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プロフィール
- 外山恒一とは
- 略歴
- 外山と「我々団」
- 選挙履歴
- その他
- 著書
- 関連項目
- 関連サイト
外山恒一(とやまこういち、1970年7月26日-)は、日本の政治活動家、革命家、文筆家、ストリートミュージシャン。
略歴
| 1980年代末に反管理教育の活動家として登場。 |
| 同じく反管理教育から政治運動、ジャーナリスト活動を始めた保坂展人の影響を受ける。 |
| 2001年に傷害罪(彼女との痴話喧嘩)、2002年に名誉毀損罪(傷害事件の民事訴訟で弁護士事務所を中傷)で起訴され、2件とも実刑判決(それぞれ10か月、1年)を受け服役。 |
| 2年間の獄中生活でそれまでの極左運動とは決別し「ファシズムに転向」、現在はファシストを自称する。 |
| 2005年11月、霧島市議会議員選挙隼人選挙区に立候補し得票数122票で最下位となり落選。 |
| 2007年東京都知事選挙に無所属として立候補。 |
| 政見放送の冒頭にて。 |
| と経歴をアナウンサーが紹介した。 |
| 政府転覆を主張する過激な政見放送が話題を呼び、YouTubeなどで注目を集める。 |
| 15059票の得票で落選、供託金没収。 |
| その後、熊本市市議会議員選挙に立候補し、熊本刑務所前で街頭演説を行うなど独自の選挙運動を展開したが再度落選。 |
| このときは供託金没収を免れた。 |
| 2008年にも鹿児島市議会議員選挙に立候補し落選した。 |
| 現在文筆業などで活動中。 |
| ストリートミュージシャンとして作詞、作曲、替え歌なども手掛ける。 |
外山と「我々団」
| 外山は議会制民主主義を根底から批判し、九州において政治結社「我々団」を組織。 |
| 「ファシスト」という特異な肩書きで活動を行っているものの、ナショナリズム的な極右運動よりも、アナーキズム的な直接行動、暴力革命を主張している。 |
| 都知事選落選以降は、一貫して九州を拠点として活動を行っており、東京や大都市での活動には消極的な姿勢を見せ、ローカリズムに根付く活動を行っている。 |
| 現在福岡において政治活動家のための私塾を開催しており、文学史、哲学史、政治史から音楽史に至るまで幅広いジャンルの講義を行っている。 |
選挙履歴
| 2005年11月27日霧島市議選挙(隼人選挙区)122票16人中16位落選。 |
| 2007年4月8日東京都知事選挙15059票14人中8位落選。 |
| 2007年4月22日熊本市議選挙540票62人中61位落選。 |
| 2008年4月13日鹿児島市議選挙540票58人中58位落選。 |
その他
| 2006年1月17日に鹿児島市で一方通行の道を原付自転車で逆走するなどした際に、県警の出頭命令に従わなかったため2007年6月に逮捕され、逮捕後も黙秘等を続けたため道路交通法違反の罪で起訴された。 |
| 検察から罰金1万5000円を求刑されたが、同年10月、鹿児島地裁は前科2犯あることや交通違反を繰り返し、遵法精神に欠けることを重視し、求刑の8倍に当たる罰金12万円判決を言い渡した。 |
| 外山は控訴し、2008年3月、福岡高等裁判所宮崎支部は罰金12万円とした1審・鹿児島地裁判決を「重すぎて不当」として破棄し、罰金3万円とした。 |
著書
| 『ぼくの高校退学宣言—グッバイ・ハイスクール』徳間書店、1989年1月。 |
| 『ハイスクール「不良品」宣言—反管理教育中高生ネツトワーク・DPクラブの顛末』駒草出版、1990年6月。 |
| 『校門を閉めたのは教師か—神戸高塚高校校門圧殺事件』駒草出版、1990年11月。 |
| 『注目すべき人物—1970年生まれの「同世代」批判』ジャパンマシニスト社、1992年11月。 |
| 『さよならブルーハーツ—パンク日記』JICC出版局、1993年4月。 |
| 『見えない銃—外山恒一、孤軍奮闘の軌跡/だいたい全記録』出版研、1995年12月(1990年代初頭までの、単行本未収録の論文やエッセイをまとめたもの)。 |
| 『ヒット曲を聴いてみた—すると社会が見えてきた』(共著)駒草出版、1998年4月。 |
| 『最低ですかーっ!—外山恒一語録』不知火書房、2004年12月。 |
| 『青いムーブメント―まったく新しい80年代史』彩流社、2008年5月。 |
| 『ポスト学生運動史―法大黒ヘル編1985~1994』彩流社、2010年1月 ISBN477911487X。 |
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1970年
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外山 恒一(とやま こういち)は、日本の政治... |
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1989年
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『ぼくの高校退学宣言—グッバイ・ハイ... |
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