーム出場:4回(2001年-2004年)。 |
| ランニング本塁打(1998年7月5日対ロッテ12回戦 吉田篤史から)。 |
| 30本塁打40盗塁(2001年) ※張本勲(1963年)、秋山幸二(1990年)に次いで史上3人目。 |
| 1試合4二塁打(2003年7月26日) ※プロ野球タイ記録・史上9人目。 |
| 5試合連続猛打賞(2003年6月3日~6月8日) ※パ・リーグ新記録・プロ野球タイ記録(1954年西沢道夫(中日)以来2人目)。 |
| 2006年6月25日、対アストロズ戦でMLB日本人選手中最多の1試合7打点を記録(左越3点本塁打・左中間満塁本塁打)。 |
| ;MLB、NPBにまたがった記録。 |
| 日米通算1500安打:2010年4月10日、対埼玉西武ライオンズ5回戦(千葉マリンスタジアム)、3回裏に許銘傑から中越え二塁打。 |
著書
| 井口の法則メジャーリーガーの野球技術(MCプレス) 2008年8月 ISBN4-86295-047-7。 |
| 二塁手論―現代野球で最も複雑で難しいポジション(幻冬舎新書)2010年7月 ISBN-10:4344981758ISBN-13:978-4344981751。 |
関連項目
| 東京都出身の人物一覧。 |
| 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧。 |
| 日本人メジャーリーグ選手一覧。 |
| 千葉ロッテマリーンズの選手一覧。 |
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1974年
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井口 資仁(いぐち ただひと、本名:井口 忠... |
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1997年
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初出場・初先発出場:、対大阪近鉄バファロー... |
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投票数
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| ふりがな |
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