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プロフィール
勝俣恒久(かつまたつねひさ、1940年3月29日-)は、東京電力代表取締役会長。
経歴
| のちに代々木ゼミナール創設者の一人となる勝俣久作の四男である。 |
| 世田谷区立太子堂中学校、東京都立新宿高等学校、東京大学経済学部卒業。 |
| 1963年、東京電力入社企業家人物辞典 |
| 3年ほど支店に勤め、その後資材部に所属する。 |
| 当時の上司は塙章次(元副社長)。 |
| 企画部・営業部などを経て、1996年6月に取締役企画部長、1998年6月に常務取締役、1999年6月に取締役副社長に就任する。 |
| 2002年10月、原発データ改竄事件で引責辞任した南直哉の後任として東京電力社長に就任する |
| 「カミソリ勝俣」の異名をとった社長在職時は、先代に引き続き多くの不祥事を露呈した。 |
| 周囲には「そろそろ疲れてきた」と漏らすものの、他電力への影響を恐れ、辞めるに辞められない時期を過ごした。 |
| 2008年2月、柏崎刈羽原子力発電所のトラブルの責任を取り引責辞任する。 |
| 代表権は保持したまま、東京電力代表取締役会長に就任する『週刊ダイヤモンド』 |
| 勝俣会長の役割は原発再開か]。 |
| 現在はCHAdeMO協議会会長などの役職にも就き、電気自動車の普及活動をしている。 |
| 2011年7月8日、原発事故が起きれば多数の一般住民を被爆の危険に晒すことを知りながら事故および被爆被害を避けるための措置を怠り、原発安全神話を振りまき危険性を指摘する学者やジャーナリスト、市民に攻撃を仕掛けたとして、業務上過失致死傷容疑で刑事告発された。 |
人物
| 新日本製鉄元副社長・九州石油元会長の勝俣孝雄は実兄で、丸紅元社長の勝俣宣夫は実弟である。 |
| 孝雄・恒久・宣夫で産業界の勝俣三兄弟として知られた(実際は5人兄弟)。 |
| 他の2人の兄弟は勝俣邦道日本道路公団元理事、勝俣鎮夫東京大学名誉教授である。 |
| 先代社長の南直哉と同じく企画畑出身で、電力自由化への対応、通信分野への本格参入を手がけてきた。 |
| 原発データ改竄事件の際は、社内の調査委員会の委員長を務め、手腕を発揮した。 |
| 社長就任後は独占事業のぬるま湯に浸かる社員に競争意識を植えつけ、そのシャープさから「カミソリ勝俣」と恐れられた。 |
| 業界きっての「合理主義者」。 |
| 料金課長だった1980年代の第二次石油危機では、大口需要家の猛反対を押し切って電気料金を5割値上げした。 |
| 社長時代は、原発の検査で予定より早く作業を終えた下請企業に支払ってきた報奨金の制度を廃止した。 |
| 引責辞任の契機となった柏崎刈羽原子力発電所のトラブルの際、当時の経済産業大臣・甘利明から深夜に呼びつけられ、厳重注意を受けた。 |
| 座右の銘は「ケセラセラ」。 |
| 好きな言葉は「明日があるさ」。 |
| 趣味は碁で、関係者いわく「シャープかつ正攻法」。 |
発言
| 「肩書にあぐらをかくのではなく、プレーヤーとして動くことが求められている」(企画部長時代)。 |
| 「ピンチのとき入社した社員は伸びる」(2003年の入社式での挨拶)。 |
| 「当社は10年に一度の猛暑に見舞われても電力が安定供給できる体制を整えている。 |
| 発電所がすべて正常に稼働するのが前提だが、事故などに備えて、予測されるピーク需要よりも3%多く発電できるよう発電所を整備している」。 |
| 「当社の最大電力に占めるピークシフト電力の比率は5%と、世界一の水準だ。 |
| それに今後、電力卸売供給(売電)で、安くて品質が良い電気を買えるようになれば、設備投資の抑制につながるだろう」。 |
| 「発電所は、電力が必要になってから建設しても間に合わない。 |
| 良質の電気を安定供給するために、10年、20年先の電力需要を見越して発電所の整備を進めることが肝要だ」。 |
| 「安全・安定運転が地元の人の信頼を得るための基本。 |
| ヒューマンエラーの再発防止に心がけて欲しい」。 |
| 「これまで発電所建設では効率化より信頼度に比重が多少寄っていたことは確かだ。 |
| 信頼度が多少危うくなっても値下げを追求するよう発想を変えた。 |
| 今つくる発電所はコストPで負けませんよ」。 |
| 「発電所の長に全責任があり、本社はアドバイザー的な機能を持っているだけだ」(原発データ改竄事件で)。 |
| 「原子力については、われわれもとにかく情報を全部出していますので、逆に不安に思われやすい面もありますが情報を隠さないことで長期的に信頼を培うしか有りません」。 |
| 勝俣と皷紀男東電副社長は東日本大震災当日、日中の経済交流を進める「愛華訪中団」の一員として中国にいた。 |
| 2011年3月30日の記者会見において、マスコミ幹部に対する接待旅行ではないかとの問に対して「全額東電負担ではない。 |
| 詳細はよく分からないが、たぶん、多めには出していると思う」「マスコミ幹部というのとは若干違う。 |
| OBの研究会、勉強会の方々。 |
| 誰といったかはプライベートの問題なので」「責任者の方によく確認して対応を考えさせていただきたい。 |
| 2~3日中にどういうことになっているか照会したい」と述べた |
| 照会結果はいまだ公表されていない。 |
| 2011年6月28日の株主総会において、福島第一原子力発電所事故について「補償に関して、今回の事故は史上まれな津波と地震に見舞われました。 |
| 原子力損害賠償責任法の第三条第一項のただし書きにある、異常な天変地異に当たります。 |
| しかしながら、異常に巨大な天変地異に当たるかについては専門家の意見が分かれるうえ、免責を(東電が)主張すれば、多くの方と長期に裁判になります。 |
| その間、国の支援なければ、被害者救済はならず、当社も事業できなくなります。 |
| 当社が原賠法の免責にあたるとしても、このような事故引き起こした当事者として、重く受け止め、被害者救済をはかると考えています」 |
| 「賠償責任が無いような言い方をして、賠償金払いますというのは、(賠償金は)施しですか」という質問にも特に否定しなかった |
役職
| 日本経済団体連合会評議員会副議長(2002年-2005年)。 |
| 日本経済団体連合会副会長(2005年-2008年)。 |
| 日本原燃会長(2005年-2008年)。 |
| 電気事業連合会会長(2005年-2008年)。 |
| KDDI株式会社社外取締役(2010年6月)。 |
| 行政刷新会議政府の物品調達のあり方などを見直す公共サービス改革分科会会長代理(2010年10月)。 |
| 安全保障と防衛力に関する懇談会(防衛大綱有識者会議)座長(麻生内閣時代)。 |
| 「経済危機克服のための『有識者会合』」メンバー。 |
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1940年
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勝俣 恒久(かつまた つねひさ)は、東京電力... |
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1963年
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東京電力入社 |
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投票数
0
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勝俣恒久さんについてのひとこと紹介
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