| 芸能活動のうち、特に漫才とラジオに深い思い入れがあるようである。 |
| 漫才師になる際、ずっと岡田を相方にと3年間口説き続けた正確には3年間に2回。 |
| 2回目にやっと相方となった。 |
| 岡田以外には誰も誘うことはしなかった。 |
| かなり岡田にこだわっていたらしく、就職先の上司が岡田に見えたという。 |
| 家族構成は妻と娘が二人。 |
| 夜、遊びに出歩かないのは「家に、タイプの女性が3人(妻と2人の娘)待っているので、女性を探して遊び歩く必要がない」という持論がある。 |
| 下ネタ好きであり、ある程度下ネタが許される深夜ラジオでは下ネタをよく言い、岡田につっこまれる。 |
| 2002年、『M-1グランプリ』で優勝。 |
| 1000万円を獲得し、感極まって涙を流した。 |
| その後、バラエティ番組にも多数出演し大ブレイクする。 |
| 優勝直後のシャンパンファイトでコメントを求められ、「テレビに出てるだけが面白い芸人じゃありません。 |
| ライブにはいっぱいおもろい芸人がいます!テレビだけでなく、皆さんライブを見に来てください!」。 |
| 2001年のM-1で優勝を逃して漫才をやめようかと本気で思い、ハイヒールリンゴに相談したことがある。 |
| M-1優勝の瞬間、コンビで握手をした最初のコンビである。 |
| これを見ていたブラックマヨネーズの小杉竜一は「俺もM-1で優勝したら、相方と握手しよう」と思ったらしい。 |
| 実際、ブラックマヨネーズもM-1で優勝を決めた際、コンビで握手をしている。 |
| M-1で審査員を務めていた立川談志は、2人に賞金1000万円を渡す際、「決勝3組目に出てきたとき、「勝った」と思って(漫才)やってただろ。 |
| そぅ思ってなきゃダメなんだ。 |
| したたかだよ。 |
| 褒めてやる」と発言。 |
| 増田は、この「褒めてやる」という言葉の雰囲気が好きで、ラジオのコーナータイトルに使用した。 |
| M-1で優勝後、出演した『さんまのまんま』で、明石家さんまから「おまえら松竹で優勝て、すごいことやったんやぞ!」と讃えられた。 |
| 同じ事務所の先輩酒井くにお・とおるの漫才のネタを書いたことがある。 |
| またオセロのネタも書いたことがある。 |
| 部屋の温度調整が好き。 |
| これは、増田が少年時代、太っていたため、汗かきだったことが原因である。 |
| 相当な潔癖症であり、相方とは対照的にアクセサリーは苦手で結婚指輪も全くしない。 |
| 同期の中島知子と共に非喫煙者であり嫌煙家でもある。 |
| 「松竹芸能事務所内の全面禁煙」を前提に協力していたこともあった。 |
| 好き嫌いが激しく、魚類やウニ、帆立、牛乳などが苦手である。 |
| 下戸であり梅酒とキューバリバー以外はほとんど飲めない。 |
| コンパに誘われても一切参加しない。 |
| 和田アキ子に飲みに誘われたときも、相方の岡田とともに、ビールはコップ5杯程度しか飲めなかったという。 |
| ジェットコースターに乗れない。 |
| 『クイズプレゼンバラエティーQさま!!』の10m高飛び込みでは相方の岡田に飛んでもらうなど体当たり系の企画も苦手。 |
| オファーは基本NGらしい(『はねるのトびら」』出演時に発覚)。 |
| 衣装が触れただけでも気持ち悪いので、たまにニップレスを着用している。 |
| 2009年1月27日放送のMBSラジオ『MBSサウンドキングダム』で、コーナーの最後にWikipediaのこのページが紹介され、増田は「ニップレスなんか着けてるわけないやろ」とニップレスの着用を否定したが、「乳首を触られるのを想像するだけで嫌になる」と発言した。 |
| さらに乳首とお尻が綺麗ということを告白した。 |
| 初体験は19歳ということが明らかになった。 |
