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伊達輝宗
戦国時代の武将・戦国大名。伊達氏第16代当主。 |
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伊達稙宗
陸奥国の戦国大名。伊達氏の第14代当主。 |
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岩城重隆
親
戦国時代中期の人物。陸奥の戦国大名である岩城氏の当主。二郎太郎。左京大夫。明徹。岩城由隆の子であり、次男で兄に岩城成隆(政隆)がいたとされる。この... |
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留守政景
戦国時代から江戸時代の武将。陸奥の伊達氏の一門で、留守氏第18代当主。別名・伊達政景。号は雪斎。通称は六郎、従五位下上野介。伊達晴宗の子(三男)。母... |
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最上義守
最上義守(もがみよしもり)は出羽国の戦国大名。最上氏第10代当主。中野義清(中野義建の子で最上義淳の孫)の子。最上義光・義姫らの父。伊達政宗の母方の... |
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最上義光
戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。出羽国の戦国大名・最上氏第11代当主。出羽山形藩初代藩主。伊達政宗の伯父にあたる。関ヶ原の戦いにおいて... |
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伊達実元
戦国時代から安土桃山時代の武士。伊達氏の一族武将で、陸奥国信夫郡大森城主。少年期に父の伊達稙宗の計らいで越後の上杉氏の養子に出されそうになったが、... |
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足利義輝
室町時代後期(戦国時代)の室町幕府第13代征夷大将軍(在職:1546年-1565年)。父は第12代将軍の足利義晴。なお、第10代将軍足利義稙の養子となった阿波公方... |
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岩城親隆
戦国時代の武将。陸奥の戦国大名。伊達晴宗の長男。生母は岩城重隆の娘・久保姫。伊達輝宗、留守政景、石川昭光、国分盛重、杉目直宗は同母弟、岩城常隆は息... |
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佐竹義重
佐竹義重 伊達も北条も怖れた常陸の戦国大名
文庫こ 40- 2 近衛 龍春 著 商品種別: 書籍 定価: 780円 (税込) 本体価格: 743円 販売価格: 780... |
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義姫
義姫(よしひめ、天文17年(1548年、1547年とも)-元和9年7月17日(1623年8月13日))は戦国時代の人物で出羽国の戦国大名、最上義守の娘、最上義光の二歳下... |
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伊達成実
戦国時代後期から江戸時代前期の武将。仙台藩初代藩主・伊達政宗の重臣で、仙台藩一門第二席・亘理伊達氏の初代当主。父は伊達実元、母は実元の兄・伊達晴宗... |
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上杉景勝
上杉景勝/長尾顕景(うえすぎかげかつ/ながおあきかげ)は戦国時代から江戸時代にかけての武将・大名。豊臣政権の五大老の一人。出羽米沢藩初代藩主。上杉謙... |
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南部晴政
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。陸奥の戦国大名。本姓は源氏。家系は清和源氏の一家系、河内源氏の傍系、甲斐源氏の流れを汲む南部氏第24代当主。 |
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遠藤基信
戦国時代から安土桃山時代の武将。陸奥の伊達氏の家臣。不入斎と号す。子に遠藤宗信がいる。 |
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相馬盛胤
戦国時代から江戸時代の武将。国人領主。戦国大名。陸奥国行方郡小高城主。陸奥相馬氏第15代当主。 |
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佐竹義宣
佐竹義宣 秀吉が頼り、家康が怖れた北関東の義将 PHP文庫 こ40-4 近衛竜春/著 出版社名 : PHP研究所 出版年月 : 2006年6月 ISBNコード : ... |
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蘆名盛氏
戦国時代の陸奥国の武将・戦国大名。蘆名氏第16代当主。 |
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中野宗時
戦国時代の武将。陸奥の伊達氏の家臣。牧野久仲の父。 |
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プロフィール
