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台与
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つながりの強いひと
姫神
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著者情報 仁藤 敦史 1960年、静岡県生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒業。同大学院文学研究科博士後期課程史学(日本史)専攻満期退学。博士(文学...
プロフィール
台与とは
壹與
臺與
発音に関する議論
事跡
人物比定
豊鍬入姫命説
2人のアマテラス説
万幡豊秋津師比売説
天豊姫命説
小説
漫画
関連項目
臺與(とよ、235年頃-没年不詳)は日本の弥生時代3世紀に『三国志(歴史書)』、魏志倭人伝中の邪馬台国の女王
卑弥呼
の親族にして、
卑弥呼
の跡を継いだとされる女性・壹與のことである。魏志倭人伝中では「壹與」であるが、後代の書である『梁書』『北史』では「臺與」と記述されている。「台与」は「臺與」の代用。豊国を支配拠点とした伝承がある。臺與の表記・読みについては異説が多く詳細は後記。
壹與
『三国志』魏書東夷傳の倭人之条、(通称魏志倭人伝、
陳寿
編纂、3世紀・晋代)では2写本系統とも「壹與」と記載されている。
発音は、い(ゐ)よ=壹與?。
代用表記は「壱与」。
臺與
『梁書』諸夷伝倭(
姚思廉
編纂、636年・唐代)、『北史』東夷伝(
李延寿
編纂・唐代)などに記述
代用表記は「台与」。
発音に関する議論
「臺與」を「とよ」と読むのが通説となっているが、これには議論がある。
「台」であれば、「と」と読めるということに異論は無いようである。
しかし、「臺」と「台」は異なる文字である漢字制限(当用漢字、常用漢字、教育漢字)のため教科書等では使用せざるをえない。
「臺」を「と」と読む根拠は、例えば
藤堂明保
『国語音韻論』江南書院1957年に、「魏志倭人伝で、『ヤマト』を『邪馬臺』と書いてあるのは有名な事実である」と記載されていることに求められているが、これはすなわち「邪馬臺=ヤマト」という当時の通説に基づいた記述に過ぎないとする指摘がある『邪馬一国への道標』
古田武彦
、講談社1978年。
もしこの意見が妥当なら、漢和辞典の記載を根拠に「『邪馬臺』はヤマトと読める、『臺與』はトヨと読める」と言ったところで、大元にある通説の同義反復に過ぎないことになるが、「臺」の発音に関する中国語音韻論による議論はこの意見とは無関係である
藤堂明保
編『漢和大字典』によると、「臺與」の上古音はdəg-ɦiag、中古音はdəi-yio、「邪馬臺」の上古音はŋiǎg-mǎg-dəg、中古音はyiǎ-mǎ-dəiとなる。
邪馬臺(邪馬台)の発音をヤマドとする説がある
長田夏樹
「邪馬台国の言語」等。
魏志の編纂が後者二書に比べ大きく先行している。
三書はいずれも『魏略』魏代に編纂を元にしていると考えられる。
『魏略』には他の書に引用された逸文通称、逸文魏略が残っているが、そこには該当部分は存在しないため正確にはどう書いてあったのか不明である。
事跡
魏志倭人伝によると、。
女王
卑弥呼
が死ぬと男子の王が立てられた。
邪馬壹國「魏志倭人伝」の版本での表記。
の人々はこれに服さず、内乱状態になり1000人が死んだ。
このため再び女王が立てられることになり、
卑弥呼
の親族の13歳の少女の壹與が王となり、国は治まった。
正始
8年(248年)に邪馬壹國と狗奴国間の紛争の報告を受けて倭に派遣された帯方郡朝鮮半島にあった魏の領土の塞曹掾史張政は、檄文をもって壹與を諭した。
壹與は
掖邪狗
ら20人に張政の帰還を送らせ、
掖邪狗
らは魏の都に上り、男女の生口30人と白珠5000孔、青大句珠2枚、異文の雑錦20匹を貢いだ。
『日本書紀』の神功紀に引用される『晋書』起居註に秦始2年(266年)に、倭の女王の使者が朝貢したとの記述がある。
卑弥呼
#
神功皇后
説にもあるように、江戸時代にはこの女王は
卑弥呼
と考えられていたが、
卑弥呼
は250年までに死去してしまっていることから、近年ではこの倭国女王は台与のことであると考えられている。
なお、この年は、中国では曹操に始まる魏の曹一族から、司馬氏が建てた晋に禅譲革命が行われた翌年であった。
この朝貢の記録を最後に中国の史書から邪馬台国や倭に関する記録が途絶え、次に現れるのは150年の後の義熙9年(413年)の倭王讃の朝貢(
倭の五王
)である。
台与と後のヤマト王権との関係は諸説あってはっきりしない。
人物の比定については諸説ある(#人物の比定についての議論を参照)。
人物比定
台与を誰に比定するかという議論は、
卑弥呼
が誰であるかという議論、邪馬台国がどこにありどんな国家に受け継がれていったかと言う議論と、切り離すことができない。
豊鍬入姫命説
崇神天皇
の皇女である
豊鍬入姫命
に比定する説。
天皇の命で
天照大神
を祭った初代斎宮が臺與に当たるという説であり、この説の場合は
卑弥呼
をヤマトトトヒモモソヒメノミコトと比定することが前提小路信次『
卑弥呼
千七百年の謎を解く―日本書紀には年代改変前の原形が残されている』近代文芸社2005年だが、
卑弥呼
をヤマトトトヒモモソヒメノミコトに比定する説は箸墓古墳の研究などから勢いを増している。
2人のアマテラス説
一説には、「日本
神話
の天の岩戸伝説の前後の
天照大神
は別の人物であり、それぞれ
卑弥呼
と台与である」として「アマテラスを誰に比定するか」という議論とともに考えようとするものがある
井沢元彦
『
逆説の日本史
』小学館1993年。
卑弥呼
没年前後の皆既日食毎日新聞(関西)朝刊1995年7月25日、8月5日によって岩戸隠れの故事を説明しようとする説である。
万幡豊秋津師比売説
卑弥呼
をアマテラスに比定する場合の説。
万幡豊秋津師比売(ヨロヅハタトヨアキツシヒメ)は高御産巣日神(タカミムスビ)の娘。
アマテラスの息子アメノオシホミミと結婚し、アメノホアカリと
ニニギ
の母となった。
アマテラスの極めて近い親族で名前の中に「トヨ」の文字がある彼女を臺與に比定する説で、
安本美典
が『新版・
卑弥呼
の謎』(
講談社現代新書
)で述べている。
彼女はアマテラスが主祭神である伊勢神宮の内宮の相殿神の一人であり伊勢神宮#祭神参照、安本はそれをこの説の根拠のひとつとしている。
天豊姫命説
尾張氏、海部氏の祖彦火明、七世孫建諸隅命の子、天豊姫を臺與とする説。
この人の二世代前に
卑弥呼
と思われる、日女命がある。
小説
定金伸治
『kishin-
姫神
-』(集英社/集英社スーパーダッシュ文庫、2001年)。
漫画
寺島優(原作)、
藤原カムイ
(作画)『雷火』(初出はスコラ・現出版元は角川書店/KamuiCollection、1987年)。
矢吹健太朗
『邪馬台幻想記』(集英社/ジャンプ・コミックス、1999年)。
山岸凉子
『青
青の時代
』(潮出版社/連載はcomicトムプラス1998年5月号-2000年2月号)。
関連項目
248年即位だと236年生-->。
台与 - Wikipedia
より要約
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