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プロフィール
- 今中慎二とは
- アマチュア時代
- 現役前半
- 投球スタイル
- スローカーブ
- フォークボール
- 成績
- 他の選手との関係
- 年度別投手成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 現在の出演番組
- 著書
- 関連項目
今中慎二(いまなかしんじ、1971年3月6日-)は、大阪府門真市出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者。愛称はチューまたはイマチュー。から4年連続で開幕投手を務めるなど、1990年代のNPBを代表する左腕として活躍した。
アマチュア時代
| 本来は右利きだが、小さい頃に近所の中年女性から貰った左利き用のグラブを使ったことがきっかけで左投げになったフルタの方程式12月号(テレビ朝日)2009年12月6日放映分にて本人談。 |
| 高校1年の時に母と死別した。 |
| 大阪桐蔭高等学校では3年夏の大阪府大会で1回戦敗退する『週刊ベースボール』、2001年12月10日号、P.118など、甲子園に出場することはなかった。 |
| 漫然と大学への進学を予定していたが、145km/hの速球「期待のドラフト1位クンの中間報告 今中慎二」『週刊ベースボール』、1989年4月10日号、P.73などによって全球団のスカウトが来校するほど高い注目を集めており、1988年のドラフト会議では中日ドラゴンズに1位指名を受けた。 |
| 担当スカウトは法元英明で、契約金と年俸それぞれ6,000万円、480万円(いずれも推定)で入団契約を結んでいる読売新聞、1988年12月4日付朝刊、P.19。 |
現役前半
| プロ1年目のは近藤真一や上原晃の例に倣い、キャンプからオープン戦の期間は二軍でランニングなど体力の強化や守備練習に明け暮れた。 |
| 新宅洋志や稲葉光雄の指導を受けてフォーム修正や体力向上に取り組み、早くも5月26日にはナゴヤ球場での対巨人戦で一軍初登板を果たした。 |
| 9月17日の広島での対広島戦では先発して北別府学と投げ合い、2回にマメを潰しながらもアロンアルフアで固めて5回を投げプロ初勝利を挙げた。 |
| オフの秋季キャンプにはロサンゼルス・ドジャースから臨時コーチが来ており、当時MLBで流行していたスプリット・フィンガード・ファストボール系のフォークボールを習得した「オレに訊くな! ストレートとカーブの本格派左腕・今中慎二(元中日)に訊く フォークの使い方を教えて下さい」『野球小僧』、2010年2月号、P.123。 |
投球スタイル
| 細身の体型から全盛期には145-146km/h「今中慎二(復活かけて-背水の男たち)」『週刊ベースボール』、1999年3月8日号、P.129のキレの良いストレートと100km/h前後のスローカーブにフォークボールや70-80km/hという超スローカーブを混ぜた投球をしていた。 |
| さらに頃からはチェンジアップも使っていた『野球小僧』、2010年2月号、P.125。 |
| これらの変化球を意識的に全く同じフォームで投げ分けて打者を翻弄し、捕手の中村武志がリリース直前までサイン間違いかと不安になることも少なくなかったという。 |
| 特にカーブの方がストレートよりも力強く腕を振るように見えるフォームだったため、打者はストレートに差し込まれたりカーブに体が突っ込んだりしやすくなった。 |
| 先発の時はいかに完投するかを常に考え、5回まではストレートとカーブで投球を組み立て、打者が3巡目から4巡目に入って慣れてくる6回頃からフォークボールを混ぜていった『野球小僧』、2010年2月号、P.124。 |
| フォークは多くても10球程度しか投げなかったが、終盤から球種を増やすことで狙いを絞りにくくさせて主導権を握り、さらに球種の少ない中盤までに攻略しようとして相手が焦る効果もあったという。 |
| 味方の得点に関わらず3点以内で完投するようなスタイルで、8点取ったら7点までは許すような山本昌とは対照的だったと中村武志は評している。 |
| このため、重要な試合では点を取られない所を評価されて先発を任されることが多かった。 |
| 外角低めの球をベースにしながら、それを活かすためにも内角を有効に使う事を重視していた。 |
| 内角への投球はコースが甘くなると長打になりやすいため勇気とコントロールが必要だが、外角だけでは踏み込んで打たれるか四球による自滅に繋がると考えていた「レフティーの不思議 左対左の虚と実 左ピッチャーの秘密 左打者との対戦で何を考える? 今中慎二氏に聞く」『週刊ベースボール』、2002年7月15日号、P.13。 |
スローカーブ
| スローカーブはに骨折からのリハビリを機に習得している。 |
| 復帰直後の対阪神戦で和田豊に対してフルカウントからカーブを投げて珍しく和田から見逃し三振を奪い、手応えを掴んだという今中慎二『悔いは、あります。 |
| 』ザマサダ、2002年。 |
| 人差し指と中指をボールの中心からずらして縫い目にかけ、非常にゆるく握って親指は添える程度にしていた。 |
| この状態から手首をひねらず、人差し指と親指の間からすっぽ抜けるような感じで顔の前でリリースして投げたという「プロが公開『特上の握り』変化球大図鑑テクニカル・ポイントカーブ編今中慎二」『週刊ベースボール』、2004年6月7日号、P.14。 |
