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プロフィール
- 北島康介とは
- 略歴
- 主な戦績
- 2000年
- 2001年
- 2002年
- 2003年
- 2004年
- 2005年
- 2006年
- 2007年
- 2008年
- 2010年
- 2011年
- 受賞歴
- エピソード
- SPEEDO製水着問題
- CM
- 関連サイト
北島康介(きたじまこうすけ、1982年9月22日-)は、日本の男子競泳の選手。アテネオリンピック並びに北京オリンピック100m平泳ぎ、200m平泳ぎの金メダリスト。東京スイミングセンター(東京SC)、日本コカ・コーラ所属。身長178cm、体重72kg。血液型B型。
略歴
| 東京都荒川区出身で、実家は西日暮里にある精肉店「肉のきたじま」(株式会社北島商店)を経営。 |
| 文京区の区立千駄木小学校、文林中学校、本郷高校卒業。 |
| 中学2年生の時に、東京SCのコーチ、平井伯昌に才能を見出される。 |
| その後日本体育大学体育学部体育学科に進学し、大学4年時に、日本学生選手権大会(インカレ)で100m・200m平泳ぎで2冠学生新記録で優勝。 |
| 大学対抗400mメドレーリレーでも活躍し、5人抜きで日体大を準優勝に導いた。 |
| 日体大大学院に進んだが、選手活動に専念するため2006年に中退した。 |
| 2005年度から日本オリンピック委員会が始めた選手強化キャンペーンのシンボルアスリート制度を用いず、2005年4月から日本コカ・コーラと所属契約を結ぶことになり、スイミングキャップやレーシングゴーグル、水着に''Coca-Cola''のロゴを入れて大会に出場する。 |
| 2004年アテネオリンピックと2008年北京オリンピックで100m、200m平泳ぎの金メダルを獲得し、オリンピック史上初の平泳ぎ2種目2連覇を果たす。 |
| また、個人メドレーで日本記録を保持していたこともある。 |
2000年
| 日本選手権100メートル平泳ぎで当時の第一人者である林享を日本記録で破り優勝。 |
| シドニー五輪で同競技決勝に進出し、4位入賞。 |
2001年
| 日本選手権男子50、100、200メートル平泳ぎ全てに優勝。 |
| 7月22日第9回世界水泳福岡大会競泳競技26日の男子200メートル平泳ぎ2分11秒21で銅メダル。 |
2002年
| 日本選手権昨年に続き男子50、100、200メートル平泳ぎ全てに優勝。 |
| 8月24日第9回パンパシフィック水泳選手権25日の男子100メートル平泳ぎ1分00秒36で優勝。 |
| 9月29日釜山アジア大会10月2日の男子200メートル平泳ぎ2分09秒97で世界記録(当時)を更新し、優勝。 |
| 同大会MVPとなる。 |
2003年
| 日本選手権3年連続で男子50、100、200メートル平泳ぎ全てに優勝。 |
| 7月20日第10回世界水泳バルセロナ大会競泳競技21日の男子100メートル平泳ぎ59秒78で世界記録(当時)を更新し、金メダル。 |
| 続く25日の男子200メートル平泳ぎ2分09秒42で世界記録(当時)を更新し、金メダル。 |
| 最終日27日の男子400mメドレーリレーで日本記録(当時)を更新し、銅メダル。 |
2004年
| 日本選手権4年連続で男子50、100、200メートル平泳ぎ全てに優勝(史上最高記録)。 |
| 8月15日アテネオリンピック男子100メートル平泳ぎ1分00秒08で金メダル。 |
| インタビューで「チョー気持ちいい(超気持ちいい)、鳥肌ものです」とコメント。 |
| ちなみにこの「チョー気持ちいい(超気持ちいい)」は、この年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれ、2010年に集計された「印象に残っている流行語」で第3位に選ばれている『Mr.サンデー』2010年11月14日放送分。 |
| 同日、100メートル背泳ぎ金メダルのアーロン・ピアソル(アメリカ)が「北島はスタート時に禁止されているドルフィンキックを行った」と抗議したが、大きな問題にはならなかった。 |
| 8月18日同大会男子200メートル平泳ぎ2分09秒44でオリンピック記録(当時)を更新し、二冠を達成(2位以下を1秒以上突き放す)。 |
| ピアソルやアメリカ記者団がおこなった「北島泳法違反」の発言は、北島に対する心理的揺さぶりとみる者も居たが、その後違反ぎりぎりの泳法をとる選手の有利を防ぐために2006年シーズンからスタートとターン直後に限りドルフィンキックを1回打つ事を認めるルール改正への流れとなった。 |
| 8月21日同大会男子400メートルメドレーリレーで銅メダル。 |
2005年
| 4月21日JAPANSWIM2005(世界水泳モントリオール大会選考会兼ねる)男子200メートル平泳ぎ決勝レースに出場も3位に甘んじこの競技の自力での世界選手権出場を逃す。 |
