| 脚本家として『太陽にほえろ!』の脚本を、5本(共同作品)書いており、主婦の立場で書いた脚本は評判であったという。 |
| 声優界の中で著書が多く、自伝『ぼく、ドラえもんでした』(小学館)以外は、ほぼ全てが料理・栄養といった食関連の本で、夫らとの共著も入れると20数冊ある。 |
| 料理の腕前もプロ級であり、かつては主婦向けのテレビ番組で、料理コーナーを持っていた。 |
| 夫の砂川啓介とは1963年(昭和38年)8月に舞台『孫悟空』での共演で知り合い、翌64年(昭和39年)に結婚した。 |
| NHKの『おかあさんといっしょ』でも共演していたが、お互いに面識はなく会うことはなかったため、楽屋に挨拶に来た砂川を出前のそば屋だと勘違いしたという。 |
| その後一緒にドライブに行った際、不良に絡まれている中学生を見つけ、お互い相談もしていないにもかかわらずとっさに田舎から出てきた夫婦を演じ、その不良に道を尋ねるふりをして、その隙に中学生を逃がしてあげたといい、それをきっかけに結婚を考えるようになったという。 |
| また、その際とても丁寧に道を教えてくれたといい「不良とはいえみんな優しい心を持っているんだと思った」と語っている。 |
| 夫の回想記『カミさんはドラえもん』(双葉社、2001年)に詳しい。 |
| 第1子の早産、第2子の先天性心臓疾患による生後3か月での早世を経験し、それ以降は子をもうけなかった。 |
| 近年の自伝などでは「子供に自分のガラガラ声が遺伝していじめられたらかわいそうだ」という葛藤があったこと、夫の砂川啓介の著書では(大山が)2度の不幸からまた同じことが繰り返されるのではないかという葛藤やトラウマに囚われ、セックスレス(恐怖症)となってしまったということが明かされた。 |
| 無類の麻雀好きとしても知られ、美空ひばりとも麻雀友達だったという。 |
| きっかけは、子を失って苦しんでいるのを気遣った仲間たちが毎日執拗に麻雀に誘っていた事である。 |
| 親交が深い水谷豊やおりも政夫とは毎日の様に麻雀をしていたと大山本人がTV番組で語った。 |
| 優れた味覚・嗅覚を持っており、水を一口飲めばそれがどこの水かを言い当てることが出来るという。 |
| そのため、水の研究家としても名の通った存在であり、旧厚生省「おいしい水研究会」、旧国土庁「水を語る女性の会」の委員も務めている。 |
| 健康・カルチャー番組にもよく出演している。 |
| 特に『ためしてガッテン』での出演頻度は高く、1クールに1度は出演していた。 |
| 食べ物や健康には人一倍気を使っていたが、元々愛煙家で大病を患ってから現在もたばこはどうしても止められない様である。 |
| 『サザエさん』の初代磯野カツオ役は番組開始後3ヶ月ほどで降板しており、公式には体調不良を理由にしている。 |
| しかし、後にラジオ番組TOKYOFM『恵俊彰のディア・フレンズ』に出演した際、「あれだけは自分で降りた」と明かした。 |
| そのため大山がカツオの声を担当した事はほとんど知られていない。 |
| なお、その後後任として充てられたのが本人の死までの26年間担当することになる高橋和枝だが、彼女は逆に(青くなる前の)ドラえもん役として「ドラえもん」に出演し、大山との対決をしている。 |
| ワイドショーや料理番組では物腰のやわらかい喋りだが、フジテレビで放映された『快進撃TVうたえモン』で、声優オーデションのゲスト審査員として参加した際は辛辣なコメントを連発し、今田耕司から「ブラック・ドラえもん」と呼ばれた。 |
| 演技に対する姿勢は非常に厳しく、大山のダメ出しを受けて泣かされた新人声優、さらには料理番組における大平雅美等数多いという。 |
| 黒柳徹子とはNHKのブーフーウーなどで共演してから50年来の親友でもあり、『徹子の部屋』へは番組開始当初から現在まで定期的にゲスト出演している。 |
| 大病を患った時も、黒柳などの親友や友人が見舞いに訪れようとしたが、大山の体がまだ麻痺していて思うように動かなかったのと、みんなに迷惑をかけたくなかったとの理由で敢えて面会等は拒否したと復帰後に砂川と夫婦で『徹子の部屋』出演時に大山が語った。 |
| 緒方恵美曰く、業界内では大山の物まねは絶対にしてはいけないという不文律のようなものがあるという。 |
| 2010年10月24日放送分のクイズ☆タレント名鑑の『芸能人!このオファー引き受けた?引き受けなかった?クイズ』というコーナーで、『ルパン三世』の主人公であるルパンの物まねを披露した。 |
| その後、大山から『ルパン三世という作品は初めて見た』というコメントを残している。 |
| ドラえもんで長年共演した、のび太役の小原乃梨子やしずか役の野村道子とは現在でもとても仲が良いそうで、今までに国内外の旅行へ一緒に行ったりしたという。 |
| 一部ではアフレコ時のマイクの位置が離れておる為に小原との不仲説も報じられたが、俳優・声優の廣田トモユキが当の小原に確認したところによると、大山は愛煙家の為にドア側のマイクを、小原は嫌煙家の為に一番奥のマイクを好んで使っていた為だとのこと。 |