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プロフィール
- 大久保博元とは
- 来歴・人物
- 西武のコーチとして
- 不祥事
- 現在
- エピソード
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 出演番組
- 映画
- CM
- 関連項目
- 関連サイト
大久保博元(おおくぼひろもと、芸名: デーブ大久保( デーブおおくぼ)、1967年2月1日-)は、茨城県出身の元プロ野球選手(捕手)。愛称は デーブ、ブーちゃん。限りで現役を引退後、タレント・野球解説者(フジテレビ、ニッポン放送、サンケイスポーツ)・プロゴルファーとして活動。
来歴・人物
| 茨城県立水戸商業高等学校からのドラフト1位で西武ライオンズに入団。 |
| 入団当時から長打力があり、にはジュニアオールスターゲームでMVPを獲得する。 |
| しかし、当時は正捕手に伊東勤が定着しており、守備に難があることに加えて肥満体型で起用されることが少なく、ほとんどが代打要員としての出場だった。 |
| 引退後は、フジテレビ、ニッポン放送、サンケイスポーツの解説者となり、その傍ら「デーブ大久保」名でのタレント業、プロゴルファーとしても活動。 |
| より、渡辺久信監督の強い要望により埼玉西武ライオンズ1軍打撃コーチに就任。 |
| 実に16年ぶりに古巣のユニホームを着ることとなった。 |
| なおコーチ就任後の彼のユニフォームのバックネームは「D.OHKUBO」となっている。 |
西武のコーチとして
| 2008年の西武の打撃コーチとして、メジャー流の早朝練習(アーリー・ワーク)を取り入れ、10数通りのケースバッティングを叩き込み直し、打線を機能させる意識改革を行った。 |
| なおアーリー・ワークについては野村克也も自著の「あぁ、監督」で一定の評価をしていた。 |
| 自身の1軍半(1.5軍)が長かった経験から、1軍コーチと2軍コーチの綿密な連絡の有無が若手の成長に影響を与えるという考えで、コーチ陣会議を開催して円滑な選手育成を行った。 |
| 大久保自身が現役時代に、2軍コーチに言われて改善した点を1軍昇格後に1軍コーチから否定されるという経験を何度もして、改善方法がわからなくなったことがあるとコメントしている。 |
| 2008年5月7日の対日本ハム戦で、9回裏に片岡易之がダルビッシュ有からサヨナラ安打を放ち勝利したが、ベンチを飛び出て喜びの余りバッターランナーの片岡を追いかけたところ右脚大腿部の肉離れを起こして歩けなくなり、細川亨とクレイグ・ブラゼルに抱えられてベンチ裏のトレーナーズルームに運ばれた。 |
| この前日にはボカチカがサヨナラ本塁打を放ったが、そのとき既に大久保の右脚には異変が起きていた。 |
| ベンチでは「野次将軍」を担当していた。 |
不祥事
| 2009年度も引き続き打撃コーチを務める予定であったが、11月12日、知人女性が大久保から暴行を受けたとして警視庁品川署に被害届を提出していることが発覚(中日スポーツが「独占スクープ」と題して最初に報道しているが、日本シリーズ終了を待っての報道だった可能性が高い)。 |
| 大久保本人は「刑事罰を受けるようなことは、自分の中ではしていない。 |
| 殴ってはいない」と否定したが、11月14日に傷害の疑いで書類送検されるに至った。 |
| この件について球団から厳重注意処分を受け、優勝パレードなどの球団行事への参加を自粛している。 |
| しかしその後も週刊誌などで隠し子騒動『週刊新潮』誌は被害者の知人女性を「隠し子を産んだ不倫相手だった」と報じるなどした。 |
| や登板日漏洩疑惑といったプライベートな問題を相次いで報じられ、12月9日、コーチ職の解任が決定され、編成部プロ担当に配属されたことが正式に発表された。 |
| 知人女性への暴行事件は、会見では暴行を否定していたが、検察側の調べでは容疑を認めたため、東京区検が2009年3月13日までに傷害罪で略式起訴、東京簡裁は同27日検察側の請求通り罰金20万円の有罪判決を出した。 |
| 2009年はフロント業務(編成部プロ担当)を1年間務め、に再び西武の打撃コーチ(2軍)を務めていたが、7月22日、西武球団はコーチとして不適切な行為があったため同日付でコーチから外し、球団本部長付とすることを発表したhttp://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2010072201025。 |
| 球団は選手ら関係者へのヒアリングの結果、大久保が暴力行為を行っていたことが認められたため、同月29日に大久保を解雇したことを発表した |
| 解任後、西武球団を相手に地位保全と報酬の仮払いを求めた仮処分申請を東京地裁に行ったが、東京地裁は2010年11月19日、申請を却下した。 |
| これに対して、東京高裁に即時抗告を行ったが、2010年12月28日、東京高裁は即時抗告を却下した。 |
| 年明けの2011年1月27日、西武球団を相手に契約解除の無効、未払い報酬の支払い、名誉毀損に対する損害賠償2000万円を求め、東京地裁に提訴した |
| 西武は当初、どの選手に暴力行為を行っていたかなどを明らかにしなかったが、大久保が菊池雄星を名指しして出廷を求めるなどしたため、2011年2月16日に暴行を受けたのが菊池雄星だったことを球団として公表した。 |