| ベース上に真上から落とすようなイメージで投げ、内外角の投げ分けも出来ていた。 |
| 打者からはストライクゾーンを外れるほど高い軌道から落ちてくるように見える上、ミットに入る前に空回りして止まりそうになるように感じられたという。 |
| このためバッターは腰砕けになる事が多く、トーマス・オマリーをはじめ外国人バッターに特に嫌がられた。 |
| 原辰徳に対して8-9球連続でカーブだけを投げた時には全てファウルになっており、ファウルを打たせるのにもカウントを取るにも有効なボールだった。 |
| また反発力がないため打たれても飛ばず、球速が遅いため打者が必ず反応するなど使い勝手が良い球だったという。 |
フォークボール
| 指が短く開きも狭いため、しっかりボールを挟むフォークボールの習得は諦めていた。 |
| しかし頃から使うようになった。 |
| 落差にはバラつきがあったが、1試合の中でハッキリ落ちるのは1球程度と基本的に変化は小さかった。 |
| 高めに入ると絶好球となるが制球を重視しすぎると腕の振りから見破られるため、低めを意識しながらも腕を強く振ることを重視していたという。 |
| 握りが浅くなるためフォークは改良がしにくく、練習ではほとんど投げなかった。 |
| フォーク自体は痛打されることが多く、首脳陣から試合で投げるなと言われたりもしたが、ストレートやカーブを活かすためにも投げ続けた。 |
| から対戦するようになった落合博満にも、フォークの存在が非常に大きいと評されている。 |
成績
| 自身の通算記録では74完投を挙げたことが誇りだったという。 |
| 与死球が少なくには与死球0の成績を残しているが、「死球の恐怖心がなければ打者は4割打てる」とも語っており『週刊ベースボール』、2002年7月15日号、P.14、ある程度は死球も止むを得ないと考えていた。 |
| 対巨人戦で多く登板する先発ローテーションを組まれたこともあってこのカードで25勝を挙げた巨人キラーであるが、金田正一や江夏豊の3年連続5勝以上の記録には一歩及ばなかった。 |
| また、左投げながら通算被打率は対左打者で.263(1301打数342安打)、対右打者で.244(3528打数860安打)と左打者によく打たれている『週刊ベースボール』、2002年7月15日号、P.12。 |
| これについては、「昔の左打者は外角へ逃げる球を苦手としていたが現代の左打者は左投手のスライダーなどにもうまく対応しており、左対左は投手有利という一般論が必ずしも成り立たない時代になった」、と引退後のに語っている。 |
他の選手との関係
| 落合博満と前田智徳には簡単に安打を打たれるというイメージがあり、走者のいる場面などでは周囲に伝わるほど気合を入れて対決した。 |
| この二人が打者として最も印象に残っており、また自身の調子のバロメーターでもあったという。 |
| 投手では桑田真澄が最も印象に残り、投球に全くバットが当たらなかった事に加え、投げ合って勝った記憶がないというほど相性の悪さを感じていた。 |
タイトル
| 最多勝利:1回(1993年)。 |
| 最多奪三振:1回(1993年)。 |
表彰
| 沢村賞:1回(1993年)。 |
| 最優秀投手:1回(1993年)。 |
| ベストナイン:1回(1993年)。 |
| ゴールデングラブ賞:1回(1993年)。 |
| 月間MVP:1回(1991年8月)。 |
記録
| 初登板:1989年5月26日、対読売ジャイアンツ戦(ナゴヤ球場)1-4 8回より登板し、2回1失点。 |
| 初勝利:1989年9月17日、対広島東洋カープ戦(ナゴヤ球場)4-1 先発し、5回1失点。 |
| 初完投:1990年6月2日、対横浜大洋ホエールズ戦(ナゴヤ球場)5-1 被安打8 奪三振2 四死球1。 |
| 初セーブ:1990年8月25日、対読売ジャイアンツ戦(ナゴヤ球場)4-3 7回1死より登板、2回2/3無失点。 |
| 初完封:1990年8月29日、対広島東洋カープ戦(ナゴヤ球場)6-0 被安打8 奪三振3 四死球4。 |
| 初本塁打:1996年4月23日、対ヤクルトスワローズ戦(神宮球場) ブロス投手から。 |
| オールスターゲーム出場:4回(1991年、1993年-1995年)。 |
著書
| 『悔いは、あります。 |
| 』(ザ・マサダ2002/05ISBN4883970787)<referencesgroup="悔いは、あります。 |
| 『中日ドラゴンズ論』(ベストセラーズ2010/10ISBN4584123047)。 |
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1971年
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今中 慎二(いまなか しんじ)は、大阪府門真... |
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1989年
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初登板:、対読売ジャイアンツ戦(ナゴヤ球場... |
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