| 続く23日の男子50メートル平泳ぎは28秒03秒で本大会5連覇目(史上最高記録)を達成。 |
| 続く24日の男子100メートル平泳ぎ1分00秒89で本大会6連覇目を達成。 |
| 7月24日第11回世界水泳モントリオール大会競泳競技25日の男子100メートル平泳ぎ59秒53で銀メダル。 |
| 続く27日の男子50メートル平泳ぎ27秒78で日本記録(当時)を更新し銅メダル。 |
| 最終日31日の男子400メートルメドレーリレーは平泳ぎを59秒19で泳ぎ銅メダル。 |
2006年
| 4月20日JAPANSWIM2006男子200メートル平泳ぎで2年連続の敗戦。 |
| 続く22日の50メートル平泳ぎでも敗れる。 |
| 続く23日の100メートル平泳ぎ1分00秒71で優勝し、辛うじてパンパシフィック水泳選手権の代表権を手に入れる。 |
| 8月17日第10回パンパシフィック水泳選手権18日の男子100メートル平泳ぎ1分00秒90で3位。 |
| 続く最終日20日の男子200メートル平泳ぎ2分10秒87で準優勝。 |
| 同日の男子400メートルメドレーリレー3分35秒70で準優勝。 |
| 12月1日ドーハアジア大会3日の男子50メートル平泳ぎ28秒38で準優勝。 |
| 男子100メートル平泳ぎ1分01秒13で優勝。 |
| 男子200メートル平泳ぎ2分12秒05で優勝。 |
2007年
| 3月25日第12回世界水泳メルボルン大会競泳競技26日の男子100メートル平泳ぎ59秒96で銀メダル。 |
| 続く30日の男子200メートル平泳ぎ2分09秒80で金メダル。 |
| 最終日4月1日の男子400mメドレーリレーで銀メダル。 |
| 4月5日JAPANSWIM2007男子200メートル平泳ぎ2分11秒04で2年ぶりの優勝。 |
| 男子100メートル平泳ぎ1分00秒34で本大会8連覇目を達成。 |
| 男子50メートル平泳ぎには出場せず。 |
| 8月21日北京五輪の前哨戦という位置づけで、世界水泳をしのぐ「夢の国際競泳大会」・「2007年の真の競泳世界一決定戦」と称される日本の千葉県国際総合水泳場で開催された世界競泳2007では、男子100メートル平泳ぎ59秒74で優勝(日本国内のレースで初めて1分00秒を切る)。 |
| 続く23日の男子200メートル平泳ぎ2分10秒02で優勝。 |
| 最終日24日の男子400mメドレーリレーは日本記録(当時)で優勝。 |
2008年
| 4月15日JAPANSWIM2008男子200メートル平泳ぎ2分08秒84の日本記録で優勝。 |
| 男子100メートル平泳ぎ59秒67で本大会9連覇目を達成(史上最高記録)。 |
| この結果をもって北京オリンピックの代表に選出される。 |
| 6月8日ジャパンオープン男子200メートル平泳ぎで、SPEEDO社のレーザー・レーサーを着用して挑み、5年ぶりとなる2分07秒51の世界記録(0秒99更新、当時)を樹立。 |
| 北島の世界新記録は、日本人選手が国内長水路レースで記録したものとしては、1972年7月21日の「日本水泳選手権競技大会」で青木まゆみが女子100mバタフライで記録して以来、36年ぶりだった。 |
| 8月11日北京オリンピック男子100メートル平泳ぎで、ノルウェーの新鋭アレクサンダー・ダーレ・オーエンらを振り切り、人類史上初、59秒の壁を破る58秒91の世界新記録で金メダル。 |
| 「世界記録を出し、金メダルを獲得する」という試合前の予告をその通りに果たした。 |
| 男子100メートル平泳ぎの大会2連覇は世界初、平泳ぎの同一種目の大会連覇は日本人としては鶴田義行以来76年ぶりのことである。 |
| この時のインタビューでは、アテネオリンピックの金メダル獲得時のインタビューとは一転、緊張感・責任感から解き放たれたのか、涙をこらえきれず、絞り出すような声で「なんも言えねえ」というコメントを残し、流行語となった。 |
| この言葉について、後のインタビューで、「このとき、お世話になった方々への感謝を口にしようとしていたが、こみ上げてくる思いで言葉が出なかった」という内容のコメントをしている。 |
| 8月14日同大会男子200メートル平泳ぎ2分07秒64で金メダル(自ら前日の準決勝で打ち立てたオリンピック記録を更新するものである)。 |
| オリンピックで2大会連続2種目制覇を成し遂げたのは日本人として史上初、平泳ぎで2大会連続2種目制覇を成し遂げたのは世界初である。 |
| 8月17日同大会男子400メートルメドレーリレーで銅メダルを獲得。 |
| 北島は第2泳者で登場し、57秒台に迫る58秒07のタイムで泳いだ。 |
2010年
| 4月13日2年振りの参加となり、復帰戦となったJAPANSWIM2010の初日、男子50メートル平泳ぎ27秒30の日本記録で予選1位通過、決勝は2位。 |
| 最終日18日の最終種目となった男子100メートル平泳ぎは2位。 |
