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プロフィール
- 北山修とは
- 略歴
- 単著
- 共著
- 分担執筆(主要なもののみ掲載)
- 音楽、芸能活動
- 音楽関係
- 関連サイト
北山修(きたやまおさむ、1946年6月19日-)は、日本の精神科医、 精神分析家、臨床心理学者、作詞家、ミュージシャン。兵庫県淡路島生まれ。洛星高等学校、京都府立医科大学医学部卒。医学博士。九州大学名誉教授。白鴎大学特任教授。国際基督教大学客員教授。専門は臨床精神医学、精神分析学。元・日本精神分析学会会長。国際精神分析協会正会員。長女の北山英美子は医師で医療法人三幸会理事長。
略歴
| 1965年、京都洛星高等学校卒業後、京都府立医科大学入学。 |
| 1972年、京都府立医科大学卒業。 |
| 札幌医科大学内科研修生として2年間勤務した後、ロンドンのモーズレイ病院およびロンドン大学精神医学研究所にて2年間研修。 |
| 1980年、北山医院(北山研究所を経て、現・南青山心理相談室)を開設。 |
| 精神分析家・心理療法家として活動する。 |
| 1991年、九州大学教育学部助教授に就任。 |
| 1994年、同教授。 |
| 1998年、九州大学大学院人間環境学研究院教授。 |
| 2001年より同大学院医学研究院教授を兼任。 |
| 2010年3月、九州大学を定年退職。 |
| 2010年4月より南青山心理相談室顧問。 |
| 2011年4月、国際基督教大学教養学部客員教授に就任。 |
| 『みんなの精神科』『みんなの深層心理分析』(講談社+α文庫)、『劇的な精神分析入門』(みすず書房)など著書多数。 |
| 特に、イギリスの小児科医で、後に小児精神分析家に転進したドナルド・ウィニコット(DonaldWinnicott)に関する研究では、本邦の第一人者。 |
単著
| [精神分析学関係]。 |
| 1982年『悲劇の発生論――精神分析の理解のために』金剛出版。 |
| 1985年『錯覚と脱錯覚――ウイニコットの臨床感覚』岩崎学術出版社。 |
| 1988年『増補悲劇の発生論――精神分析の理解のために』金剛出版。 |
| 1988年『心の消化と排出――文字通りの体験が比喩になる過程』創元社。 |
| 1993年『見るなの禁止』北山修著作集・第1巻、岩崎学術出版社。 |
| 1993年『言葉の橋渡し機能』北山修著作集・第2巻、岩崎学術出版社。 |
| 1993年『自分と居場所』北山修著作集・第3巻、岩崎学術出版社。 |
| 2001年『幻滅論』みすず書房。 |
| 2001年『精神分析理論と臨床』誠信書房。 |
| 2004年『増補版錯覚と脱錯覚――ウィニコットの臨床感覚』岩崎学術出版社。 |
| 2007年『劇的な精神分析入門』みすず書房。 |
| 2009年『覆いをとること・つくること』岩崎学術出版社。 |
| 2010年ProhibitionofDon’tLook:LivingthroughPsychoanalysisandCultureinJapan岩崎学術出版社。 |
| 2010年『最後の授業――心をみる人たちへ』みすず書房。 |
| [文化論関係]。 |
| 1969年『くたばれ芸能野郎』自由国民社。 |
| 1971年『戦争を知らない子供たち』ブロンズ社。 |
| 1971年『さすらいびとの子守唄』角川書店。 |
| 1973年『ピエロの歌』角川書店。 |
| 1975年『白いクジラの泳ぐ空』(広野勝絵)ブロンズ社。 |
| 1975年『止まらない回転木馬』中央公論社。 |
| 1977年『人形遊び――複製人形論序説』中央公論社。 |
| 1979年『サングラスの少女』中央公論社。 |
| 1981年『ジョン・レノン――AllthatJohnLennon1940-1980』(共著)中央公論社。 |
| 1983年『人形は語らない――出会いの不在-不在との出会い』朝日出版社。 |
| 1985年『うい・あー・のっと・ざ・わーるど』彩古書房。 |
| 1985年『他人のままで』集英社(きたやまおさむ名義)。 |
| 1987年『ビートルズ』講談社現代新書(きたやまおさむ名義)。 |
| 1997年『みんなの精神科』講談社(きたやまおさむ名義)。 |
| 1997年『みんなの深層心理』講談社(きたやまおさむ名義)。 |
| 1999年『心のカタチ、心の歌』講談社(きたやまおさむ名義)。 |
| 2005年-2006年『ふりかえったら風』1―3巻、みすず書房。 |
| 2008年『北山修/きたやまおさむ百歌撰』(編著)ヤマハミュージックメディア。 |
| 2009年『ビートルズを知らない子どもたちへ』アルテスパブリッシング(きたやまおさむ名義)。 |
共著
| 1993年『こころから言葉へ』(共著)弘文堂。 |
| 1993年『改訂版・精神医学辞典』(編著)弘文堂。 |
| 1996年『日本語臨床1恥』(編著)星和書店。 |
| 1997年『日本語臨床2〈自分〉と〈自分がない〉』(編著)星和書店。 |
| 2001年『阿闍世コンプレックス』(編著)創元社。 |
| 2002年『精神分析事典』(編著)岩崎学術出版社。 |
| 2004年『語り・物語・精神療法』(編著)日本評論社。 |
