| 1927年、西武グループの創業者堤康次郎と、康次郎の妾(後に本妻)・青山操の間に生まれる「わが堤一族、血の秘密」(『文藝春秋』昭和六十二年八月号)は、青山操の次姉の子であるとの証言を掲載している。 |
| 青山は当時康次郎と内縁関係にあったが(のち入籍)、康次郎は5人の女性との間に5男2女を持つ。 |
| この事は父への反抗につながり、日本共産党入党や文学への傾倒へのきっかけとなっていく。 |
| また「父との確執と、父への理解」は、小説家としての辻井を貫くテーマともなっている。 |
| 東京府立第十中学校(現東京都立西高等学校)を経て成城高等学校(旧制)(現成城大学)に進学すると、寺内大吉に兄事し、後に「近代説話」の同人となる。 |
| 東京大学経済学部入学直後、同級生だった氏家齊一郎などから勧誘を受け日本共産党に入党。 |
| 横瀬 郁夫のペンネームで積極的な活動を行っていた。 |
| 1950年、内外の混乱により共産党が所感派・国際派へと分裂するなか、国際派の東大細胞に属し、党中央から除名されるただし、完全に同党とは決別した氏家とは異なり、除名者の中ではかなり希有な例ながら、堤は現在も共産党との友好関係を維持している。 |
| 一例として、2010年の第22回参議院議員通常選挙の前に同党公認候補だった小池晃参議院議員との対談を共産党機関紙の「しんぶん赤旗」紙上で行った事が挙げられる。 |
| 1951年東京大学経済学部卒業。 |
| その後、肺結核の療養を経て、衆議院議長だった父・康次郎の秘書を務める。 |
| この頃から詩を書き始める。 |
| 1954年に西武百貨店に入社。 |
| 1955年から取締役店長として百貨店を任される。 |
| 同年、処女詩集『不確かな朝』を発表。 |
| 1961年刊行の詩集『異邦人』で室生犀星詩人賞受賞。 |
| 1964年、康次郎が死去。 |
| 周囲からは清二が継承すると思われていた西武グループ総帥の座は、異母弟の堤義明が継ぐことになる。 |
| このような変動の下で、処女小説『彷徨の季節の中で』(1969年)は書き上げられた。 |
| 康次郎死去後の清二は当時阪急百貨店会長・清水雅の宝塚市にある自邸に行き、清水より経営手法などを学ぶ。 |
| スーパーマーケットである西友を急展開し、業績を拡大。 |
| また西武百貨店を渋谷に進出させた。 |
| 1969年、池袋西武の隣にあった百貨店「東京丸物」(まるぶつ)を、買収したばかりの小佐野賢治からさらに買収する形で経営を引き受け、府立十中の同級生だった増田通二を使いパルコを展開。 |
| デベロッパーである西洋環境開発を通じ、ホテル経営、リゾート開発へも乗り出すなどセゾングループを形成(これには、父の不動産事業を継いだ義明への対抗心もあったと言われている)。 |
| マスコミも彼に注目し、財界の若きプリンスともてはやすようになる。 |
| 一方で、脱大衆文化と称して、DCブランドの展開や、無印良品などの事業も始める。 |
| 田中一光、山本耀司らとの交流の中から、無印良品のヒントを得たといわれる。 |
| 糸井重里による「不思議、大好き。 |
| 」などのキャッチコピーは西武百貨店を80年代文化の担い手として印象付け、さらに、セゾン美術館などメセナのさきがけといわれる活動も始める。 |
| 1983年、自伝的小説『いつもと同じ春』で平林たい子文学賞受賞。 |
| しかしバブル崩壊により、金融機関からの借り入れに依存して事業の急拡大を進めていたセゾングループの経営は破綻を迎え、1991年に堤は同グループ代表を辞任。 |
| 2000年には西洋環境開発(同年清算)を含むグループの清算のため、保有株の処分益等100億円を出捐し、セゾングループは解体された。 |
| 一方、1995年に堤清二名義で書き学位請求論文として中央大学に提出した『消費社会批判』が認められ、博士(経済学)の学位を取得(論文博士)。 |
| 翌1996年に岩波書店から書籍化される。 |
| 1980年代までは、「実業家・堤清二」の活動が主となり、「詩人/小説家・辻井喬」は寡作だったが、セゾングループ代表辞任後は精力的に作家活動を展開。 |
| 1992年、詩集『群青、わが黙示』を上梓し高見順賞受賞。 |
| 1994年、『虹の岬』で谷崎潤一郎賞受賞。 |
| 先述した「父との確執と、父への理解」に加え、自身の特異なプロフィールに由来する、大企業の経営者というモデルを通じた「人間の複雑な内面」の描写が小説の特徴であり、『父の肖像』(2004年)はその集大成と言えよう。 |
| 2005年に堤義明が一連の不祥事で逮捕され、西武鉄道グループの再編・再建活動が活発化すると、義明への批判を展開。 |
| 財界においては「経営者失格とされた人」であり、実業家としてはすでに引退した人物と認識されているが、異母弟の猶二と共に西武鉄道へ買収提案を行うなど、実業家、西武の創業者一族としての活動も展開している。 |
| 2000年には詩の業績で藤村記念歴程賞受賞、小説『風の生涯』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2004年『父の肖像』で野間文芸賞受賞、2006年3月近作をはじめとする小説群の旺盛な創作活動により日本芸術院賞恩賜賞を受賞した。 |
| 2007年日本芸術院会員となる。 |
| 2009年『自伝詩のためのエスキース』で現代詩人賞受賞。 |