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プロフィール
- 大久保嘉人とは
- プロ入り前
- セレッソ大阪時代
- RCDマジョルカ時代
- セレッソ大阪時代(第2期)・ヴィッセル神戸時代
- VfLヴォルフスブルク時代
- ヴィッセル神戸時代(第2期)
- 人物・エピソード
- 所属クラブ
- 個人成績
- チームタイトル
- 個人タイトル
- 出場大会など
- 試合数
- 関連書籍
- 関連項目
- 関連サイト
大久保嘉人(おおくぼよしと、1982年6月9日-)は、福岡県京都郡苅田町出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ヴィッセル神戸所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。
プロ入り前
| 幼少時は父親が購入したペレやディエゴ・マラドーナのビデオを繰り返し見たり、父親と一緒に釣りに行ったり野球に親しんでいた。 |
| 1998年に国見高等学校に進学。 |
| 2年生でレギュラーを獲得し、3年次の2000年、松橋章太らとともにインターハイ、国民体育大会、全国高等学校サッカー選手権大会でいずれも優勝し、高校三冠を達成したこの時の少年男子長崎県選抜チームの選手は全員が国見高校サッカー部から選出されていた。 |
| 『2000年とやま国体サッカー競技公式プログラム』p.75参照。 |
| インターハイでは10得点、高校選手権では8得点を挙げてそれぞれ大会得点王を獲得した。 |
セレッソ大阪時代
| 複数のJクラブが争奪戦を展開した末、2001年1月9日、セレッソ大阪への入団が発表された。 |
| 同年3月17日に駒場スタジアムで開催された2001年度Jリーグファーストステージ第2節(対戦相手:浦和レッドダイヤモンズ)で、79分から途中出場しJリーグデビューを果たす。 |
| 初得点はジュビロ磐田を相手にヤマザキナビスコカップ1回戦ファーストレグで先制点を記録したもの。 |
| リーグ戦初ゴールも同様に磐田相手のJ1リーグ第5節で決めている。 |
| ルーキーイヤーである2001年には主にスーパーサブとしての出場がメインで、20試合出場2得点という成績で終えた。 |
| しかし、全日程終了時点でセレッソ大阪は総合成績で16位となり、J2へ降格。 |
| 移籍するという選択肢もあったようであるが、国見高校時代の恩師である小嶺忠敏やサッカー部時代の先輩に相談を仰いだ上でセレッソ大阪でプレーし続けることを選択したという。 |
| J2を戦場とした2002年には29試合この年度のJ2は全44節。 |
| に出場して18得点を挙げ、当時アルビレックス新潟所属のマルクスに次ぐ得点ランキング2位の成績を修めた。 |
| この大久保の活躍もありセレッソ大阪はリーグ戦最終順位2位となり、1年でJ1へと復帰した。 |
| 2003年度はファースト・セカンド両ステージで合計24試合に出場し、得点ランキング日本人トップとなる16得点を挙げた。 |
| またアテネオリンピック予選に臨むU-22代表として活躍する傍ら、5月31日に行われた韓国代表との国際親善試合に、65分から鈴木隆行と交代して出場し、A代表デビューを飾った。 |
| 2004年は22試合に出場し、15得点を挙げた。 |
| また、同年3月まで開催されていたアテネオリンピックアジア地区予選での激闘を経て、7月にU-23日本代表としてアテネオリンピック本大会に出場したこの大会で日本は1勝2敗となり、グループステージを突破することはできなかったものの個人としてはグループリーグ全3試合に出場し。 |
RCDマジョルカ時代
| アテネオリンピックでの活躍がきっかけとなり2004年11月、リーガ・エスパニョーラ所属のRCDマジョルカへの期限付き移籍が発表された。 |
| デビュー戦となった2005年1月9日のデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦で1得点1アシストのデビューを飾り、高い注目を浴びた{{citeweb|url=http://number.bunshun.jp/articles/-/14152|title=大久保の2ゴール目はきっと近い。 |
| その後出場機会を失う時期があったが、チームが降格危機に瀕していたラスト4試合で復帰し、アスレティック・ビルバオ戦、デポルティーボ・ラ・コルーニャ戦でそれぞれ1得点ずつ挙げる他、2アシストとPK獲得を為しとげる活躍で、マジョルカの奇跡的とも言える残留に貢献した。 |
| シーズン終了後UEFA選出スペインリーグ・若手ベストイレブンを受賞。 |
| 2005-06シーズンもレンタル延長という形で参戦し、シーズン序盤にレギュラーポジションを手にするなどしたが、最終的に完全移籍を勝ち取るまでには至らなかった。 |
| スペインでの総合成績は39試合5ゴールと6アシスト。 |
セレッソ大阪時代(第2期)・ヴィッセル神戸時代
| マジョルカでの契約が終了した2006年6月、セレッソ大阪への復帰が発表された。 |
| このシーズンのセレッソは大久保加入までの13試合で勝ち点わずか6と、前年の好調が嘘のように低迷しており、大久保は低迷脱出のカンフル剤として期待されたが復帰当初はあまり活躍できなかった。 |