| 自主練習であった「アーリー・ワーク」を遅刻したら罰金という制度を強制的に行い、それに反発した菊池雄星が告げ口したと見なして同選手に暴力を働いたことを問題視されたことが明らかになったただし、赤坂英一の著書『プロ野球 二軍監督-男たちの誇り-』によれば、公式発表とは異なる事実(暴行された選手側にも問題事象があったり、本件に対して球団に虚偽の告発を行っていた)の存在、球団が当該選手の入団経緯を考慮して強く言えない立場にあった事実、また大久保と西武球団の間にあった長期的な確執が解雇に決定的な影響を与えたと窺わせる記述もある。 |
| また歯に衣着せぬ発言をする傾向があり、それが元でヒラム・ボカチカやクレイグ・ブラゼルと確執を起こしたこともある。 |
| 詳細はヒラム・ボカチカ#プレースタイル・人物、クレイグ・ブラゼル#西武時代を参照。 |
現在
| 現在はコーチ時代に実践したノウハウを活用して、一般向けの野球指導を行う「デーブベースボールアカデミー」を開講し、少年野球の選手・指導者を中心に指導を行っている。 |
| なお、赤坂英一の著書『プロ野球 二軍監督-男たちの誇り-』によれば、入塾する子供の保護者に対しては西武球団を解雇された経緯を必ず説明し、納得を得たうえで入塾してもらっているそうである。 |
エピソード
| チームメイトの桑田真澄とは相性が悪く、1993年以降、桑田とバッテリーを組んだのはわずか1度であった。 |
| また、桑田真澄が1995年にダイビングキャッチを試みて右肘の靱帯断裂・手術をし、後に感動的な復活を遂げてそれを採り上げる番組にゲスト出演した際にも、「あのプレーで靱帯断裂したわけではない。 |
| 映像を見れば分かるが右肘を強打していない。 |
| もともと肘を故障していたのを公傷扱いにしてもらうために、あのプレーのせいにした」と批判して場を凍り付かせた。 |
| 入団当時の監督だった広岡達朗に「大久保は太りすぎだから自己管理能力がなってないんです。 |
| 彼の体格なんて大相撲の力士ですよ。 |
| 野球選手、あるいはスポーツ選手として失格ですね」と発言されたが、一方で大久保のバッティングを高く評価しており、彼の背番号をかつて西武の前身である西鉄で主砲として活躍した中西太にちなみ6に変更しようとしたという。 |
| 野球留学の際、引率を担当したコーチの和田博実に「デーブ大久保」の名前を付けられた。 |
| 1994年9月17日の対阪神25回戦で中西清起からサヨナラホームランを放ったときに大口を開けて泣き出した。 |
| 1995年7月24日に福岡ドームにて行われた、日本の球団に所属する外国人選手選抜チームと日本人選手選抜チームが対戦した「阪神大震災復興支援チャリティードリームゲーム」において、外国人選手に捕手がいなかったため、語学力を買われて外国人チームに入れられた。 |
| 登録名は「デーブ」。 |
| もう一人の捕手として、当時ロッテの正捕手だった定詰雅彦が「ジョー」の登録名で出場した(翌1996年発売のゲームソフト「スーパーファミスタ5」のオールスターモードでも全外国人対全日本人の対戦ができるようになっており、ジョーと共に登場している)。 |
| 入団当時の広岡やその後を継いだ森祇晶に評価されず、西武で2軍暮らし・ブルペン生活をしていた大久保であったが、巨人移籍直後から励まし活躍の場を与えてくれた藤田元司には絶大な忠誠心を抱いている。 |
| 巨人に移籍したばかりのキャンプで一人で食事を摂っていたところ、藤田が通りがかり「なんだデーブ、そんな量で足りるのか?もっと食べろ。 |
| 」と言うなり大型のステーキを注文し、用意されたステーキを大久保は泣きながら食べた。 |
| 当時を振り返った大久保は「この監督のためなら死んでもいい」とコメントしている別冊宝島プロ野球歴代監督の「采配力と人間力」P112)。 |
| 現役引退時、藤田の家を訪ねると「僕に痩せろと言わなかったのは藤田さんだけ」と語った。 |
| 藤田は毎日のように「おまえ、その体を保つのにはうんと走らなきゃいかんなぁ」と言っていたが「痩せろ」「体重を減らせ」とは言わなかった。 |
| それが大久保には嬉しかったという。 |
| 走れば痩せるだろうというのが藤田の真意であったが、このことを感謝された藤田は「人の心を傷つける言葉を使っちゃいけないな」と改めて気付いたという。 |
| 藤田が亡くなると真っ先に弔問に駆けつけ「本当にありがとうございました」と号泣しながら何度も頭を下げていた。 |
| 2004年に巨人の長嶋茂雄終身名誉監督が脳梗塞で倒れて入院した際、長嶋がまだ危篤状態であったにもかかわらず入院先の東京女子医科大学病院へ花束を持って見舞いに行き、ダイエー・王貞治監督を始めとした巨人OBに大顰蹙(だいひんしゅく)を食らった。 |
| 2004年の球界再編騒動の際、CSの『プロ野球ニュース』で「近鉄は(プロに)ぎりぎりのチームだったから、お客さんを呼ぶことができませんでした」と発言。 |
| これに激怒した当時近鉄OB会会長の関根潤三に「近鉄がプロにぎりぎりのチームなんて、ふざけんじゃないよ!!」と叱られた。 |
| ドリームキャスト用ゲームソフト『プロ野球チームをつくろう!』の解説を務めた(なお、大久保自身ゲーム中、選手としても登場)。 |
| 大型自動二輪免許や大型自動車などを初め、多数の免許・資格を所持している。 |
| 長男・泰成は東亜学園高等学校野球部に所属し主将も務めた。 |
| 夏の西東京大会5回戦で堀越高校に敗れ、甲子園出場の夢はなくなった。 |
| 現在は専修大学商学部に在学し野球部に所属。 |
| テレビ番組ろみひーにて、高校時代に先輩の彼女に迫り、公衆トイレで半ば強引に初体験をしたと告白した |
