| 1986年10月6日、幸福の科学の事務所を東京都杉並区西荻窪に開設して立宗し、主宰(当時)に就任。 |
| 同年11月23日、東京の日暮里酒販会館(現・幸福の科学初転法輪記念館)にて、90人ほどの会員らに対して、初めて説法をする(「初転法輪」)。 |
| 1987年3月8日、東京の牛込公会堂にて、約400人を集め、幸福の科学第1回講演会を開催。 |
| 演題は「幸福の原理」。 |
| このとき、幸福の科学の会員心得である「正しき心の探究」、その具体的展開である基本教義の「愛」「知」「反省」「発展」の「現代的四正道」(幸福の原理)が説かれる。 |
| 当初は会員になるのに入会資格を設け入会資格試験「幸福の科学の書籍を10冊以上読み、感想文などの記述を記入した入会願書を提出し審査のうえ、合格・不合格・再試験を促す三ヶ月待機とする」、入会希望者のうち、4割くらいしか入会できなかったという。 |
| 同年6月20日、基本三法(救世の三部作)『太陽の法』を発刊する。 |
| 同年8月10日、基本三法(救世の三部作)『黄金の法』を発刊する。 |
| 同年10月20日、基本三法(救世の三部作)『永遠の法』を発刊する。 |
| 1988年春、東京大学英文科を卒業したばかりの木村恭子(大川きょう子)と結婚。 |
| 1989年1月7日、反省法セミナー「真説・八正道」において初めて三宝帰依を説く。 |
| 同年12月17日、両国国技館にて、8500人規模の講演会「悟りの極致とは何か」を開催する(1989年第9回講演会)。 |
| 同年12月20日、幸福の科学総合本部を、東京都杉並区から「紀尾井町ビル」(千代田区紀尾井町)に移転する(紀尾井町ビルは1996年3月末まで使われた)。 |
| 1990年10月、幕張メッセにて、1万人を超える参加者を集め、講演会を行う(1990年第12回講演会)。 |
| 1991年3月7日、幸福の科学が宗教法人として認可される。 |
| 当初、礼拝施設等に安置される本尊(代理本尊)は、「釈迦大如来」の文字と自身の肖像写真を中心に、周囲に「正しき心の探究」「愛・知・反省・発展」という基本教義を記したものであった。 |
| 同年5月26日、東京大学の「五月祭」において講演東大講演会、大川隆法著作研究会主催、演題は「黎明の時代」。 |
| 同年7月15日、第1回「御生誕祭」が東京ドームにて開催。 |
| 「エル・カンターレ宣言」により、大乗の仏陀としての使命を明らかにしたという。 |
| 同年同月23日、TBSテレビ、報道特集にて、インタビュー映像を収録・放映されるTBS報道特集インタビュー、収録書籍『フランクリー・スピーキング』大川隆法対話集、幸福の科学出版、1993年8月30日発行、ISBN4-87688-195-2。 |
| 同年9月2日より、雑誌『フライデー』等に大川や教団に関する虚偽の記事を掲載したとして、教団関係者および会員が出版元の講談社に抗議行動を実施(講談社フライデー事件)。 |
| 抗議に際して大川は自ら会員らを煽るなどしたほか、9月15日には言論機関への抗議行動を宗教行為と位置付ける「希望の革命」と題する講演を行った東京地裁平成8年12年20日判決(判時1619号104頁)。 |
| 後に教団側と講談社側で争われた裁判において一部の記事に違法性が認定されたが、教団の抗議行動についても大川の意を受けた会員らの共謀による業務妨害行為として違法と判断された。 |
| 同年12月26日、「エル・カンターレ祭」当時の名称は「エル・カンターレ聖夜祭」を東京ドームにて開催。 |
| 以降、1995年まで、年2回、東京ドームでの講演会が行われた。 |
| 1994年4月10日、法話「方便の時代は終わった」を説き、三宝帰依体制への転換を行う。 |
| 同年6月25日、根本経典『仏説・正心法語』を著し、『新・太陽の法』を発刊する。 |
| 同年9月10日、初の製作総指揮映画「ノストラダムス戦慄の啓示」が全国で上映される。 |
| 1995年12月10日、「エル・カンターレ祭」にて講演「未来への選択」を行う(東京ドームでの最後の講演となる)。 |
| 1996年8月4日、栃木県宇都宮市に、幸福の科学初の精舎、「総本山・正心館」を落慶させる。 |
| その後、「総本山・未来館」「総本山・日光精舎」の総本山・三精舎を初めとして、全国各地での精舎の建立を進める。 |
| 1997年、幸福の科学総裁に就任。 |
| 同年4月、2作目の製作総指揮映画、初のアニメ映画となる「ヘルメス―愛は風の如く」が全国の劇場で上映される。 |
| 2000年秋、3作目の映画「太陽の法―エル・カンターレへの道」を製作し、全国で上映される。 |
| 2003年10月、4作目の映画「黄金の法―エル・カンターレの歴史観」を製作、全国での上映を行う。 |
| 2005年1月、著書『神秘の法』を著す。 |
| 著作が400冊を超えたと発表される。 |
| 2006年、「幸福の科学学園構想」を発表し、以降、学園計画がスタートする(2010年4月には、自身が創立者の、幸福の科学学園中学校・高等学校が開校する)。 |
| 2006年9月、5作目の映画「永遠の法―エル・カンターレの世界観」を製作、全国の劇場で上映する。 |
| 2007年6月、全国での巡錫説法を開始する。 |
| 同年11月、海外での初転法輪説法を、ハワイ支部にて行う(題名は「BePositive」英語説法)。 |
| この法話で「イエスが父と呼んだ天の存在は、エロヒムであるエル・カンターレであることをと明らかにした。 |
| 2009年5月23日、幸福実現党を創立。 |
| 同年7月22日、党総裁に就任、自身の衆院選への出馬を表明した。 |
| 同年8月15日、自身の体調不良のため、一転して不出馬を表明したが、翌16日に再度出馬を表明し、落選。 |
| 同年9月12日、党総裁を降りる。 |
| 同年4月、政界・財界で活躍するエリート養成のための社会人教育機関「HS政経塾」を創設、名誉塾長を務める。 |
| 2010年11月、ブラジルでの大規模講演会を行う。 |
| 2011年2月、2009年11月23日からの1年間における著作数52冊が、年間・最多発刊書籍のギネス世界記録に認定されたと、幸福の科学のHPにて発表される。 |
| 同年2月27日-3月6日、インド・ネパール2ヵ国で大規模講演会を行い、英語で説法する。 |
| 同年3月、その著作が、通算700冊を突破したことが発表される |
| 同年5月、フィリピンのマニラ・香港で大規模講演会を行う。 |
| 同年6月、著書『宇宙人との対話』が第20回日本トンデモ本大賞を受賞。 |