| 後半戦に入りセレッソは大久保の復調、監督交代や名波浩などの加入を経て若干巻き返すも、降格圏脱出にまでは至らず最終順位17位となりセレッソ大阪はJ2へ降格してしまう(なお個人記録は21試合出場6得点)。 |
| 2007年年明けに急遽ヴィッセル神戸からのオファーが報じられ、くわしい経緯は不明なもののこの移籍が成立。 |
| 大久保はセレッソに3億とされる移籍金を残し、活動の舞台をヴィッセル神戸へと移すこととなったこの時大久保は移籍の理由について、J1で引き続きプレーする事で日本代表へ復帰するためだとのコメントを残している。 |
| 2007年シーズン中に当時の松田浩監督に自ら進言して左MFとしてもプレーするようになる。 |
| このことはのちに「チームのことを考えてプレーできるようになった」と語っている。 |
| また、同年8月にはカメルーン代表との国際親善試合で約1年10カ月ぶりに日本代表に復帰。 |
| 2003年の東アジア選手権以降、代表から遠ざかっていたこともあり、初選出から4年越しでの初ゴールとなった。 |
| 以後南アフリカワールドカップを目指す日本代表のレギュラークラスのメンバーとして定着。 |
VfLヴォルフスブルク時代
| 2009年1月3日、ブンデスリーガ・VfLヴォルフスブルクへの完全移籍が発表された。 |
| 当初、ヴォルフスブルクとは金銭面で折り合いがつかなかったが、移籍を望んだ本人の意向に添える形で、神戸側が最終的に譲歩し、推定2億5000万円の移籍金をヴォルフスブルクが支払った。 |
| ヴォルフスブルク在籍中、オーバーヘッドシュートを放った事が理由でマガトの怒りを買ってベンチ入りメンバーから外されるという経験もした。 |
| 2008-09年度シーズンにおいて、長谷部誠と共にヴォルフスブルク史上初となるドイツ国内主要サッカー大会初優勝達成ブンデスリーガ1部、ドイツカップなどを通してを経験するが、大久保自身は、グラフィッチやエディン・ジェコが好調であったグラフィッチは28得点、ジェコは26得点を挙げ、2008-09年度ブンデスリーガの得点ランキング1位2位を独占した。 |
| こともあり、あまり出場機会を得ることができなかった。 |
ヴィッセル神戸時代(第2期)
| 2009年6月16日、神戸への復帰が決定した。 |
| 2010年5月10日、W杯南アフリカ大会に臨む代表メンバーに選出された。 |
| 強化試合として行われた韓国戦に出場し、本大会ではグループリーグ三試合と決勝トーナメント一回戦に左サイドハーフとして先発出場し、日本の2大会ぶりとなる決勝トーナメント進出に貢献した。 |
| ワールドカップでの活躍の反面、クラブでは怪我に怪我が重なったことや、チームの守備的な戦いも影響し、17試合で4得点に終わった。 |
| 2011年8月6日、J1第20節浦和戦でJリーグ通算100ゴールを決めた。 |
人物・エピソード
| 2004年12月に結婚。 |
| 2008年1月5日にホームズスタジアム神戸内の施設にて結婚式を挙げ。 |
| 2005年に長男が、2010年には次男が誕生した。 |
所属クラブ
| 1998年-2000年長崎県立国見高等学校。 |
| 2000年アビスパ福岡(強化指定選手として登録)。 |
| 2001年-2006年セレッソ大阪。 |
| 2005年-2006年7月RCDマジョルカ(期限付き移籍)。 |
| 2007年-2008年ヴィッセル神戸。 |
| 2009年-2009年6月VfLヴォルフスブルク。 |
| 2009年6月-現ヴィッセル神戸。 |
個人成績
| 2000年度は強化指定選手としての試合出場はなし。 |
チームタイトル
| ドイツ・ブンデスリーガ優勝:2008-2009年。 |
出場大会など
| 2000年AFCユース選手権2000。 |
| 2003年FIFAコンフェデレーションズカップ2003。 |
| 2003年東アジアサッカー選手権2003。 |
| 2010年2010FIFAワールドカップ。 |
関連書籍
| 大久保嘉人の挑戦-Desafio(2005年9月発売、角川書店、小宮良之著)ISBN4048839365。 |
関連項目
| 特別指定選手としてJリーグクラブに登録された選手一覧。 |
| アビスパ福岡の選手一覧。 |
| ヴィッセル神戸の選手一覧。 |
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1982年
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大久保 嘉人(おおくぼ よしと)は、福岡県京... |
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1994年
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U-12福岡県選抜チームに選出された一方で陸上... |
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投票数
0
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