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プロフィール
- 南沙織とは
- 人物
- デビュー前
- 現役時代
- 現役引退
- 歌手活動の再開
- 2000年以降
- 著名人のファン
- NHK紅白歌合戦
- テレビ番組
- ラジオ番組
- 関連項目
- 外部リンク
南沙織(みなみさおり、1954年7月2日–)は、日本の元アイドル歌手。本名:篠山明美(旧姓:内間)。星座は「蟹座」。デビュー時は母親の郷里、鹿児島県(奄美大島)生まれとされたが、実際は生まれも育ちも沖縄県。また長年、フィリピン人とのハーフであるとされてきたが、正しくは両親とも日本人、母の再婚相手がフィリピン人ということである。カトリック信徒で、洗礼名「シンシア( Cynthia月の女神、蟹座の守護神の意)」を愛称としている。
人物
| ザ・タイガース時代のジュリー(沢田研二)の熱狂的なファンで1971年の夏に芸能誌の対談で念願の対面を果たしている。 |
| 本人が「テレビよりもファンと直接触れ合えるコンサートが好き」と語っていたようにライブ・アルバム『さよならシンシア』(1978年12月5日、ソニーレコード)収録のMCより。 |
| 、芸能活動の多くは音楽活動に費やされ、テレビドラマや映画出演などの女優業はほとんど行わなかったが、デビュー当時の1971年、円谷プロダクション製作のパイロットフィルム『ミラーマン』に、主人公・鏡京太郎(石田信之)の恋人・ユミ役で出演したことがあった。 |
| 翌年、『ミラーマン』の裏番組としてその柴本俊夫(現・柴俊夫)が主演した『シルバー仮面』(宣弘社)の第6話にもゲスト出演している。 |
デビュー前
| 歌手デビュー以前、地元沖縄で琉球放送の視聴者参加型のど自慢テレビ番組『オキコワンワンチャンネル』『100万人の大合戦』などでアシスタントのアルバイトをしていた。 |
| その頃東京では、CBS・ソニーがデビューさせる新たな人材を探していた。 |
| ある時、琉球放送のテレビ番組にゲスト出演した男女デュオ・ヒデとロザンナのマネージャーが持ち帰った南の写真が偶然関係者の目にとまり2003年発売の食玩CD『J'sポップスの巨人たち~フォーク/ニューミュージック黄金時代編』シリーズ(ブルボン)添付の解説書より。 |
| 、急遽、東京に呼び寄せることとなった。 |
現役時代
| 1971年の春、本土復帰前の沖縄から母親と二人で上京週刊誌『アサヒ芸能』(2008年10月16日発行、第63巻39号・通巻3137号)内に掲載されたシンシアの寄稿で明かされている。 |
| 1971年春に上京し、同年6月の3度目の来日時が歌手デビューとなった。 |
| CBS・ソニー社長との顔合わせを経て、デビューに向けたプロジェクトが開始された30周年CD-BOX『CYNTHIAANTHOLOGY』(2000.6.7、ソニーレコード)解説本より。 |
| レコード・デビューまでわずか3ヶ月足らずというその過程について、作詞家の有馬三恵子は、「あんなにスムーズに新人歌手をデビューさせられた例は、他にない気がする」と語っている25周年記念ベスト『CynthiaBest〜Eternity』(1996.6.21、ソニーレコード)寄稿文より。 |
| 約54万枚の大ヒットとなった。 |
| なお芸名については有馬の進言により、レコード会社内アンケートで決まりかけていた名前が変更され、七夕の織姫に因んだ「沙織」とされた。 |
| デビュー時の南沙織のインパクトについては、写真家・篠山紀信が「彼女の登場は、返還を目前とした沖縄のイメージ・アップのための国策歌手かと思ったくらい良かった」と述懐している30周年CD-BOX『CYNTHIAANTHOLOGY』(2000.6.7、ソニーレコード)解説本より。 |
| のちに音楽プロデューサー・酒井政利は「そのタイミングは、南沙織が持つ気運のひとつであったのではないか」と著書で書き記している酒井政利・著『プロデューサー-音楽シーンを駆け抜けて-』(2002年、時事通信社刊)より。 |
| 」「日本におけるアイドルの第1号『アサヒ芸能』(2008年10月16日発行、第63巻39号・通巻3137号)より。 |
| 」「元祖アイドル『現代用語の基礎知識2003』特別付録、室伏哲郎・著「ニッポン風俗・芸能グラフィティ」(2003年、自由国民社刊)より。 |
| オリコンウィーク「TheIchiban」(1999年5月24日号)1000号特別記念付録「オリコン歴代シングルBEST1000」より。 |
