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プロフィール
- 土井たか子とは
- 生い立ち
- 衆議院議員
- 日本社会党委員長
- 衆議院議長
- 社会民主党党首
- 落選
- 現在
- 人物
- エピソード
- 著書
- 共著
- 参考文献
土井たか子(どいたかこ、土井多賀子、1928年11月30日-)は、日本の政治家、法学者。兵庫県神戸市出身。衆議院議長(第59代)、日本社会党委員長(第10代)、社民党党首(第2代)、衆議院議員(12期)などを歴任。日本において、女性初の衆議院議長と政党党首を務めた。
生い立ち
| 父親は広島県出身の開業医、母親は京都府の出身『せいいっぱい土井たか子半自伝』(1993年、朝日新聞社)152、153頁田中章『土井たか子人間・思想・政策』(1989年、東京出版)15頁『せいいっぱい土井たか子半自伝』、152、153頁『土井たか子人間・思想・政策』、15頁大下英治著『現代教養文庫1514小説土井たか子』社会思想社、1995年、50-55頁-->。 |
| 1941年、兵庫県立第三神戸高等女学校に入学。 |
| 同年3月17日の神戸大空襲に見舞われ、焼け出される。 |
| {{要出典範囲|反戦・平和に目覚める。 |
| }}-->1945年に旧制京都女子専門学校(1949年より新制京都女子大学)支那語科入学。 |
| 同志社大学での講演「平和主義と憲法九条」に感動し、京都大学法学部に合格したが、1949年に同志社大学法学部3年に編入学。 |
| 憲法学者・田畑忍の指導を受ける。 |
| 1956年、同志社大学大学院法学研究科修了。 |
| 1958〜1970年に同志社大学、1963〜1969年に関西学院大学、1967〜1969年に聖和女子大学(現・聖和大学)にて講師を務める『やるっきゃない! 吉武輝子が聞く土井たか子の人生』(2009年、パドウィメンズオフィス)。 |
衆議院議員
| 1969年の第32回衆議院議員総選挙に旧兵庫2区に日本社会党から出馬し、初当選。 |
| 1980年には国会で性差別法に的を絞り、政府を追及。 |
| 「男女雇用差別」、「女性のみ必修の家庭科」、「父系しか認めない国籍法」などの質問を行う。 |
| 1983年9月に、田中寿美子の後任として日本社会党副委員長に就任。 |
日本社会党委員長
| 1986年9月、第10代日本社会党中央執行委員長に就任。 |
| 党史上初の女性の社会党委員長であり、憲政史上でも初の女性党首であった。 |
| 1989年の第15回参議院議員通常選挙において社会党が改選議席の倍以上を獲得し、土井ブームを巻き起こした。 |
| この時「山が動いた」が名文句として有名になった。 |
| 与野党が逆転した参議院で首班指名を受け、衆議院で指名された自由民主党総裁の海部俊樹と異なったため、41年ぶりに両院協議会が開かれた。 |
| しかし両院の意見がまとまらなかったため、日本国憲法第67条の衆議院の優越規定により、海部俊樹が首相となる。 |
| また、消費税廃止法案を社会党・公明党・連合の会・民社党の4党で提出し、12月11日、参議院で可決・通過させた(衆議院で廃案)。 |
| 1990年の第39回総選挙でも「おたかさんブーム」は続いた。 |
| しかし、土井は総選挙で180人の候補を擁立する計画を立てたが、中選挙区制で目標を満たすには複数候補の擁立が必須になることから、2人目を立てる対象になった選挙区の現職候補や、他の野党などから反発が起きた。 |
| また資金難から、勧誘した人物と条件が折り合わないことも多く、実際の候補者は149人に留まった(他に無所属として推薦7、公認漏れ3)。 |
| それでも総選挙の結果、社会党は136議席(他、追加公認3)と51議席増やした。 |
| しかし、自民党は275議席(他、追加公認11)と安定多数を維持した。 |
| さらに、野党での社会党の一人勝ちに公明党、民社党は距離を置き、両党は連合政権協議を打ち切り、自公民路線に舵を切った。 |
| 1991年の統一地方選挙では、社会党は敗北。 |
| 土井は、委員長を引責辞任した。 |
衆議院議長
| 1993年に行われた第40回衆議院議員総選挙で惨敗したものの、総選挙後に自民党分裂をきっかけに誕生した細川内閣での社会党の与党入りを受け、8月に女性初の衆議院議長に就任。 |
| 1996年10月の衆議院解散まで務めた。 |
| 議員指名には従来の「君付け」に代わり「さん付け」を実行している。 |
| 1995年、歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議の採決を主導。 |
社会民主党党首
| 1996年に、自由民主党と新党さきがけとの連立政権を組んだものの、前年の第17回参議院選挙で惨敗したことを受けて社会党から改名した社民党の党首に就任。 |
| 2000年に社会主義インターナショナルの副議長に就任(~2008年)。 |
| 2002年3月に、辻元清美政策秘書給料略取事件で詐欺の指南役をかばったことから、土井たか子事務所の政策秘書・五島昌子の関与が取りざたされる当時の事務所の構成…政策秘書:五島昌子、第一秘書:今井真理、第二秘書:友松信也。 |
| 2003年、静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わっている |