| 4月18日主要国際大会での復帰戦となった第11回パンパシフィック水泳選手権では男子100メートル平泳ぎ予選で今季世界最高記録となる59秒04で1位通過、決勝は59秒35で優勝。 |
2011年
| 4月9日競泳国際大会代表選手選考会(東日本大震災復興支援チャリティー大会)初日の男子100メートル平泳ぎは59秒44で優勝。 |
| 最終日11日の男子200メートル平泳ぎは肉離れを起こしながらも2分09秒26で2位。 |
| 7月24日2大会ぶりの第14回世界水泳上海大会競泳競技25日の男子100メートル平泳ぎ1分00秒03で4位。 |
受賞歴
| 2002年度JOCスポーツ賞最優秀賞。 |
| 日本スポーツ賞グランプリ(2002年、2003年、2008年)。 |
| 日本スポーツ賞オリンピック特別賞(2004年)。 |
| 第21回新語・流行語大賞年間大賞(2004年)「チョー気持ちいい」。 |
エピソード
| 元々メンチカツは1970年代に製造販売を中止していたが、2003年の世界選手権での北島のインタビューで実家のメンチカツが好物だと言った途端に問い合わせが殺到したため復活した。 |
| 北京五輪で金メダルを獲得した際にも同様の現象が起きており、顧客にはこれを買うために遠方から駆けつける人もおり、最大時50人並びで全長20メートルの行列になるほどの大反響であった。 |
| 2009年に行われたアスリートの総合的なイメージを測定する「アスリートイメージ評価調査」では、「パワフルな」アスリート3位、「常にチャレンジ精神を持ち続けている」アスリート3位、「総理大臣になってほしい」アスリート3位、イメージ総合ランキング3位に選ばれた。 |
| 愛読していてファンであると公言する漫画『ONEPIECE』の記念すべき10作目の劇場版『ONEPIECEFILMSTRONGWORLD』に、声優として出演。 |
| 国際水泳連盟発行の雑誌が202の国と地域の水泳連盟と専門家による投票で選んだ「2000年代最優秀選手ランキング」で、平泳ぎの北島康介が自由形のイアン・ソープと並ぶ3位に選ばれた。 |
SPEEDO製水着問題
| 北島は「SPEEDO」の水着を好んでいたが、所属していた東京スイミングセンターが「arena」ブランドの日本国内でのライセンシー(実施権者)であるデサントと親しかったため、個人の広告活動の解禁まで「arena」製の水着を使用していた。 |
| アテネ五輪の年から「SPEEDO」の水着を使用したが、そのライセンシーだったミズノが独自水着の販売に踏み切ると、ミズノとの契約を続けた。 |
| 2008年、三井物産とゴールドウィンが日本ライセンシーとなった「SPEEDO」が新型水着「レーザー・レーサー」を発表し、中村礼子(アシックスと契約)は新型水着を試したが、北島はミズノ製の水着を着用し続けた。 |
| 大会後の記者会見で、「新型水着を試したいという気持ちはあるが、ミズノがそれに負けない水着を開発してくれると思う」と述べ、ミズノとの契約を優先すると表明した。 |
| また、2008年5月18日に、東京辰巳国際水泳場で行われた競泳早慶戦にオープン参加したとき、北島は日本選手権用の旧タイプ水着を着用した。 |
| もっと違ったカタチで水泳に注目してほしい」と珍しくイラ立ちを見せた『中日スポーツ新聞』(2008年5月19日)。 |
| 2008年6月、「ジャパン・オープン」では、英語で「IAMTHESWIMMER」、中国語で「是我在遊泳」と書かれたTシャツでプールサイドに現れ、水着騒動に「泳ぐのは僕だ」と主張して一石を投じた。 |
| 6月11日、公式サイトで「北京オリンピックではSpeedoの水着を着用しようと思います」と表明した。 |
CM
| 「SPEEDO」水着宣伝(2004年-2007年5月)※2007年5月までミズノのライセンス商品(現在はゴールドウイン)。 |
| 第43回衆議院議員総選挙投票啓発総務省ほか、木村佳乃と共演。 |
| スイフト(スズキ、2011年)。 |
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1972年
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6月8日ジャパンオープン 男子200メートル平泳... |
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1982年
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北島 康介(きたじま こうすけ)は、日本の男... |
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きたじまこうすけ
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