| 2005年『こころを癒す音楽』(編著)講談社。 |
| 2005年『共視論』(編著)講談社選書メチエ。 |
| 2007年『今語るあの時あの歌きたやまおさむ――ザ・フォーク・クルセダーズから還暦まで』(共著)アートデイズ。 |
| 2008年『現代フロイト読本』1・2(編著)みすず書房。 |
| 2009年『日本人の〈原罪〉』(共著)講談社現代新書。 |
分担執筆(主要なもののみ掲載)
| 1982年「〈この国〉における父と母の位置づけ」、馬場謙一編『青年期の精神療法』金剛出版。 |
| 1982年「治療の終結」、小此木啓吾他編「精神分析セミナー」岩崎学術出版社。 |
音楽、芸能活動
| 学生時代は関西フォークブームの出発点となる「ザ・フォーク・クルセダーズ」の元メンバー。 |
| 1970年前後のフォークブームでは関西、京都フォークの中心的人物の一人として活躍した。 |
| 『戦争を知らない子供たち』『あの素晴しい愛をもう一度』『風』『花嫁』『白い色は恋人の色』『レッツゴー!サザエさん』などの作詞でも有名。 |
| 『さらば恋人』は堺正章の歌で大ヒットを記録した。 |
| なお、彼の書く詞の内容は「9割が実話」だという(2011年7月25日放送のきたやまおさむのレクチャー&ミュージック内にて本人談)。 |
| 1968年、大島渚監督の映画『帰ってきたヨッパライ』にフォークルとして出演。 |
| その頃の著書に、『くたばれ!芸能野郎』(自切俳人名義・自由国民社)、『戦争を知らない子供たち』『ピエロのサム』(ブロンズ社)、『さすらい人の子守唄』(角川書店)、『ピエロの唄北山修青春詞歌集』(角川文庫)、『止まらない回転木馬』『サングラスの少女』(中央公論社)などがある。 |
| 1977年から1978年には「自切俳人(ジキルハイド)」の名前でニッポン放送「オールナイトニッポン」木曜1部のパーソナリティを務めた。 |
| 1978年にオールナイトニッポンの名物コーナーを本にした『真夜中の辞典』(自切俳人監修・ペップ出版)、1979年に『秘密の京都』(自切俳人著・経済界リュウブックス)を出版。 |
| 1980年、大森一樹監督の映画『ヒポクラテスたち』に自切俳人として出演。 |
| 1982年から1985年まで、コンサート夏の時代を企画・構成。 |
| 京都市の円山公園音楽堂などで開催(2000年にも「コンサート夏の時代2000」を開催)。 |
| 1986年、とんねるずの歌『寝た子も起きる子守歌』を作詞。 |
| 1990年代にもヒューマンズー(現メンバー:きたやまおさむ・平井宏・兼松豊・赤木一孝・松崎博彦・坂庭省悟・進藤了彦・城田じゅんじ)のメンバーとして音楽活動を継続。 |
| 1996年、フジテレビ「ポンキッキーズ」挿入歌『メロディ』を作詞(作曲は加藤和彦)。 |
| 2002年7月、加藤和彦、坂崎幸之助と「ザ・フォーク・クルセダーズ」(第3次)を新結成。 |
| 同年11月17日、NHKホールにて行われた「ザ・フォーク・クルセダーズ新結成記念解散音楽會」に出演。 |
| 2003年、市川猿之助のスーパーカブキ「新三国志3」のテーマソング『愛と未来のために』を作詞(作曲は加藤和彦)。 |
| 同年、「第19回国民文化祭ふくおか2004『とびうめ国文祭』」のイメージソング『人生号Jinsei−GO!』を作詞(作曲は甲斐よしひろ、歌は氷川きよし)。 |
| 2006年2月12日、大阪フェスティバルホールで『きたやまおさむザ・還暦コンサート』を開催。 |
| 2007年、CDブック『今語るあの時あの歌きたやまおさむ―ザ・フォーク・クルセダーズから還暦まで―』インタビュー&テキスト前田祥丈(アートデイズISBN978-4-86119-086-5)出版。 |
| 2008年12月、自らの100作品を納めた『北山修/きたやまおさむ百歌撰』を出版、それに関連して、2009年2月、ニッポン放送開局55周年記念番組『あの素晴しい愛をもう一度』に出演し、現在大多数が廃盤になっている本人の作品等を披露した。 |
| 2009年4月、NHK-FM放送にて冠番組『きたやまおさむのレクチャー&ミュージック』の放送が開始される。 |
| 2009年10月の加藤和彦の死去に際しては朝日新聞と産経新聞に「きたやまおさむ」名義で追悼コメントを寄せた。 |
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1946年
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北山 修(きたやま おさむ)は、日本の精神科... |
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1965年
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京都洛星高等学校卒業後、京都府立医科大学入学 |
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日本の小説家、エッセイスト、評論家、作詞家、作曲家。旧姓は松延(まつのぶ)。 |
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