| しかしこれとは反対に、土井の選挙区近くへの建設が計画され、市民団体を中心に反対運動が繰り広げられたものの建設された神戸空港の建設には「地元経済への貢献」などを理由に賛成している田中康夫『東京ペログリ日記』(1995年、幻冬舎)。 |
| 2003年の第43回衆議院議員総選挙では、{{要出典範囲|北朝鮮による日本人拉致問題における過去の北朝鮮寄りの姿勢や朝鮮総連との関係が大きな批判を受けた。 |
| 比例復活により落選は免れたが、同年11月13日に党勢衰退の責を取り党首を辞任した。 |
落選
| 2005年の第44回総選挙では、比例近畿ブロック単独、名簿順位5位で立候補したものの落選(社民党の比例代表近畿ブロック当選者は1人)、国会の議席を失った。 |
| 落選後のインタビューでは引退を強く否定したため、再立候補の意向であると見られたが、参議院議員転進も取り沙汰される中2007年7月の第21回通常選挙には不出馬、更に2008年10月、第45回総選挙に立候補しない意向を示した。 |
| 政治活動自体は続ける意思を示した。 |
| 1990年12月に設立し、代表を務めていたアジア人権基金が2010年1月末、同基金は役目を終えたとして解散した |
現在
| 第45回総選挙後、外部との接触を断ち、兵庫の自宅で親族と暮らすが、外出することはなく、一部週刊誌では自宅でも車椅子の生活である、あるいは認知症であるといった報道がされたが、週刊誌の取材にインターホン越しに応じた際、それらの報道を否定している。 |
人物
| 現在に至るまで未婚であり、婚姻歴はない。 |
| 護憲派の代表的論客として知られる。 |
| 象徴天皇制についても積極的に支持する立場である。 |
| 佐藤優は土井を「尊皇家」であるとし、「私は共和制論者ではありません」と発言しているとエッセイの中で書いている「ナショナリズムという病理」第28回(『創』2009年5月号、103頁)。 |
| 花岡信昭は、北朝鮮による日本人拉致事件に対し、社民党の対応が十分でなかったことを批判する文章の中で、「在日朝鮮人で本名は李高順」と、インターネット上でのみ流布していたデマ情報をあたかも事実であるかのように書き、「このこと(出自)が土井氏の拉致事件を見る目を曇らせたのか」と結論付けた。 |
| これに対して土井は「記述は事実でなく、土井本人への取材もないまま虚偽を書いたものであり、信用や名誉などを毀損された」ことを理由として、報道を行った月刊誌『WiLL』発行元のワックや編集長花田紀凱らに慰謝料1000万円と新聞への謝罪広告掲載を求めて提訴。 |
| ワック側は直ちに誤報を認め、土井に対し謝罪の意を表したが、条件面で折り合わず、判決にまで持ち込まれた。 |
| 被告側は一審判決直前に発売された『WiLL』2008年11月号で誤報を認めた謝罪広告を掲載した |
| 2008年11月13日、神戸地裁尼崎支部(裁判長竹中邦夫)は「明らかに虚偽で原告の名誉感情、人格的利益を侵害する」としてワックや花田らに慰謝料200万円を支払うよう命じる判決を出した毎日新聞 |
| 2009年4月、大阪高裁も一審判決を支持、ワックや花田からの控訴を棄却した。 |
| 2009年9月29日、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)は、被告側の上告を棄却する決定し、土井の勝訴が確定した。 |
エピソード
| 趣味はパチンコであるクイズダービー出演時に土井自らが答えた。 |
| 社会党委員長時代にはブームもあり数々のクイズ番組に出演した。 |
| 特にクイズダービーでは全問正解、世界まるごとHOWマッチではホールインワンを2発+ニアピン賞を獲得するなどの好成績を収めた。 |
著書
| 『「国籍」を考える』(1984年2月、時事通信社)ISBN4788784033。 |
| 『Welove憲法』(1985年6月、すくらむ社)。 |
| 『土井たか子マイウェイ』(1987年、出帆新社)。 |
| 『土井たか子 政治とわたし』(1987年、社会民主党)。 |
| 『土井たか子憲法講義人間が人間らしく生きていくために』(1988年5月、リヨン社)ISBN457688042X。 |
| 『山の動く日土井たか子政論集』(1989年10月、すずさわ書店)ISBN4795405336。 |
| 『せいいっぱい土井たか子半自伝』(1993年12月、朝日新聞社)ISBN4022567066。 |
| 『21世紀の平和構想 核も不信もないアジアを』(2001年、社会民主党全国連合)。 |
参考文献
| 土井たか子を支える会『いま始まります女の政治・土井たか子』(1987年1月、梨の木舎)ISBN4921262130。 |
| 亀田得治『拝啓土井たか子殿革新の心を洗う』(1988年5月、未來社)ISBN4624300599。 |
| 田中章『土井たか子人間・思想・政策』(1989年12月、東京出版)ISBN4924644390。 |
| 大下英治『小説・土井たか子山が動いた』(1990年1月、徳間書店)ISBN4191241257。 |
| 大下英治『小説・土井たか子山が動いた』〈増補版〉(1995年、現代教養文庫)ISBN4390115146。 |
| 保坂展人『あたたかい人間のことばで伝えたい3メートルの距離から見た土井たか子』(1990年4月、リヨン社)ISBN4576900277。 |
| 板垣英憲『土井たか子の挑戦希望の革命』(1993年11月、ディーエイチシー)ISBN488724004X。 |