| 相手は当時アルバイトをしていたコンビニ、サンチェーン(現ローソン)で知り合った女の子だという。 |
| 熱烈な『北の国から』マニアであり、内容やセリフを事細かく覚えていることはもちろんこと、ドラマの中に出てくる細かい部分や音楽、ロケ地にまつわる情報まで知っている。 |
| ロケ地巡りが趣味で写真にも収めている。 |
| 中には電柱の写真もあり、そこがどこの場面で登場したものかもすぐに説明ができる。 |
| また主人公・黒板五郎のモノマネが得意である。 |
| 韓流ドラマに精通しており、『冬のソナタ』が大ブームを巻き起こす一年前から、ラジオ番組で一押ししていた。 |
| また、チェ・ジウの大ファンで、彼女主演のドラマ『天国の階段』DVDでは、NG場面の吹き替えも行っている。 |
| チャン・ナラも好きであり、頻繁に韓国旅行をしロケ地巡りしている。 |
| 親韓派で2011年7月28日に関西テレビのキキミミ!にて韓流批判をした高岡蒼甫に関して「交通事故に遭うんじゃないですか」と揶揄、物議を醸した。 |
| ポエムが趣味で、2004年7月には詩集を出している。 |
| 浜田省吾の大ファンで、ファンクラブにも入っている。 |
| 携帯電話には浜田省吾からの留守番電話メッセージを、ずっと消去せずに保存しているという。 |
| また、浜田に漫才のDVDをプレゼントしたところ、後日それを観た浜田に「君たちの漫才はトラッドでラディカルだね」と言われた。 |
| 歌唱力があることで知られており、2008年6月11日に「増田政夫」名義で歌手デビューした。 |
| デビューシングルは「淡路島」。 |
| 兵庫県淡路島は、増田の父親の生まれ故郷である。 |
| ますだおかだのオールナイトニッポンの企画で香田晋に作詞提供される予定だったのが自らボーカルを担当しCD化される事になった。 |
| 2008年には、関西テレビのミニ番組『こどものうた』で4月度マンスリーソング「大仏なら…」の作詞作曲を手がけ、曲中のラップも担当した |
| 2010年にはニコラモデルの4人組ユニット・ニコ☆モコのデビューシングル「さくらなみき/だいぶつぶつぶつ」のプロデュースを手がけた。 |
| 阪神タイガースファンであり、オリックス・バファローズファンである相方岡田をバカにしている。 |
| 松竹芸能草野球チームで、エースピッチャー兼監督を務める。 |
| テレビゲームの実況パワフルプロ野球シリーズのファンであり、自身のラジオ番組ぷらっと☆ホームに製作スタッフを招いたこともある。 |
| その際には「打者の桧山進次郎よりも福原忍の方がミートカーソルが大きいのはおかしい」という持論を展開した。 |
| 新日本プロレス、アントニオ猪木の熱狂的ファンで、リングアナを目指していたころがあり、大阪府立体育会館で、相手の技をモロに受け続ける木村健吾に「健吾!あやまれ」とヤジを飛ばし、笑いをとっていたらしい。 |
| 実際、橋本真也が開催した「真撃」で、リングアナを務めたことがある。 |
| PRIDEやハッスルの関係者と交流があり、島田裕二と安生洋二がM-1に参加する際には、ネタ製作やアドバイスなどを行った。 |
| 高校時代、『エンドレスナイト』のハガキ職人だった。 |
| 長女を叱っている最中、彼女が増田の相方である岡田の「閉店ガラガラ」のギャグをやったという本人談・2008年6月10日毎日放送『痛快!明石家電視台』より。 |
| 村田英雄のファンで追っかけをやっていた増田の母親が「英雄」と名付けようとしたが、それに嫉妬した父親が固辞したため、英の字だけを残して「英彦」と命名されたらしい2009年4月15日放送『アップ&UP!』より。 |
| 『爆笑オンエアバトル』に愛着を持っている。 |
| 中学生のころは北原佐和子のファンで、天井にポスターを貼っていた本人談・2011年6月15日読売テレビ『かんさい情報ネットten!』より。 |