| 紀元前258年、長平の戦いにて趙軍を大破した秦軍が、趙の首都邯鄲を包囲した。 |
| 安釐王は趙の救援要請に対して援軍を出すことは出したが、そこで秦から「最早、趙の滅亡は時間の問題。 |
| もし援軍すれば次は魏を攻める」と脅されたため、援軍を国境に留めおいて実際に戦わせようとはしなかった。 |
| 信陵君の姉は平原君の妻になっていたので信陵君に対して姉を見殺しにするのかとの詰問が何度も来た。 |
| 信陵君はこれと、趙が敗れれば魏も遠からず敗れることを察していたため、安釐王に対して趙を救援するように言ったが受け入れられず、しかし見捨てることも出来ぬと信陵君は自分の食客数百名を率いて自ら救援に行こうとした。 |
| この時、侯嬴は見送りの群衆の中に居たが、ただ見ているだけだった。 |
| 信陵君は自分が死地に向かうのに何だろうか、と態度が気になり、一人引返した。 |
| それを侯嬴は「やはり戻ってこられましたな」と迎えて、二人だけで人気の無い所に移った。 |
| そこで「あなたの手勢だけでは少数すぎて犬死となるだけで、国軍を動かすべきです。 |
| 王の手元から軍に命令を下すための割符を盗み、将軍の晋鄙がこれを疑ったならば、朱亥に将軍を殺させ軍の指揮権を奪いなさい。 |
| 魏王の寵愛する姫は信陵君に恩があるため、割符を手に入れることに協力するでしょう」と説いた。 |
| 信陵君はこれを聞いて涙した。 |
| 「(この策は上手くいくだろうが)晋鄙将軍は慎重な性格なので、割符を見ても自ら確認するだろう。 |
| そうなれば何も悪くないのに殺さざるを得ない」と悲しんだためである。 |
| しかし断じてこれに従い割符を手に入れ、朱亥の所へ向かった。 |
| 朱亥は「今まで貴方へ礼を言わなかったのは、その恩義に対して答えにならないと思っていたからです。 |
| 貴方が苦しい状況にある今こそ、命を懸けて報いさせて頂きます」と答えた。 |
| そして国境の城に出向き、軍を率いていた晋鄙将軍に交代するよう言ったが、晋鄙はやはり確認のための伝令を出すと言ったため、やむなく朱亥が40斤の金槌で晋鄙を命令違反として撲殺し、丁重に埋葬した。 |
| なお、これに前後して侯嬴は信陵君がいる方向に向け自刎した。 |
| そして軍を率い、趙の危機を救う。 |
| この時の指揮も見事なもので、秦軍は信陵君によって負けさせられたといっても良い程である。 |
| しかし、勝手に軍を動かしたことで安釐王の大きな怒りを買うと解っていたので、信陵君は「私には罪があるが、軍の皆は命令に従っただけだから罪は無い」と軍は魏に帰し、自分と食客は趙に留まった。 |
| 趙は救国の士として歓待し、5城を献上しようとして信陵君もそれに応じようとした。 |
| だが、食客に「あなたは王命を偽り晋鄙将軍を殺し功を立てたのだから、趙からの報償を受け取るべきではないでしょう」と言われ、幾度も勧られても固辞した。 |
| 趙に滞在中、信陵君は博徒の間に隠れていた毛公と味噌屋に身を隠していた薛公に、会って話がしたいと使者を出したが断られた。 |
| すると自ら徒歩で彼らのもとへ趣き、両者と語り合って大いに満足した。 |
| しかし平原君はこの事を聞いて「信陵君はそのような者を相手にするのか」と馬鹿にした。 |
| これに対して信陵君は「その博徒と味噌屋は魏に居た時から賢人と聞いていた程の人で、出向いても会っていただけないのではと思っていました。 |
| 世情の煩わしさを嫌い、その身分に自らあるだけ。 |
| 平原君は外面だけを飾り立てる虚名の士のようだ」と喝破し、このような人の近くには居たくないと国外へ去ろうとした。 |
| これを聞いた平原君は、信陵君が居るから趙は秦に攻められていないこともあり、去られては大変と冠を脱いで謝罪した。 |
| これを聞いた平原君の食客達は「信陵君は身分に関係なく才を処遇してくださる。 |
| そういう人に使ってもらいたい」と、その内半数が平原君の下を去って信陵君の下に集まったと言う。 |