| 」と評価されることもあるあくまで「評価」の範疇である。 |
| 実際のところ"アイドル"の定義は様々であり、具体的に誰が第1号かの答えは明言できるものでないと言える。 |
| 1971年暮れの第13回日本レコード大賞で新人賞を受賞。 |
| さらに、デビューしたその年にNHK『第22回NHK紅白歌合戦』に初出場。 |
| ブロマイドも、1971年、1972年の年間売り上げ実績では第1位を獲得している。 |
| また、同時期にデビューした小柳ルミ子・天地真理らと共に"三人娘"と括られることもあり、当時のアイドルの代表格であった。 |
| 1972年から1974年頃までは、筒美京平が手がけた楽曲を中心にヒットを放ち、アルバムでは多くの洋楽ポップスもレコーディングした。 |
| そのファン層は広く、普段は洋楽しか聴かない層の獲得にも成功したと言われている藤沢和美・著、ベストアルバム『GOLDENJ-POP/THEBEST南沙織』(1998.11.21、ソニーレコード)ライナーノーツ参照。 |
| 1975年発売の「人恋しくて」では田山雅充が作曲を担当。 |
| カバー・ソング以外では、初めて有馬三恵子作詞・筒美京平作曲でないシングルA面曲となった。 |
| また、この曲で第17回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞。 |
| 以後、松本隆や荒井由実など、ニューミュージック系のライターも起用するようになった。 |
| 珍しいところでは、アルバム『人恋しくて』において矢沢永吉からも楽曲提供を受けている("五大洋光"名義)。 |
| 1976年には、本人が「大のお気に入りの曲」と名を挙げる「哀しい妖精」を発表した。 |
| 当楽曲は日本語歌詞(作詞:松本隆)によるシングル・バージョンのほか、15thアルバム『ジャニスへの手紙』では楽曲提供者・ジャニス・イアンによる原曲そのままの英語バージョンも録音されている。 |
現役引退
| 1978年春、「春の予感-I'vebeenmellow-」資生堂のコマーシャルソングに起用され、尾崎亜美が他アーティストに初提供した作品でもある。 |
| がスマッシュ・ヒット。 |
| この年入学した上智大学での学業に専念するため、同年10月のコンサートをもって歌手を引退した。 |
| 「さよならコンサート」の映像は商品化されたことが無く、ライブを実況中継録音したレコードは同年12月5日にリリースされている。 |
| なお、テレビでは引退に際し、フジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』で「南沙織サヨナラ企画」が実施された(同年9月25日放送)。 |
| 1979年、引退後に交際がスタートしたという30周年CD-BOX『CYNTHIAANTHOLOGY』(2000.6.7、ソニーレコード)解説本より。 |
| 写真家の篠山紀信と結婚。 |
| 紀信との間には3人の息子をもうける。 |
| 次男の篠山輝信(しのやまあきのぶ)は、2006年に俳優デビューを果たした。 |
| 1983年には、アグネス・チャンのアルバム『小さな質問』に収録された森山良子作曲の「ウ・フ・フ」にて"Cynthia"名義で作詞家としての活動が一度だけあった。 |
歌手活動の再開
| 1991年末、第42回NHK紅白歌合戦へ1977年の第28回以来14年ぶりに出場。 |
| NHKからオファーを受けた時点では「17才」「色づく街」の2曲を歌う予定であったが、南本人の希望もあって、最終的には「色づく街」のみを歌うに至った2006年4月、酒井政利のJポップの歩み(古賀ミュージアム)にて。 |
| 1992年以降、「家庭が第一」というポリシーのもと、基本的にはレコーディングのみと限定的ながら活動を再開して作品をリリース。 |
| この時「シンシア」の名で活動したこともあるが、他に同じ芸名の歌手がデビューしたと言う事もあり、「南沙織」に戻っている。 |
| 1997年4月にフィリップモリスのCMソングとなったシングル「初恋」をリリースして以降、新譜の発表はされていない。 |
2000年以降
| 2000年6月、歌手デビュー満30周年を記念した完全生産限定CD-BOX『CYNTHIAANTHOLOGY』が発売された(CD5枚+DVD1枚の全6枚組)。 |
| 日本の音楽CD-BOXとしては初めてDVDが同梱された作品であり、オリコンのアルバムヒットチャートでは最高62位にランクイン。 |
| 再プレスもなされた。 |
