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プロフィール
- 塩川正十郎とは
- 生い立ち
- 政界
- 小泉政権
- 政界引退後
- 略歴
- 人物
- 発言
- 顕彰
- 家族
- 著書
塩川正十郎(しおかわまさじゅうろう、10月13日-)は、日本の政治家。野党第一党自民党の政治資金団体たる財団法人国民政治協会会長及び党友組織自由国民会議代表、東洋大学総長、財団法人関西棋院前理事長、特定非営利活動法人武士道協会理事長。愛称は「塩爺」(しおじい)。衆議院議員(11期)、自民党総務会長(第1次橋本内閣時代)、運輸大臣(第52代)、文部大臣(第108代)、 内閣官房長官(第50代)、自治大臣(第42代)、 国家公安委員会委員長(第52代)、 財務大臣(第2代)などを歴任した。
生い立ち
| 大阪府中河内郡布施村(現在の東大阪市)に生まれた。 |
| 父は旧布施市市長の塩川正三。 |
| 大阪府立八尾中学校(現大阪府立八尾高等学校)出身。 |
| 父から「田舎の学校へ行ったってしょうがない。 |
| 都会の、それも慶應へ行け。 |
| 慶應へ行くんだったら、経済じゃないか。 |
| それ以外は、あかんぞ」と言われ慶應義塾大学経済学部へ入学 |
| 在学中、学徒出陣を経験し、出征する。 |
| 大学では高橋誠一郎の講義を熱心に聴講し、登山にも熱中した。 |
| 終戦後、会社を設立し、経営者となる。 |
| その後、青年会議所や信用組合の幹部、市役所の助役を経て衆議院議員となる。 |
政界
| 党内では森喜朗、三塚博、加藤六月らとともに安倍派四天王と称され、安倍晋太郎の総裁就任が悲願だった。 |
| 税制など経済政策に精通しており、地価税を導入した時の党税調会長として知られる。 |
| 鈴木善幸内閣で運輸大臣に就任し初入閣を果たしたのを皮切りに文部大臣(第3次中曽根内閣)、内閣官房長官(宇野内閣)、自治大臣・国家公安委員長(宮澤内閣)を務めた。 |
| 小選挙区比例代表並立制導入後初めての選挙である1996年の第41回衆議院議員総選挙では重複立候補を辞退し、大阪13区から出馬するが、自民党総務会長在職中だったにもかかわらず落選。 |
| 引退も囁かれたが、高齢批判をはね返して4年後の第42回衆議院議員総選挙で返り咲きを果たした。 |
小泉政権
| 01年自民党総裁選で森派の後輩・小泉純一郎の選対本部長を務める。 |
| その後成立した第1次小泉内閣で財務大臣に就任した。 |
| 若手や民間人、女性の抜擢で「驚天動地」と称された組閣において、最重要職の財務大臣に80歳にならんとする人物が就いたことは逆に大きな驚きを与え、サプライズ人事の一つされた。 |
| ところが財務大臣就任時の記者会見での愛嬌ある語り口などが話題となり、若い世代から「塩爺」(しおじい)と呼ばれるなど広く親しまれ、人気を博した。 |
| 国際的に名の知られた宮澤喜一の後任であった為、「シオカワとシオザキ(塩崎恭久)の間違いじゃないか」と就任時は手腕を不安視する声もあったが、金融実務や党税調会長の経験から手堅く実務をこなし、小泉構造改革の旗振り役をつとめた。 |
| 小泉とは「30年来の朋友」(2001年の小泉内閣メールマガジン)という間柄で、青木幹雄と組んで党内融和を説く森とは一線を画し、小泉の後見人として影響力を行使した。 |
政界引退後
| 現在、日本相撲協会運営審議会委員、財団法人尾崎行雄記念財団顧問、財団法人国民政治協会会長、自由国民会議代表、時代を刷新する会会長(三代目)、ベストヒット歌謡祭実行委員会名誉会長。 |
| 『産経新聞』にてコラム「塩爺のよく聞いてください」(2008年4月~)毎月第3木曜日を担当。 |
略歴
| 1921年10月21日大阪府布施市(現東大阪市)にて誕生。 |
| 1944年3月慶應義塾大学経済学部卒業扱 |
| 1946年9月三晃株式会社(代表取締役)。 |
