| パソコンが苦手で、所有しているが全く使っておらず、執筆活動も手書きでしている。 |
| 鞄を持たない主義である。 |
| 一人暮らしだが一軒家に住んでいる。 |
| 後輩芸人いわく、お城のような家、である。 |
| 大阪の二丁目劇場で活躍していた頃は、劇場のすぐ近くのマンションに住んでおり、ジュニアの部屋を知っているファンも多かった。 |
| そのため、いたずらをされることも多く、一番酷かったのは「部屋のドアに、ケチャップで『マヨネーズ』と大きく落書きされた」ことだという。 |
| 大阪時代、部屋にケンドーコバヤシが遊びに来た際、ジュニアの当時の彼女が料理を作った。 |
| 表面的には無愛想だったジュニアだが、彼女とすれ違いざまに小声で「美味しかったで」と囁いていたという。 |
| 神経質なのでなかなか寝付けず耳栓をして寝る。 |
| グロテスクな映画は好きだがホラー映画は苦手である。 |
| 「ジュニア」と呼ばれるようになったのは、当時せいじのバイト先の喫茶店で、浩史が読んでいた漫画「キャプテン」に出てくるキャラ・「五十嵐」の弟が「五十嵐ジュニア」と呼ばれているのを、喫茶店マスターが気づき提案したことから。 |
| 桂南光から「俺が全責任を取る」と言われ正式に「桂」の名を貰っている。 |
| 大阪時代、尖っていた性格から「ジャックナイフ」と称されていたが、前述の事故を契機に性格も丸くなり、「バターナイフ」と称されている。 |
| 後輩と靴店へ行った際、「こんなブーツ出たんか、かっこええなぁ」と感想をもらしたが、その時自分が履いていたものとまったく同じブーツだった。 |
| コントライブのセッティングの際、ジュニアは「照明がいつまでたっても明るくならない」と怒っていた。 |
| その際ジュニアは、サングラスをかけていた。 |
| 「ジュニアを含む5人でコントライブを開催しよう」と陣内智則が言ったものの、5人共スケジュールが合わず、稽古さえ出来ない状態だった。 |
| ある番組の収録の際に、楽屋でジュニアは陣内に対し「ようこのスケジュールでやろうと思ったな」と冗談半分で言った。 |
| しかし、返事がなかったため隣を見ると、陣内だと思って喋りかけた人物は、バナナマンの設楽統だった2009年2月24日放送回『ロンドンハーツ』より。 |
| がさつな人をじゃんけんで例えて「グー派」・神経質な人を「チョキ派」と話し、自身はチョキ派と豪語した後の後輩との食事の席で、「グー派の人はこういう席でもソースや飲み物を零すんやろなぁ、考えられへんわ!」と言ったその瞬間、Tシャツにワインをこぼした。 |
| 「ジュニア」に改名した理由は、占いを得意とする小笠原まさやから「『浩史』ではとがりすぎて周りに敵をつくり、『Jr.』では女性的すぎて結婚できない、だが『ジュニア』にすれば、巨万の富を手に入れます!」と言われたことからヨシモトファンダンゴTV「〜本人発信バラエティ〜てっぺん!」。 |
| あまりに美味しいものを食べると「なんでこんなに美味いねん!」と怒るという事実が多くの芸人やスタッフから証言されている。 |
| TIMのレッド吉田と仲が良い。 |
| 見た目と反して女性に対してや性格的に草食系であり、体育会系の芸人と飲みに行ってもノリについていけず困る。 |
| 前述のバイク事故で多くの芸人のお見舞いや励ましを受けたが、中でも東野幸治が取り寄せた「鶴瓶上岡パペポTV」の最終回のVTRで島田紳助や明石家さんまが爆笑を取っている様を見て、「出る側(芸人)に戻りたい!」と強く決意をした2011年4月5日放送回「ブラマヨとゆかいな仲間たち。 |
| 前述のバイク事故の退院後、『さんまのまんま』にゲスト出演した際、明石家さんまから「退院祝い、何がええ?」と聞かれ「レギュラーください」と冗談で言ったつもりが、後日実際に、『おかしや?さんま!』にレギュラー出演が決まった。 |
| 当時、さんまはTBSから深夜番組の依頼を長年に渡り断わっていたが、千原兄弟にレギュラーを与えるためだけに、この依頼を承諾した。 |
| 2006年、第4回R-1ぐらんぷりに参加、準決勝敗退に終わる。 |
| 東京に進出した頃は「自分の笑いはわかる奴にだけわかればいい」といったスタンスだったが、交通事故を機に、ネタを書く際にはより多くのお客さんに伝わるように解りやすい言葉を選ぶように心掛けるようになったというNHK総合『トップランナー』2008年9月22日。 |
| 現在は、「自分の笑いがわからなければ、わかったフリをしてもらいたい」というスタンスになっている。 |
| 豆腐が大好物であり、山奥の店までわざわざ買いに行ったことがある。 |
| 「にけつッ!!」のET-KINGとのコラボCDのレコーディングにて、スタジオでは笑っていたET-KINGが凍りついた。 |
| ケンドーコバヤシらとのユニットコントにて、ジュニアが作詞作曲した曲を歌うというシーンがあった。 |
| 2009年10月、ケンドーコバヤシとの作品で「S-1バトル」の10月の月間チャンピオンとして選ばれた |
| 芸人御用達で温厚なホテルにジュニアが泊まった時、布団をローションまみれにしてしまい、買い取ることになった。 |
| AV女優のRioのファンである事を公言している。 |
| 『14歳』を執筆した際、タレントの書いた本に厳しい評論家に「これはな、聖書だよ。 |
| ラリー遠田は、ジュニアがバラエティ番組などでよく使用する「放り込んでくる」(「急に関係ない話を持ち出す」「危険な方向に話を急展開する」位の意味。 |
| 落語好きで知られ車の中でCDを聴くほど、桂枝雀の大ファン。 |
| 戦場カメラマン・渡部陽一は、彼の知名度を上げるきっかけを作った千原ジュニアにはとても感謝しており、「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングでは「お友達…。 |
| 千原せいじさん・ジュニアさん、千原兄弟さんです!」と述べ、翌日のテレフォンゲストに千原兄弟を紹介した。 |
| 『VS嵐』のコーナーの一つ『クリフクライム』に挑戦し見事に頂上に到達するも、その高さ(6m)に汗を流して震え上がり、しばらく降りられなかった。 |
| 幼い頃はせいじと喧嘩ばかりしていたが(せいじ曰く、ジュニアが常に兄に甘えてくっついてきてイライラしたため)、コンビを組んだ初期の頃にせいじと他の芸人が喧嘩しており、せいじが床で頭を抑え込まれているのを見た時、気がついたら相手の芸人の頭を思いっきり蹴っており、喧嘩になりそうになったところを周りの芸人に取り押さえされたことがある。 |
| 2011年7月13日、新大阪駅のホームにて一般女性とぶつかり、左足の小指をハイヒールで思い切り踏まれて骨折し、全治2ヶ月ほどの重傷を負った。 |
| 翌日7月14日のレギュラー番組である『笑っていいとも!』では松葉杖をついて出演し、レギュラー陣たちからも手助けされていたが、タモリと笑福亭鶴瓶からは「そこまでして笑いを取りたいのか」と散々イジられていた。 |