| またこの頃、リリースにあたってソニーミュージックの公式サイト「 |
| 沖縄本土復帰30周年となった2002年、「沖縄タイムス」(5月15日付)のインタビューで沖縄への思いを語ったほか、2003年7月には浴衣姿で被写体となった新聞広告(撮影:篠山紀信)が掲載された。 |
| 2006年3月、恩師である酒井政利の「文化庁長官表彰・音楽プロデューサー45周年」パーティに、久しぶりに夫婦で公の場に登場し、乾杯の音頭をとった。 |
| 同年6月には、歌手デビュー35周年を迎えるにあたり、全スタジオ・アルバム21枚を紙ジャケット仕様で復刻した完全生産限定CD-BOX『CynthiaPremium』が発売された(CD21枚+DVD1枚の全22枚組)。 |
| 当ボックスでは「篠山シンシア」として監修も務めあげ、オリコンのアルバムヒットチャートでは最高84位にランクインしている。 |
| 2008年10月には、週刊誌『アサヒ芸能』(第63巻第39号)内特集"70年代アイドルを「感涙の総直撃」"に特別メッセージを寄稿。 |
| 歌手デビュー当時の思い出や近況等が掲載された。 |
NHK紅白歌合戦
| 大晦日放送の音楽番組『NHK紅白歌合戦』には、デビュー年の1971年から引退前年1978年は紅白出演者の公式発表前となる10月に引退している。 |
| の1977年まで連続7回の出場を果たし、現役時代フル出演となった。 |
| CD-BOX『シンシア・プレミアム』のDVDに、全歌唱映像が納められている。 |
テレビ番組
| 『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)。 |
| 1971年11月01日-初出演。 |
| 1978年09月25日-最後の出演(南沙織「サヨナラ」企画)。 |
| 『ミュージックフェア』(フジテレビ)。 |
| 1974年11月12日-よしだたくろう、かまやつひろしとともに出演『シオノギミュージックフェア35thアニヴァーサリーワールドワイド・セレクション』(1999年7月16日発売、ポニーキャニオン)封入ブックレット内「番組全出演者リスト」参照。 |
| 1975年05月13日-あおい輝彦、麻丘めぐみとともに出演『シオノギミュージックフェア35thアニヴァーサリーワールドワイド・セレクション』(1999年7月16日発売、ポニーキャニオン)封入ブックレット内「番組全出演者リスト」参照。 |
| 1976年09月28日-あおい輝彦とともに出演『シオノギミュージックフェア35thアニヴァーサリーワールドワイド・セレクション』(1999年7月16日発売、ポニーキャニオン)封入ブックレット内「番組全出演者リスト」参照。 |
| 『シルバー仮面』-第6話「さすらいびとの荒野」(1972年、TBSテレビ)※テロップのキャスト欄では「南沙緒」と誤記されている。 |
| 『おれは男だ!』-第37話「明けまして頑張らなくっちゃア!」※特別出演(1972年、NTV)。 |
| 『刑事くん』-第34話「街角の白い花」(1972年、TBS)。 |
| 『股旅USA』(1972年、NET)。 |
| 『ラブラブショー』-トーク番組、男性ゲストは森田健作(1972年、フジテレビ)。 |
| 『土曜ドラマ』-優しい時代第2部(1978年、NHK)。 |
| 『欽ちゃんのどこまでやるの』-お茶の間ゲスト(1978年02月15日、テレビ朝日)。 |
ラジオ番組
| 『翔べ光の中へ』(1978年6月4日-、FM東京)D.J.担当。 |
外部リンク
| category:過去のバーニングプロダクション系列所属者。 |
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1954年
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南 沙織(みなみ さおり、 – )は、日本の元... |
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1971年
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円谷プロダクション製作のパイロットフィルム... |
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南沙織さんについてのひとこと紹介
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