- 伊達晴宗とは
- 生涯
- 人物・逸話
- 系譜
- 出典
- 関連項目
伊達晴宗(だてはるむね)は、陸奥の戦国大名。伊達氏の第15代当主。
生涯
| 永正16年(1519年)、第14代当主・伊達稙宗の長男として生まれる。 |
| 天文2年(1533年)、第12代将軍・足利義晴の偏諱を受けて、晴宗と名乗った。 |
| 天文11年(1542年)6月、父の稙宗がさらに勢力を拡大するため、弟の時宗丸を越後守護・上杉定実の養子に出そうとしたことと、義兄相馬顕胤に伊達領を割譲しようとしたことに反対し、重臣の中野宗時・桑折景長らと共謀して父を西山城に幽閉し、実元の養子縁組を阻止した。 |
| ところが、父・稙宗は小梁川宗朝によって西山城から救出され、さらに稙宗が奥州諸侯を糾合して晴宗と争う構えを見せたため、天文の乱が勃発した。 |
| この内乱ははじめ稙宗方が優勢で、晴宗方は敗戦続きであったが、天文16年(1547年)にそれまで稙宗を支持していた蘆名盛氏が田村氏や二階堂氏との対立により晴宗方に寝返ったことから形勢が逆転し、天文17年(1548年)3月の将軍・足利義輝の停戦命令を受けて、同年9月には晴宗方優位のうちに和睦が成立。 |
| 晴宗が家督を相続して第15代当主となり、稙宗は丸森城に隠居した。 |
| 当主となった晴宗は米沢城に本拠を移すと、天文の乱により動揺した伊達氏家臣団の統制に着手する。 |
| 天文22年(1553年)1月17日には、『晴宗公采地下賜録』を作成し、天文の乱の最中に両陣営によって濫発された安堵状を整理して、新たに家臣団の所領と家格の確定を行い、同年には和睦を不服として抗戦を続けていた懸田俊宗・義宗父子を滅ぼした。 |
| しかし、中野宗時をはじめとする天文の乱で晴宗方の主力を担った家臣には守護不入権などの様々な特権を付与せざるを得ず、晴宗政権は宗時らを中心に運営されていくこととなる。 |
| また、晴宗は6男5女(全て正室・久保姫の子)と子供に恵まれ、それらを岩城氏・二階堂氏・佐竹氏などに送り込んで縁戚関係を結ぶことで勢力の回復に努めた。 |
| これらの経緯から、永禄6年(1563年)の室町幕府により認可された全国大名衆50余名の中で、奥州では蘆名盛氏と晴宗だけが大名として認められるという栄誉を受けている。 |
| 永禄7年(1564年)、二男・輝宗に家督を譲って隠居した長男・親隆を岳父・岩城重隆の養子としていたため、代わって二男の輝宗が世子となっていた。 |
| 『奥羽永慶軍記』では、天文3年(1534年)に重隆との間で入嗣の約束がなされたとしている。 |
| 同年、蘆名盛氏が二階堂盛義(晴宗長女・阿南姫の婿)と対立し岩瀬郡に進攻すると、二階堂氏救援のために桧原を攻撃したが撃退され、永禄9年(1566年)に盛義が降伏すると、盛氏の嫡男・盛興に四女・彦姫(輝宗の養女となる)を嫁がせる条件で伊達・蘆名間でも和平が成立した。 |
| 一方、永禄8年(1565年)に丸森城に隠居していた父・稙宗が死去すると相馬盛胤が丸森城を接収し、さらに伊具郡各所を手中に収めていく。 |
| このため天文の乱以来の伊達・相馬間での抗争が再燃し、以後およそ二十年間わたって丸森城をめぐる攻防が展開されることとなる。 |
| 隠居したとはいえ一向に実権を手放さない晴宗に対して、当主となった輝宗は不満を隠さず、両者の間にはしばしば諍いが生じていたが、永禄13年(1570年)4月、輝宗により中野宗時・牧野久仲父子が謀反の疑い有りとして追放されると、実権は完全に輝宗の手に移り、晴宗は杉目城に閑居する。 |
| 以後は父子の関係も改善され、晩年には杉目城に一門や家来衆を招いてたびたび宴会を催し、その席では孫・梵天丸が和歌を披露したという。 |
| 天正5年12月5日(西暦では翌1578年1月)、杉目城で死去。 |
人物・逸話
| 晴宗が正室の久保姫を娶った経緯については、当初久保姫は父・岩城重隆の意向で結城晴綱に嫁ぐことになっていたが、久保姫の美貌を知って惚れ込んでいた晴宗が自ら軍勢を率いて輿入れの行列を襲撃して久保姫を連れ去り、強引に正室にしたとされている寛文7年(1667年)に相馬藩士・中津幸政が編纂した『奥相茶話記』には、久保姫は相馬顕胤(稙宗の婿)が仲人となって晴宗の嫁に迎える約束があったが、重隆がこれを破談にしたために、面目を失った顕胤が岩城領に攻め込んで軍事的衝突に発展したとある。 |
| また『塔寺八幡宮長帳裏書』天文3年(1534年)条には、蘆名盛舜が伊達稙宗に同心し、二階堂氏と共に結城領の白河郡新城に出馬したとの記述がある。 |
| 晴宗と久保姫の夫婦仲は良く、長男の親隆を岩城氏に入嗣させていたこともあって岳父・重隆との関係も改善され、天文の乱に際して援助を受けている。 |
| 久保姫は晴宗没後に出家し、宝積寺を建立して亡き夫を供養した。 |
| その後は、孫の政宗を頼って宮城郡根白石に移住し、同地で文禄3年(1594年)に74歳で没した。 |
関連項目
| 『独眼竜政宗』(1987年NHK大河ドラマ、演:金子信雄)。 |
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1519年
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第14代当主・伊達稙宗の長男として生まれる |
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1547年
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それまで稙宗を支持していた蘆名盛氏が田村氏... |
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