| 1957年8月布施青年会議所(現、東大阪JC)理事長。 |
| 1958年5月弘容信用組合常務理事。 |
| 1964年6月-1966年12月布施市助役。 |
| 1966年3月東大阪三市合併協議会事務局長。 |
| 1967年1月衆議院議員(~1996年9月)。 |
| 1972年12月-1973年11月通商産業政務次官。 |
| 1976年12月-1977年11月内閣官房副長官。 |
| 1979年11月-1980年5月衆議院商工委員長。 |
| 1980年7月-1981年11月運輸大臣。 |
| 1983年12月衆議院安全保障特別委員長。 |
| 1986年9月-1987年11月文部大臣。 |
| 1988年12月-1989年6月東洋大学理事長。 |
| 1989年6月-1989年8月内閣官房長官。 |
| 1989年9月-2001年11月東洋大学理事長。 |
| 1990年3月自民党税制調査会長。 |
| 1991年11月-1992年12月自治大臣・国家公安委員会委員長。 |
| 1993年8月自民党憲法調査会長。 |
| 1995年9月自民党総務会長。 |
| 1996年10月第41回衆議院議員総選挙に大阪府第13区から出馬するが落選。 |
| 1998年6月-2007年6月日本武道館会長。 |
| 2000年6月第42回衆議院議員総選挙で返り咲きを果たす。 |
| 2000年11月勲一等旭日大綬章を授かる。 |
| 2001年4月26日-2003年9月22日財務大臣。 |
| 2003年10月第43回衆議院議員総選挙に立候補せず、政界引退。 |
| 2004年1月東洋大学総長に就任し現職。 |
| 2004年2月関西棋院理事長に就任。 |
| 2004年5月24日東大阪市から名誉市民の称号を贈られる。 |
| 2004年6月日本相撲協会運営審議会委員に就任し現職。 |
| 2006年7月自由国民会議代表に就任し現職。 |
| 2009年12月 国民政治協会会長就任し現職。 |
| 2010年9月関西棋院理事長を退任。 |
人物
| “塩爺”はあだ名で、割合古くから使用されていたが、主に財務大臣就任後に広まった。 |
| 東京FMの人気ラジオ番組『ラジアンリミテッド』(現在はラジアンDX)が終了したとき、花束を贈った政界の一人として「塩川財務じいさん」が紹介された。 |
| -->塩爺として愛される所以はその独特の船場言葉(関西弁・大阪弁)にあり、国会答弁などでも船場言葉を連発し、答弁の内容を忘れてしまって「忘れてしまいましたわ」と言うなど、その好々爺然とした外見とゆったりとした船場言葉で許されてしまう所にある。 |
| 相手を咎(とが)める際は「スカタン」が口癖。 |
| 本人曰く、以前は孫から「おじいちゃん」と呼ばれていたのだが、『塩爺』というあだ名が有名になるにつれて、最近は孫からも「塩爺」と呼ばれている様である。 |
| 若い頃には、性格は極めて短気ですぐにカッとなる事から「瞬間湯沸かし器」と呼ばれていたが、その後、加齢ならびに大病を患ったためか、外見上は温厚になったように見える。 |
| しかし、老いてなお、直情的な発言も少なくない。 |
| 2000年衆院選において、森喜朗の指示で中川秀直が塩川邸を訪ね、塩川に引退勧告をすると灰皿を投げつけ「帰れ!」と怒鳴りつけたという。 |
| 議員引退後、テレビ番組にコメンテーターとして出演する機会が増えたが、出演中もしばしば興奮気味の口調で喋ることがある。 |
| うどんが好物で、特にきつねうどんを注文する事が多く、代議士時代から地元に帰ると必ず馴染みのうどん屋にきつねうどんの出前を頼み、おにぎりまたは稲荷寿司と一緒に食べる時が一番の楽しみだとの事(TV番組出演時のコメントより)。 |
| ある時、いつもの様に馴染みのうどん屋にきつねうどんの出前をしたのだが、何時までたっても出前が届かず、怒り心頭に発して電話を掛けて苦情を言うと、うどん屋の主人に「忘れました」と答えられたという。 |
