| 1979年、長野県立吉田高校(普通科)卒業。 |
| ジャズヴォーカルのレッスンや、各種専門学校へ通う。 |
| 1982年、陸上自衛隊東部方面隊に任期制・二等陸士で入隊。 |
| 北部方面隊第2師団第2戦車連隊本部管理中隊に配属。 |
| 1984年、3月、1任期満了除隊。 |
| 除隊時階級陸士長。 |
| 同年4月、神奈川大学外国語学部英語英文科に入学。 |
| 在学中に江藤淳(当時東京工業大学教授)の著作に感動。 |
| 江藤に手紙を書き、直々に電話を貰う。 |
| 以後、幾度かの文通を経て江藤の元を訪ね知遇を得る。 |
| 1988年、3月、同大学卒業。 |
| 江藤の勧めで4月、東京工業大学大学院理工学研究科社会工学専攻博士前期課程に入学。 |
| 以後2年間薫陶を直に受ける。 |
| 在学中に株式会社戦車マガジン(後の株式会社デルタ出版 現存しない)でアルバイトを始める。 |
| 1990年、3月、同大学院修了。 |
| 4月、アルバイト先の戦車マガジンにそのまま入社。 |
| 1992年、11月、株式会社戦車マガジンを退職。 |
| 1993年、テレビ番組制作会社、税理士向け出版物の編集部門などへ転職を繰り返す。 |
| 「ゴルゴ13」の原作公募に佳作入賞。 |
| 1994年、生涯学習研究所、校正、翻訳などのアルバイトを経て、フリーター兼フリーライターとなる。 |
| 1995年、12月、『日本の防衛力再考』(銀河出版)を上梓。 |
| 1997年、4月、『ヤーボー丼─いかにして私たちはくよくよするのを止め、核ミサイルを持つか』(銀河出版)を上梓。 |
| 9月、『東大オタク学講座(岡田斗司夫)』11講ゲスト講師。 |
| 1998年、1月、『たんたんたたた───機関銃と近代日本』(四谷ラウンド、現存しない)を上梓。 |
| 3月、『有坂銃───日露戦争の本当の勝因』(四谷ラウンド)を上梓。 |
| 10月、『イッテイ───13年式村田歩兵銃の創製』(四谷ラウンド)を上梓。 |
| 1999年、5月、『日本海軍の爆弾』(四谷ラウンド)を上梓。 |
| 11月、『日本の高塔写真&イラスト』』(四谷ラウンド)を上梓。 |
| 2000年、2月、『武侠都市宣言!戦後「腐れ史観」を束にして斬る』四谷ラウンド)を上梓。 |
| 7月、品川「きゅりあん」で行なわれたニフティのフォーラム『ディフェンス・レビュー・フォーラム』主催の講演会で講演。 |
| 10月、『軍学考』(中央公論新社)を上梓。 |
| 11月、『日本のロープウェイと湖沼遊覧船JapaneseRopewaysandExcursionLake-boat』(教育システム)を上梓。 |
| 2001年、7月、『パールハーバーの真実』(PHP研究所)を上梓。 |
| 12月、『地獄のX島で米軍と戦い、あくまで持久する方法』(四谷ラウンド)を上梓。 |
| 2002年、8月、『日本人のスポーツ戦略───各種競技におけるデカ/チビ問題』(四谷ラウンド)を上梓。 |
| 9月、『軍学者が語る!沈没ニッポン再浮上のための最後の方法』(PHP研究所)を上梓。 |
| 10月、『学校で教えない 現代戦争学』(並木書房)を上梓。 |
| 2003年、1月、『「戦争と経済」のカラクリがわかる本─アングロサクソン「常勝」のヒミツ』(PHP研究所)を上梓。 |
| 4月よりスターデジオ400ch『salon28』にてパーソナリティーを務める(9月末で終了)。 |
| 7月、『戦争の正しい始め方、終わり方(共著:別宮暖朗)』(並木書房)を上梓。 |
| 2004年、1月、『ニッポン核武装再論』(並木書房)を上梓。 |
| 12月、『あたらしい武士道───軍学者の町人改造論』(新紀元社)を上梓。 |
| 2005年、6月、『精解 五輪書─宮本武蔵の戦闘マニュアル』(新紀元社)を上梓。 |
| 10月、『技術戦としての第二次大戦─日本VS中ソ米英篇(共著:別宮暖朗)』(PHP研究所)を上梓。 |
| 12月、「プロパガンダの時代~如何にして日本の主張を世界に発信するか~」(主催:早稲田大学國策研究會)で講演。 |
| 2009年、民間による安全保障政策の推進を目的とした、「日本安全保障倫理啓発機構」の設立を呼び掛け、同設立準備室代表を務める。 |
| 現在は北海道函館市に在住。 |