12921
13071
149470
%E5%85%83%E8%89%AF%E5%8B%87%E6%AC%A1%E9%83%8E
%E5%85%83%E8%89%AF%E5%8B%87%E6%AC%A1%E9%83%8E
%E5%85%83%E8%89%AF%E5%8B%87%E6%AC%A1%E9%83%8E
%E5%85%83%E8%89%AF%E5%8B%87%E6%AC%A1%E9%83%8E
%E5%85%83%E8%89%AF%E5%8B%87%E6%AC%A1%E9%83%8E
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう 元良勇次郎の画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
中島力造
中島力造(なかじま りきぞう、1858年-1918年)は倫理学者。同志社英学校最初の学生のひとりで開校当初元良勇次郎、上野栄三郎とともに真っ先に駆けつけた。 |
|
|
松本亦太郎
日本の心理学者。上野国高崎(現・群馬県高崎市)に生まれる。元良勇次郎と共に、同志社英学校草創期の学生。東京帝国大学文学部哲学科卒業。ライプツィヒ大... |
|
|
井上哲次郎
井上哲次郎(いのうえてつじろう、1856年2月1日(安政2年12月25日)-1944年(昭和19年)12月7日)は明治時代に活躍した日本の哲学者であり、1884-90年、7年近... |
|
|
新島襄
新島襄(にいじまじょう、英字表記:JosephHardyNeesima、天保14年1月14日(1843年2月12日)-1890年(明治23年)1月23日)はキリスト教の布教家。同志社英学... |
|
|
元良誠三
日本の船舶工学者、工学博士。東京府(現・東京都)出身(出生地は長崎県長崎市)。心理学者・元良勇次郎の孫。 |
|
|
川本幸民
幕末・明治維新期の蘭学者。名は裕(ゆたか)、号は裕軒(ゆうけん)。父は三田藩侍医の川本周安。その業績から、日本の化学の祖とも言われる。 |
|
|
中島泰蔵
中島泰蔵(なかしまたいぞう1867年-1919年9月27日)は若狭国(福井県)出身の実験心理学者。中島力造や中島徳蔵と共に中島の三ゾウと呼ばれた。 |
|
|
青山学
青山学院大学 博士前期課程2年 深山 鷹一 ・プロフィール ミヤマヨウイチ : 博士前期 - 相模原キャンパス -2 年 - 男 -1981/10/20 生まれ
(学)鈴木学園 厚木高等... |
|
|
外山正一
明治時代の教育家・文学者・社会学者。号は丶山(ちゅざん)。 |
|
|
西周
西周(にしあまね、文政12年2月3日(1829年3月7日)-1897年(明治30年)1月31日))は江戸時代後期の幕臣、明治初期の官僚、啓蒙思想家、教育者。貴族院議員... |
|
|
九鬼隆一
九鬼隆一(くきりゅういち、嘉永3年8月7日(1850年9月12日)-昭和6年(1931年)8月18日)は近代日本の官僚、政治家。男爵。号は成海。摂津国出身。慶應義塾に... |
|
|
福来友吉
日本の心理学者、超心理学者。東京帝国大学助教授、高野山大学教授。文学博士。念写の発見者とされる。 |
|
|
神田乃武
日本の英語学者。能楽師・松井永世の次男として江戸に生まれる。幼名は松井信次郎。神田孝平の養子となる。明治4年(1871年)、公使森有礼に従って渡米、アマ... |
|
|
鈴木清
氏名 鈴木 清 すずき きよし http://w1.avis.ne.jp/~seiwakai/ 生年月日:昭和23年3月14日
選挙区:長野市
当選:2回 学 歴 長野商業高... |
|
|
徳富蘇峰
明治・大正・昭和の3つの時代にわたる日本のジャーナリスト、思想家、歴史家、評論家。また、政治家としても活躍して、戦前・戦中・戦後の日本に大きな影響を... |
|
|
高島平三郎
高島平三郎 【たかしま へいざぶろう】 2件の用語解説(高島平三郎で検索) Tweet 美術人名辞典 の解説 教育 者・ 児童 心理 学者 。 江戸... |
|
|
正元
三国時代、魏の高貴郷公曹髦の治世に行われた最初の元号。254年-256年。正元3年は6月に改元されて甘露元年となった。 |
|
|
西川泰夫
西川 泰夫
千葉県に生まれる。1969年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得満期退学。1978年文学博士(慶應義塾大学)学位取得。1981年上智大学文学部(助手、... |
|
|
津田仙
日本の農学者、キリスト者。学農社創立者。同志社大学・青山学院大学・筑波大学附属盲学校の創立に関わる。また、日本で最初に通信販売を行った人物でもある... |
|
|
荒川歩
それがなんだかよく分からなかった。テレビやマンガを読めば幾分マシになるように思えたので、自分が「物語に飢えているんだ」と考え た。そこで、始めの頃は... |
|
|
プロフィール
- 元良勇次郎とは
- 経歴
- 功績の概要
- 元良の提供した心理学の背景
- 具体的な研究内容、テーマの例
- 著書
- 翻訳
元良勇次郎(もとら ゆうじろう、安政5年11月1日(1858年12月5日)-大正元年(1912年)12月13日)は、日本最初の心理学者。「元良」は勇次郎が結婚した後の姓である。現在、一般に、 元良勇次郎と呼ばれている。なお船舶工学者の 元良誠三と物理学者の 高橋秀俊は勇次郎の孫にあたる。
経歴
| 父親は儒学者であったが、勇次郎が若いころに死去。 |
| 勇次郎同志社英学校最初の学生(全8名)で、開校当初中島力造、上野栄三郎とともに真っ先に駆けつけたひとりだった。 |
| 同志社英学校では当時としてはめずらしい性理学(現在の心理学)の授業が行なわれており、ここでの心理学との出会いが彼の一生を決定付けた。 |