| 国会答弁の際に塩川が言った発言(下記参照)を真似て返されたのだが、あまりに上手い返答に本人曰く「さすがにこの時は文句言えまへんでしたわ」との事。 |
発言
| 2001年1月にテレビ放送で内閣官房長官時代について触れ「(機密費を)野党対策に使っていることは事実。 |
| 現ナマ(金)とか、一席設けるとか」「(官邸の金庫に)4,000万~5,000万円入っていた」と述べていたが、その件について5月15日衆院予算委で日本共産党の穀田恵二が質問したところ、「忘れました」「官房長官は短かったし、思い出せない」という逃げの答弁に終始し、その後もついに明確な答弁はなかった。 |
| 2009年11月に麻生内閣が総辞職確定後に機密費の支出を受けていた問題が浮上した際にも『ウェークアップ!ぷらす』内で「分からない」「あの世まで持っていく」といった趣旨の発言をしている。 |
| ;コメンテーターとしての発言。 |
| 現在でも関西ローカル番組を中心に政治のご意見番としての意見を述べることがたびたびある。 |
| しかし、日本テレビの『真相報道バンキシャ!』に御意見番として出演した際、生放送中に奈良騒音傷害事件の加害者を「気違い」と放送禁止用語を用いて評したり、『ウェークアップ!ぷらす』において金大中事件を取り上げた際、金大中をKCIAが日本から拉致したことと北朝鮮の拉致問題を重ねて「(拉致は)朝鮮民族の特徴なんでしょうなぁ」と発言したりと、その大胆な発言で度々話題になる。 |
| ;ニッポン放送株大量取得騒動。 |
| 2005年3月6日放映の『時事放談』でライブドアのニッポン放送株大量取得問題で、堀江貴文について「いい悪いを言っているんじゃない」という前提の上で「米国のビジネスのスピードはこんなもの」「警鐘を鳴らしたという点において、すごいなと思っている」と、同席した後藤田正晴元副総理と共に評価していたが、2006年に堀江が逮捕された後では同年の衆議院選挙で自民党が刺客候補として応援した点について「これはちょっとまずかった」「やっぱり騙されたっていう事はありますね」と述べている。 |
| 「母屋でおかゆをすすっているときに、離れですき焼きを食べている」 |
| 「国民年金だけで議員は生活できると思うか?」と質問された際に「ほんなん、できるかいな。 |
| ぼくら(議員)はあんたら(国民)と生活のレベルが違うやないか!(毎月)100万かかるよ。 |
| みんな、人間平等だと思っていたらとんでもない間違いだ」と発言している |
顕彰
| 群馬県邑楽郡板倉町にある東洋大学板倉キャンパス内に塩川正十郎の銅像がある。 |
| これは、塩川が本大学の理事長を務めているためである。 |
| 現在は同大学総長を務めている。 |
家族
| 父は旧布施市市長の塩川正三。 |
| 大阪大学名誉教授の塩川二朗は弟。 |
| TBS元プロデューサーの塩川和則は親戚筋に当たる。 |
| {{要出典範囲|官房長官在任当時、甥が大学で一気飲みを強要された挙句、急性アルコール中毒で急死する悲劇に見舞われた。 |
| 朝日新聞への投書でこの風潮に問題提起している|date=2010年7月}}。 |
著書
| 「ある凡人の告白-軌跡と証言」(藤原書店)ISBN9784894346918。 |
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1921年
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大阪府布施市(現東大阪市)にて誕生 |
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1944年
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慶應義塾大学経済学部卒業扱 |
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