| 第六十三回、実行部隊にも名乗りをあげた冷苞が、魏延の妨害にあい失敗。 |
| 後詰として派遣されていた呉蘭、雷銅も黄忠に追い散らされ、計画は頓挫する。 |
| 呉懿は次の作戦を協議するが、今度は張任の建策により、彼が伏兵として外に出される事になる。 |
| 張任は、たまたまやってきた龐統を劉備と取り違え射殺。 |
| 張任の報告により劉備を討ち取ったと思った呉懿らは、城から全軍で討って出て、劉備の軍を散々に追い散らす。 |
| 結果、劉備は、諸葛亮に便りを出し、荊州の援軍を待って進軍するよう計画を立て直す。 |
| 守将として関羽を残し荊州から進発した諸葛亮は、張飛らを率いて益州に入ると、厳顔を打ち破る。 |
| 第六十四回、主将は呉懿から劉循に交代し、呉懿は張任から命令される立場となっている。 |
| すでに劉備の軍によって毎夜のように夜討ちされて疲労し、敗勢は色濃くなっていた。 |
| 事態を打開すべく、張任は劉備一人を狙って討ち取ろうとするが、張飛の軍に阻まれる。 |
| 降将の厳顔が行く先々の太守を調略した事で、諸葛亮の軍が僅かな期間で到着していたのである。 |
| 両軍は総力戦を行い、呉懿、劉潰、呉蘭、雷銅は魏延、黄忠の二将を挟撃し、一旦は打ち破る。 |
| しかし、呉蘭、雷銅は二将を追う内に敵陣深くに入り込んで孤立し、降伏。 |
| 呉懿は、張任、卓膺らと、劉備との最後の決戦に挑むが、張任が諸葛亮の罠にかかって生け捕りにされると、戦意を失って卓膺らとともに劉備に降伏する。 |
| 張任は降る事を拒んで斬首となり、城を守っていた劉潰もまた内応した張翼に殺され、劉循は一人で成都に逃げ戻った。 |
| 呉懿は厳顔とともに劉備の軍を先導し、益州の調略を行う。 |
| 第九十一回、諸葛亮が出師の表を奏し、北伐を開始すると、呉懿は中参軍としてそれに同道する。 |
| 第九十九回、曹真に代わって司馬懿が魏の西方の司令官となると、諸葛亮は防衛計画を展開させる。 |
| 呉懿は、呉班・馬忠・張嶷らとともに、張と戴陵を迎撃し、陽動の任務を成功させる。 |
| 第百回、諸葛亮の計略に従い、呉班・関興・廖化とともに曹真の副将である秦良の軍を待ち伏せし、打ち破った。 |
| その後は彼らと共に降参した魏軍の兵士を率い、曹真の本陣に潜入する。 |
| しかし、この計画は、司馬懿によって埋伏の毒と見破られており、成功しなかった。 |
| 第百二回、魏軍が渭水を下って攻めてくる事を恐れた諸葛亮の命に従い、呉班とともに橋の焼き討ちを任じられる。 |
| しかし、この計画は司馬懿によって看破されており、呉班は待ち伏せにあって戦死し、橋の焼き討ちにも失敗する。 |
| 以後は登場しない。 |