| 1922年(大正11年)22歳 三笠写真店(人形町)に移り、写真術を習得。 |
| 1923年(大正12年)23歳 楽器、油絵、水泳などを独学。 |
| 油絵の個展を催す。 |
| 1924年(大正13年)24歳 6月14日、築地小劇場開演。 |
| この頃より舞台写真を撮り始める。 |
| 1926年(昭和元年)26歳 東京都豊島区に桃源社坂本写真場を開く。 |
| 1928年(昭和3年)28歳 月刊「工藝」の写真図版撮影(昭和9年まで)。 |
| 1931年(昭和6年)31歳 「日本地理大系」全16巻(改造社・座右宝刊行会)完結。 |
| 「支那上代彫刻」、「東山水墨画集」、「金碧装飾画集」、「朝鮮名画集」(いずれも聚楽社)。 |
| 1933年(昭和8年)33歳 熱河、承徳の遺跡を撮影。 |
| 1934年(昭和9年)34歳 黒川澄子と婚姻。 |
| 「聚楽・時代裂拾遺」、「熱河」全4巻(いずれも座右宝刊行会)。 |
| 「山中常盤」全12巻(第一書房)。 |
| 1935年(昭和10年)35歳 内蒙古、安嶺の遼代遺跡調査団に同行。 |
| 長男明美(あきよし)出生。 |
| 「桃源」全7巻(桃源社坂本写真道場)。 |
| 1938年(昭和13年)38歳 東京都八丈島に渡り黄八丈の製作工程を撮影(柳悦孝同行)。 |
| 「通溝・上」(日満文化協会)。 |
| 「熱河」(座右宝刊行会)。 |
| 1939年(昭和14年)39歳 京都大学文学部の慶陵遺跡調査団に参加し、満州、蒙古、北支などの遺跡、遺物を撮影。 |
| 沖縄に渡り、柳宗悦らに同行、撮影を行う。 |
| 1940年(昭和15年)40歳 北支の遺跡、沖縄へ二度渡り、民藝関係の撮影。 |
| 満州撫順高句麗時代山城の発掘団に参加。 |
| 「月刊民藝」(白塔子、焼物の写し方)。 |
| 「通溝・下」(日満文化協会)。 |
| 1941年(昭和16年)41歳 国際文化振興会の嘱託となる。 |
| 第二次世界大戦始まる。 |
| 1942年(昭和17年)42歳 野間清六の指導により、埴輪の撮影を初めて行う。 |
| 「埴輪美」「李朝陶磁図譜」(いずれも聚楽社)。 |
| 1943年(昭和18年)43年 畿内地方の仏像を撮り始める。 |
| 1944年(昭和19年)44歳 大日本航空部の嘱託となりB29などの青写真を写す。 |
| 1946年(昭和21年)46歳 美術研究所(現文化財研究所美術部)嘱託となる。 |
| 法隆寺宝物台帳のための撮影開始。 |
| 1949年(昭和24年)49歳 三井芸術プロダクションに参加「法隆寺金堂釈迦三尊像」(岩波書店)。 |
| 1950年(昭和25年)50歳 三井芸術プロダクションの一環として、東洋古美術のカラースライドを製作。 |
| 1951年(昭和26年)51歳 仕事場を神田写真弘社に置く。 |
| 1952年(昭和27年)52歳 「慶陵・二」(京都大学文学部)「日本の彫刻・上古時代」(美術出版社)「沖縄織物裂地の研究」(明治書房)。 |
| 1953年(昭和28年)53歳 「慶陵・一」(京都大学文学部)。 |
| 1954年(昭和29年)54歳 「世界陶磁全集」(座右宝刊行会編、河出書房刊)の撮影主任となる。 |
| 法隆寺諸仏の三色分解撮影。 |
| 「法隆寺宝蔵小金銅像」(岩波書店)「土の芸術」(美術出版社)。 |