| 岡崎ひろみ『国会に窓はない土井たか子さんへの訣別宣言』(1998年6月、教育史料出版会)ISBN487652341X。 |
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1928年
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土井 たか子(どい たかこ、土井 多賀子)は... |
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1941年
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兵庫県立第三神戸高等女学校に入学 |
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つながりの強いひと
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李高順
その年、創刊4周年を迎え、新政治団体「新しい民主の波」を結成。82年3月21日にウィーン市内のレストラ |
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福島瑞穂
日本の政治家、弁護士。参議院議員(3期)。第3代社会民主党党首。社会主義インターナショナル副議長。学習院女子大学客員教授。特命担当大臣(消費者及び食... |
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佐高信
佐高信(さたかまこと、1945年1月19日-)は日本の評論家、東北公益文科大学客員教授。週刊金曜日編集委員・株式会社金曜日前代表取締役社長。 |
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土井多賀子
日本 の政治家土井たか子土井 多賀子
どい たかこ
生年月日 1928年 11月30日 (82歳)
出生地 兵庫県 神戸市
出身校 旧制 京都女子専門学校
同志社大学
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花田紀凱
日本の雑誌編集者。ワック・マガジンズ取締役、月刊『WiLL』編集長。東京都出身。 |
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村山富市
日本の政治家。勲等は桐花大綬章。社会民主党名誉党首、学校法人明治大学顧問。大分県大分市議会議員(2期)、大分県議会議員(3期)、衆議院議員(8期)、衆... |
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筑紫哲也
日本のニュースキャスター、ジャーナリストである。 朝日新聞社記者、朝日ジャーナル編集長、TBSテレビ『筑紫哲也NEWS23』メインキャスター、早稲田大学大学... |
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辻元
自分の選挙に辻元清美が応援しており非常に身近な存在だったことや、おまけに辻元清美を府知事選挙に出そうと画策していたことが書かれていたり、同じく市議... |
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花岡信昭
日本のジャーナリスト、コラムニスト、産経新聞客員編集委員。拓殖大学大学院地方政治行政研究科教授。保守の論客として知られた。 |
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辛光洙
辛光洙(シングァンス、1929年6月27日-)は大韓民国(韓国)の政治犯。日本人拉致に関わった北朝鮮のスパイだった。 |
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辻本清美 │ 高槻まつり司会者紹介 2010年07月31日 ラ・パウザ ラ・パウザに行きました。 食べ飲み放題で2300円はズバリ安い!! たらふく食べて、飲んで楽し... |
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亀田得治(かめだとくじ、1912年8月14日-1994年3月14日)は北海道旭川生まれの弁護士、政治家。元日本社会党参議院議員。元日本社会党大阪府連合書記長。全国... |
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日本の国鉄職員、政治家、福祉事業家。勲等は勲一等。報道や自著などでは新字体で野中広務(のなかひろむ)と表記されることが多い。社会福祉法人京都太陽の... |
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保坂展人
日本の政治家、教育ジャーナリスト。東京都世田谷区長(第10代)。衆議院議員(3期)、社会民主党副幹事長、総務省顧問等を歴任した。 |
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土井たか子さんについてのひとこと紹介
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