| 大橋巨泉司会の番組『クイズダービー』には、かつて長年務めた篠沢秀夫の後を引き継いで、第652回(1988年8月6日放送時)から第795回(1991年7月13日放送時)までの約3年間、5代目1枠のレギュラー解答者として出演した。 |
| それ以前にも第626回(1988年2月6日放送時)に、出場者が博士号に関係した人達の大会ということで、北野も5枠ゲスト解答者として一度登場した。 |
| その北野の5枠ゲスト時の正答率は、なんと6勝2敗・7割5分という好成績だった(自身の最高成績タイ記録だが、北野の得意な分野の出題が多かったせいもある)。 |
| 初めて正解した時は、どう反応してよいかわからず、戸惑いながら両手を挙げて「ワーイ!」とはにかみながら発言している。 |
| その後、北野が1枠レギュラーとなってからの正答率は2割7分3厘(平均2勝6敗ペース)で、可もなく不可もなくといった成績となっている。 |
| 第690回(1989年5月20日放送時)には自身2度目、レギュラー定着後では最高となる6勝2敗を記録したが、この時は2問目から7問目までを立て続けに正解し、自己最高となる6連勝を記録した。 |
| 最多連敗記録は14連敗で、ワースト第7位である。 |
| 単独で全敗することもあったが、左隣に座っていた2枠レギュラー・井森美幸と共にすることも多かった(705回・727回など)。 |
| 北野の最終問題の倍率は、2枠レギュラーの井森よりもやや低い16倍か18倍がほとんどであるが、女子大生へのアンケートに関する問題など、井森の方が出来そうな場合、北野に20倍、井森に18倍がつくこともあった(第711回)。 |
| 北野は以前の1枠レギュラーの篠沢ほど多くは無かったが、やはり初期の頃は「1人を除いてみんな同じ答え」の1人だけ不正解によく当たっていた特に三択問題や歌詞問題で多くみられた。 |
| 後に三択問題の正答率が高くなり、「三択の帝王」と呼ばれたこともあった。 |
| 巨泉からそう言われた時、北野はよく井森美幸と向かい合っては、二人で一緒に苦笑いを浮かべていたという。 |
| 篠沢とは違って成績が悪かった時はとても悔しがっていた。 |
| しかも井森より北野の方が成績が悪い時は、彼女に得意げにされていた時もあった。 |
| 一方で北野は、正解すると自慢そうに解答の理由を説明するのは篠沢と同様であったが、逆に不正解となり納得いかないと北野は巨泉に対して「どうしてなんですか?理由がよく分かりません!」とよく不満そうな表情を浮かべていた。 |
| そのたびに巨泉は「困った人ですねえ、北野さんは...」とあきれている。 |
| しかし、全く反対に巨泉の解答理由に納得した時には、北野自身も微笑み頷いたケースがみられた。 |
| 「大野北」の命名のきっかけは、第658回(1988年9月17日)放送時に出場者側に座った、東京・メキシコ五輪重量挙げ金メダリストの三宅義信が、「北野大」のボードを持ちながら「おおのさん、オオノサン!」と小声で指名したのがマイクで大きく聞こえたのだ。 |
| その後同じく出場者側だった、モントリオール五輪女子バレーボール金メダリストの白井貴子が「じゃあ大野ぺーさんに500点!」と指名した。 |
| それぞれ二人の言葉に巨泉は「いいね!オオノ・ペーさんにしましょう!!」と大いに好評だった。 |
| 第666回(1988年11月12日放送時)の歌詞当て『着物ごころ』より「さて娘は母の香りがするような、どんな模様の着物を着たいというのでしょう?」という問題で、北野は「石ケン」と解答。 |
| その後巨泉に「『石鹸』の模様の着物ってどういう…どんな模様なんですか?せっけんが散りばめてあるわけ?」と問い質されると、北野は真剣な表情で「ええ」と頷いた。 |
| 巨泉は吃驚仰天しながら「『ええ』って!?そんな着物あるわけ無いだろう??」と呆気にとられるが、それでも北野は「いや、母の香りと言ったらセッケンの香りですよ!だから着物に『石ケン』の模様が…」と真顔のままコメント。 |
| その北野の態度に竹下景子は大笑いしていた(正解ははらたいら・竹下の「かすり(模様)」)。 |
| 第691回(1989年5月27日放送分)の最終問題「イギリスのケンブリッジ大学の昔の学生寮には3つの部屋があるが、寝室、勉強部屋とあと1つは何の部屋がある?」と言う問題にも、北野は「座敷牢」と解答、巨泉に「悪いことしているわけじゃないんですから!」とあきれさせ、ゲストの小川知子や竹下らを爆笑させた(正解ははら・竹下の「執事の部屋」)。 |
| 第733回(1990年3月24日放送分)の最初の問題「OLを読んだ川柳です。 |
| 『露天風呂化粧おとして「?」の群れ』さて露天風呂に集まったOLは、ズバリ何の群れみたいだ、と言っているのでしょう?」では、巨泉が北野に対し「OLは怒ってますよ。 |
| 失礼ですよ!」と苦笑しながらコメントした後、北野の解答を開くと「オバケ」であった。 |
| 北野は「失礼ですね」と反省するも、竹下は「アハハハ!ヒドーイ!!」と大笑いを堪えきれず、出場者の赤チームに座っていた市川森一や中田喜子らも失笑し続けていた(正解ははら・竹下の「トド(の群れ)」)。 |
| 第673回(1989年1月14日)放送時、「空気中からある物質を採取し、ある鉱石を作り出す」という三択問題(正解は炭素からダイヤモンド)の際には、化学者である北野なら当然知っていると判断した巨泉は、北野の倍率を1倍にした(井森は7倍、はらは2倍、竹下は3倍、当時ゲストの藤吉久美子は5倍)。 |
| 三択で1倍の表示は珍しいが、北野はもちろん正解した(正解者は北野と竹下の二人)。 |
| 第722回(1990年1月6日)放送時、爆風スランプのヒット曲『大きな玉ねぎの下で』が歌問題「この「大きな玉ネギの下」を指す東京の場所は?」となった際、北野は「最近の歌には疎い」という周囲の既成認識を裏切って正解し、巨泉らを驚かせた。 |
| 北野が「ボーカルが『サンプラザ中野』って言うんですよ、(爆風スランプの)ファンですもの、黒い眼鏡掛けているんですよ!」とコメントすると、巨泉は「意外なことが分かりましたねえ!今後、爆風スランプの歌(問題)の時は気を付けましょう。 |
| 正解は「日本武道館(の屋根)」だったが、全く分からなかった隣の井森は「くろやなぎてつこさんの頭の上」と珍解答を披露(「1人を除いて皆同じ答え」で唯一の不正解)、ゲストの和田アキ子(井森と同じホリプロ所属の先輩)をはじめ会場全員を大笑いさせた。 |
| 1991年に入ると本業で多忙となり、海外出張も多くなったことから、第795回をもってレギュラーを降板した。 |
| 1992年12月19日の最終回(大橋巨泉が1夜限りの司会に復帰)では久々に指定席の1枠に座った。 |