| 龍飛四年(399年)、呂光は病気が重くなると太子呂紹を天王とし呂纂を太尉とした。 |
| そして呂光は臨終の際「呂紹は非才だが嫡子のため元首になる」と呂紹を呂弘と共に補佐するよう遺言した。 |
| そして呂光が死に、呂紹が跡を継ぐと呂紹は呂纂に殺されるのを恐れ、位を呂纂に譲ろうとしたが呂纂は拒否した。 |
| 従弟の呂超は呂紹に危険な呂纂を除くよう進言したが呂紹は許さなかった。 |
| そうして呂紹が対策を練っている内に、呂弘は兄の呂纂をそそのかし呂紹の廃立に踏み切らせた。 |
| ついに呂纂と呂弘は兵を率い呂紹に迫った。 |
| 呂超は兵を率いて駆けつけたが、兵が呂纂を恐れたため手が出せず、呂紹は自害した。 |
| 呂纂は呂弘の兵力を恐れ位を譲ったが、呂弘が辞退したため呂纂が天王に即位した。 |
| また出奔していた呂超を、忠臣であるとして呼び戻した。 |
| しかし呂弘は功名を立てたのち呂纂と対立し挙兵したが、呂纂は呂弘を破り、呂弘は逃げたが捕らえられ殺された。 |