| 1879年(明治12)春、津田仙から学農社農学校の教員に招かれ退学(同志社には3年余り在学した)。 |
| その後、東京英和学校(青山学院の前身)の設立にも参画。 |
| 1883年(明治16)渡米しボストン大学、ジョンズ・ホプキンス大学に学んだ。 |
| ジョン・デューイの講義を受ける。 |
| 倫理学等も含めて学び、実験心理学の実験方法を体得した。 |
| ジョンズ・ホプキンス大学でPh.Dの学位を得て帰国。 |
| ただし彼は心理学専攻ではなく哲学専攻で学位を取得したらしいことが最新の調査で明らかになりつつある。 |
| 1888年(明治21)に帰国し、東京英和学校の教員を務め、また帝国大学文科大学にて精神物理学の講義を担当。 |
| 1889年(明治22)、外山正一(元東大総長)、神田乃武(元一橋大教授)と共に、正則予備校設立。 |
| 後に正則高等学校となり現在に至る。 |
| 1890年(明治23)帝国大学文科大学教授に就任。 |
| 1893年(明治26)、心理学・倫理学・論理学第一講座担当となる(後に第2講座を中島力造が担当した)。 |
| 1894年、高等師範学校(現、筑波大学)において心理学を講じる教授を兼任。 |
| 1912年(大正元)、日本における近代心理学の礎を築くも、カリエスがもとで死去した。 |
| 従三位、勲二等瑞宝章。 |
功績の概要
| それまで日本には、英語などの書物に書かれたもの、つまり知識としては心理学も日本には入ってきてはいたが、実際の具体的な手法(実験法、調査法、観察法)は誰も体験しておらず、日本では心理学は存在しなかったと言える。 |
| 勇次郎はクリスチャンの人脈を活かし海外に学び、そこで心理学の実験手法などを体得し、心理学を日本に持ち帰り、それを根付かせた放送大学「心理学史 '05」 2009.10.20放送。 |
| 担当講師、佐藤達哉他。 |
| (印刷教材ISBN9784595305115)。 |
元良の提供した心理学の背景
| 元良が提供した心理学は、(ある意味当然のことであるが)当時の一流の学問を反映したものである。 |
| その学問的背景とも言えるものを簡潔にまとめると、例えば、(1)フェヒナーの精神物理学、(2)オストワルドのエネルギー一元論、(3)ヴントの実験心理学、(4)デューイやジェームズのプラグマティズム、(5)ホールのジェネティック心理学、と言うこともできる。 |
具体的な研究内容、テーマの例
| 元良による心理学上の研究を、初期・中期・後期とざっくり分けて説明する。 |
| 初期の段階でもすでに様々なテーマについて実験を行っているが、ひとつ挙げると、「注意」について研究したことが挙げられる。 |
| このテーマは一貫して持ち続け、1907年には、児童の注意力とその訓練についての実験へとつながった。 |
| そして、学習がうまくできない児童について、能力が無いというわけではなく、「集中」のしかたを知らないからなのだ、という説明および訓練方法を示し現在の水準からすると、シンプルな説明ではある。 |
| が、成果はもたらした。 |
| 、当時の教育関係者から評価され、それなりに問題解決に貢献することになった。 |
| 中期・後期のそれを挙げると次のようになる。 |
| 1894年には、自身、帰源院という禅寺に行き、禅を体験している。 |
| これは、自身を用いての実験と言え、これもまた、心理学におけるひとつの考え方・方法論である。 |
| 放送大学「心理学史 '05」 2009.10.20放送。 |
| 担当講師、佐藤達哉他。 |
| 横読み、縦読みの利害の実験(1895年)。 |
| 白内障者の視覚に関する実験(1896年)。 |
| 神経伝達の実験(1903年)。 |
| 片仮名・平仮名の読み書きの難易の実験(1904年)。 |
| 児童の注意力とその訓練についての実験(1907年)。 |
| 心元 (簡単に言うと精神化したエネルギーのこと)(1909年)。 |
| 顕心儀 (人の自我と、外界との関係の理解を助けるモデルの一種)(1909年)。 |
著書
| 『教育新論』 中近堂、1884年。 |
| 『心理学』 金港堂、1890年。 |
| (日本において、『心理学』という書名のものとしては最初のものである)。 |
| 『児童学綱要』(高島平三郎らと共著)洛陽堂、1890年。 |
| 『万国史綱』(家永豊吉と共著)三省堂、1892年-1893年。 |
| 『倫理学』 小野英之助・共著、1893年。 |
| 『心理学十回講義』 富山房、1897年。 |
| 『教育と宗教との関係』 光融館、1900年。 |
| 『倫理講話 中等教育』 右文館、1900年。 |
| 『倫理及宗教 現今将来』 勉強堂書店、1900年。 |
| 『元良氏倫理書 中等教育』 成美堂、1902年。 |
| 『心理学綱要』 弘道館、1907年。 |
| 『論文集』 弘道館、1909年。 |
| 『英独仏和哲学字彙』(井上哲次郎、中島力造と共編)丸善、1912年。 |
| 『教育病理及治療学』(榊保三郎らと共著)榊保三郎、1912年。 |
翻訳
| 『心理学概論』(中島泰蔵と共訳)富山房、1898-1899年。 |
| スタンレー・ホール(Hall,GranvilleStanley)『青年期の研究』(中島力造らと共訳)同文館、1910年。 |
|
1858年
|
元良 勇次郎(もとら ゆうじろう、安政5年11... |
|
1894年
|
高等師範学校(現、筑波大学)において心理学... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
元良勇次郎さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|