表彰
| ジュニアオールスターゲームMVP(1987年)。 |
| 月間MVP:1回(1992年6月)。 |
記録
| 初出場:1985年7月30日 対阪急戦(西宮)9回に安部の代打、古溝の前に三振。 |
| 初安打:1985年8月14日 対ロッテ戦(西武)9回、佐藤政から単打。 |
| 初打点:1987年4月17日 対近鉄戦(西武)2回、村田から適時打。 |
| 初本塁打:1987年5月6日 対近鉄戦(藤井寺)9回、石本から代打ソロ。 |
出演番組
| ;フジテレビ・フジテレビ739。 |
| BASEBALLSPECIAL〜野球道〜。 |
| SWALLOWSBASEBALLL!VEフジテレビ739で放送の番組。 |
| フジテレビONEに変更後も放送中。 |
| すぽると!(プロ野球コメンテーター)。 |
| でぶぢん(フジテレビ739で放送された番組)。 |
| ボキャブラ天国(パネラーで出演)。 |
| ニッポン放送ショウアップナイター(1995年~2007年)。 |
| ショウアップナイターニュースサタデー(2002年10月~2003年3月)。 |
| デーブ大久保と師岡正雄のショウアップナイターストライク!(2003年10月~2004年3月)。 |
| 松本ひでおのショウアップナイターネクスト!(不定期出演)。 |
| 師岡正雄のショウアップナイター編集部!(不定期出演)。 |
| 王理恵と共にメインパーソナリティを務めた。 |
| デーブと王理恵の燃えろ!スポーツ天国(こちらも王と共にメインを務めた)。 |
CM
| サントリー「鍋の季節の生ビール」(1995年)。 |
| 全国珠算教育連盟(1995年)。 |
| ファミリーマート(1997年)。 |
| KINCHO「ゴキブリキャッチャー」(1998年~1999年)。 |
| ナムコ「熱チュー!プロ野球2004」(2004年)。 |
関連項目
| 茨城県出身の人物一覧。 |
| 埼玉西武ライオンズの選手一覧。 |
| 読売ジャイアンツの選手一覧。 |
| 読売ジャイアンツ歴代4番打者一覧。 |
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1967年
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大久保 博元(おおくぼ ひろもと、芸名:デー... |
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1985年
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初出場: 対阪急戦(西宮) 9回に安部の代打... |
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菊池雄星
埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(投手)。の登録名は雄星。 |
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渡辺久信
群馬県出身の元プロ野球選手(投手)。より埼玉西武ライオンズ監督。愛称は「ナベ」、「ナベQ」。 |
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神奈川県相模原市出身(福岡県大牟田市生まれ)の元プロ野球選手(内野手、外野手)・監督。愛称は若大将、タツ、平成の若大将、ヤング・ミスター、永遠の若... |
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落合博満
秋田県南秋田郡若美町(現:男鹿市)出身の元プロ野球選手(内野手)、プロ野球監督。2004年より中日ドラゴンズ監督。 |
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兵庫県加西郡北条町(現:加西市)出身の元プロ野球選手(捕手)・プロ野球指導者。愛称は「一休さん」。現在は、阪神タイガース東日本担当スカウト。 |
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清原和博
大阪府岸和田市出身の元プロ野球選手(内野手)、野球評論家。 |
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オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(外野手)。鹿児島県曽於郡大崎町出身。 |
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駒田徳広
元プロ野球選手(内野手)。奈良県出身。現在はプロ野球解説者、タレント。 |
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豊田泰光
茨城県久慈郡大子町出身の元プロ野球選手、野球解説者。現役時代は豪快なバッティングで、西鉄ライオンズ(以下、西鉄)黄金時代の主力選手の1人として活躍し... |
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大久保博元さんについてのひとこと紹介
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