| 1955年(昭和30年)55歳 北九州、装飾古墳壁画の撮影。 |
| 法然上人関係の資料を撮影。 |
| 「唐招提寺」(角川書店)。 |
| 1956年(昭和31年)56歳 大倉亀コレクションを撮影。 |
| 「李朝の陶磁」(座右宝刊行会)。 |
| 1957年(昭和32年)57歳 日本経済新聞社用カラースライド撮影のため、京都、奈良、和歌山などを巡る。 |
| 埴輪撮影のため明治大学後藤守一教授と東北各地を歩く。 |
| 桃山時代障壁画の撮影多数。 |
| 1958年(昭和33年)58歳 薬師寺、法輪寺の撮影。 |
| 倉敷民藝館蔵品の撮影。 |
| 「世界陶磁全集」全16巻(座右宝刊行会・河出書房)完結。 |
| 「大徳寺」(朝日新聞社)。 |
| 1959年(昭和34年)59歳 港区麻布材木町に、有限会社サカモト・フォト・リサーチ・ラボ(坂本寫眞研究所)を設立。 |
| 1960年(昭和35年)60歳 盆栽を初めて撮影。 |
| 京都金剛家能面の撮影。 |
| 「日本の彫刻(合本)・上代時代」(美術出版社)、「薬師寺」(実業之日本社)。 |
| 1961年(昭和36年)61歳 細川コレクションの中国清代文房具の撮影。 |
| 水戸山上コレクションの撮影と編集。 |
| 京都、奈良、島根などの美術品の撮影。 |
| 円空上人彫刻資料撮影のため愛知、岐阜をまわる。 |
| 戦後初の沖縄訪問をし、その変わり様に驚く。 |
| 「古備前名品図譜」(河出書房新社)、「船箪笥」(日本民藝協会)。 |
| 1962年(昭和37年)62歳 五島美術館の全蔵品の撮影開始。 |
| 「沖縄民藝」(倉敷民藝館)、「古陶小集」(坂本寫眞研究所)。 |
| 1963年(昭和38年)63歳 福島県三春人形の撮影。 |
| 「茶道名器鑑」、「能面」(いずれも求龍堂)。 |
| 1964年(昭和39年)64歳 世田谷区松原に株式会社坂本寫眞研究所を開設。 |
| 「三春人形」(東峰書房)、「盆栽」(実業之日本社)、「大徳寺」(淡交新社)。 |
| 1965年(昭和40年)65歳 奈良、京都の各寺院、博物館などの仏像及び建築、工芸品を撮影。 |
| 1966年(昭和41年)66歳 ギリシャ、ナポリ、ローマ、フィレンツェを訪問。 |
| 「松本民藝家具」(東峰書房)、「原色日本の美術・奈良の寺院と彫刻」(小学館)。 |
| 1967年(昭和42年)67歳 法隆寺、神奈川県称名寺、東大寺、それぞれ所蔵物の撮影。 |
| 1968年(昭和43年)68歳 九州各地の古墳を撮影。 |
| 福山の姫谷焼を撮影。 |
| 「奈良六大寺大観」(岩波書店)のため法隆寺五重塔内を撮影。 |
| 「日本の工芸」(読売新聞社)。 |
| 1969年(昭和44年)69歳 高野山の宝物を数回にわたり撮影(翌年まで)。 |
| 「ロダン」(読売新聞社)「奈良六大寺大観・法隆寺五重塔塑像」(岩波書店)。 |
| 1971年(昭和46年)71歳 愛知県常滑市史作成のため、陶磁、絵画、窯址などを撮影。 |
| 1972年(昭和47年)72歳 韓国美術民藝見学の旅に参加、慶州古遺跡、青島などを訪問。 |
| 1973年(昭和48年)73歳 茨城県勝田市の虎塚古墳壁画を撮影。 |
| 1974年(昭和49年)74歳 4月19日死去。 |